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【玉鉾百首】 【余り歌】(三十二首)
【阿麻理歌】(あまりうた)
あまり歌とは、百首に余れる歌にて三十二首あり、上の百首を長歌に詠みつゞくれば、この阿麻理歌を反歌とも云ひてましや。
百一、かつがつも百ちの歌に憤(いきどお)る 心の緒(お)ろをのばへつるかも
大意:内にむすぼゝれてもやもやと思ふことは千万なれども、百首の歌によみていさゝかばかり心緒を暢ノべたことかなと也。
百二、思ふことうたへば和(な)きぬ言霊(ことたま)の 幸(さき)はふ験(しる)し正(まさ)しかりけり
大意:心の内にむすぼれしことも歌によみいづれば、心は和ぎ晴るゝを、真に言霊の助け幸はふ験は違はざりけりとなり。
百三、百歌(ももうた)にとぢめては有れど千歌(ちうた)にも 思ふ心は豈(あに)つきじかも
大意:百首に止めては有れど、思ふ心の程は千首によみたりとて、いかで尽きはすまじきかとなり、これあまりうたよまるゝ趣意なり。
百四、常(とこ)しへに世をてらします日のみたま 託(つ)けし鏡は伊勢の大神
大意:永久に世に照り給ふ大御神の御霊を託け給ひし八咫鏡は、伊勢に鎮り坐す皇大神宮に坐すと也。
百五、ひむかしの国ことむけて御剣(みつるぎ)は 熱田の宮に鎮(しずま)りいます
大意:倭武命の御剣の威霊に依りて東国を征平し給ひし、其の御剣は熱田の宮に鎮座し給ふとなり。
百六、ひさかたの天(あま)つ日嗣(ひつぎ)の御宝(みたから)と 御(み)もと放(はな)たぬ八尺曲玉(やさかまがたま)
大意:御鏡は伊勢に、御剣は尾張に斎き給へれども、御玉は神代より変らせ給はず、天津日嗣の御璽の神宝として、天皇の大御許を放ち給はず敬ひ給ふとなり、以上三種神器は斯道の上にいと重くして、日嗣の御璽にしあれば、代々の事ら詠み給へる阿麻理歌の首におかれし也。
百七、瑞垣(みずがき)の宮の大御代(おおみよ)は天地(あめつち)の 神をいはひて国さかえけり
大意:崇神天皇の御代には、殊に神祇を重みし御祭を厳(おごそか)にし給ひければ、天下賑ひ栄えたりと也。
百八、目輝(まかがや)くたからの国を言向(ことむけ)の 神のさとしは尊きろかも
大意:目のまばゆき金銀の財の出づる三韓の国を服従せしめし神等の託宣は尊きことなりと也。
百九、古辞(ふること)を今につばらに伝へ来て 文字も御国(みくに)の一つ御(み)たから
大意:神代よりの古事どもを伝へきて、今具(つぶさ)に知ることを得るは漢字なり、されば文字と云ふものも今は御国の一つの宝ぞと也。
百十、小菅(こすげ)よし蘇我(そが)の馬子(うまこ)は天地(あめつち)の 底辺(そこひ)のうらにあまる罪人(つみびと)
大意:蘇我馬子は天地の間に置所もなき大罪人なりとなり。
百十一、くなたぶれ馬子が罪も罰(きた)めずて 賢(さかし)ら人(ひと)の為(せ)しは何わざ
大意:馬子が崇峻天皇を蔑(な)みし奉りし大罪を罰めずして、聖人顔して賢げにあしらひしわざは抑も何事ぞ、仮令一の功徳ありとも善功ありとも、斯くては取るに足らずとなり。
百十二、馬子らが草生(む)す屍(かばね)得てしがも 斬りて散(はふ)りて恥みせましを
大意:大逆無道の馬子が骸骨なりとも得たきものかな、得たらば斬屠りて恥を与へ
んものをとなり。
百十三、わだのそこ沖ついくりに交(まじ)りけん 君の守護(まもり)の剣(つるぎ)太刀(たち)はや
大意:海底の沖の石に交りて、終に現れ出でずなり給ひし天皇の御守の剣太刀、あゝ忌々(ゆゆ)しき事よとなり。
百十四、鎌倉の平(たいら)の朝臣(あそ)が逆(さか)わざを うべ大君の謀(はか)らせりける
大意:逆臣北条義時、泰時らが跋扈(ばっこ)して、政権を擅(ほしいまま)にせし逆しま事を、後鳥羽、順徳の天皇の怒り給ひて、誅伐(ちゅうばつ)せんとし給ひし御事は宜なり、御尤千万の御事なりと也。
百十五、隠岐(おき)の島弓矢囲(かく)みていでましゝ 御心おもへば涙し流る
大意:後鳥羽天皇は北条を征(うた)むとし給ひて、却りて御自ら隠岐島へ遷され給ひ、其の路すがら武士どもいかめしく警固し奉りしを、大御心には如何に憤(いきどおろ)しく憾(うらめ)しく思ぼしめしけむ、其の叡慮の程を思ひ奉れば、今日にても涙に咽ばるとなり。
百十六、思ほさぬ隠岐のいでまし聞く時は 賎(いず)の男(お)われも髪(かみ)逆立(さかだつ)を
大意:思食しよらぬ隠岐国への御遷幸の御事を聞く時は、賎の男なる吾も憤しさに髪も皆立ちあがりぬべき心地すと也。
百十七、鎌倉の平(たいら)の子等が狂事(たわごと)は 蘇我の馬子に罪おとらめや
大意:北条義時、泰時ら無道暴逆にして、後鳥羽帝を隠岐に、順徳帝を佐渡に、雅成親王を備前に、土御門帝を土佐に遷し奉りしが如き狂態は、かの馬子が罪に劣らじと也、こは承久三年のことなり。
百十八、大君を悩め奉りし多夫礼(たふれ)らが 民はぐゝみて世を欺(あざむ)きし
大意:天皇を令悩(なやませ)奉りし狂輩北条氏は、仁政を施すやうにみせかけて人民を欺きしなりと也。
百十九、禍津日の其の禍わざに世の人も あひまじこりし時の悲しさ
大意:北条氏の代のほどは、天下の人々みな禍神の禍事に相交りて、禍わざのみなりしが悲しと也。
百二十、よき人と云ふは誰(た)がこと鎌倉の 平(たいら)の子等(こら)が国のつみびと
大意:泰時らをはじめ北条氏の人々を賢人と云ふは、抑も誰が言ぞ、彼等は逆臣にて国家の罪人なるものをと也。
百二十一、負気(おふけ)なく御国(みくに)責めむともろこしの 戎(から)の王(こきし)が狂(たわ)わざしける
大意:元主らのこの万国の元首たる神国を犯し奉らんと謀れるは、分不相応なる狂態ぞと也、こは弘安四年のことなり。
百二十二、かしこきや皇御軍(すめらみくに)に射向(いむか)ひて なやめ奉りしたぶれ足利(あしかが)
大意:恐れ多き事よ、官軍に射向ひて天皇を悩め奉りし狂賊尊氏、直義の徒はと也。
百二十三、如何なるや神の荒びぞ真木(まき)の立つ 荒山中(あらやまなか)に君が御世(みよ)へし
大意:如何なる神の荒びなるぞ、荒山中の吉野の奥に後醍醐天皇、後村上天皇、後亀山天皇の御三代も経給ひし事はと歎かれしなり。
百二十四、から国に媚(こ)びて仕(つか)へて足利の 醜(しこ)のしこ臣(おみ)御国(みくに)けがしつ
大意:万国の上に立つべき大日本国の大将軍たりながら、醜の醜臣足利義満は唐土の明王に媚び諂ひて、臣と称し其の封を受けて尊き御国体を汚し奉りし事、口惜しき極なりとなり。
百二十五、天の下常夜(とこよ)行く如(な)す足利の 末(すえ)の乱(みだれ)のみだれ世ゆゝし
大意:天下の状、御代の常夜の時の如く、乱れし足利の末の状はいとゆゝしと也。
百二十六、何時(いつ)までか光(ひかり)隠(かく)らん久堅(ひさかた)の 天(あめ)の岩門(いわと)はたゞしばしこそ
大意:いつまでと限りなく天下は常闇ならんや、世の乱れたらん間はしばしのことなれと也、白河、堀河の御世より後奈良天皇まで五百年ばかりが間も、無窮なる皇運にとりては暫時の事なるべし。
百二十七、倭文機(しづはた)を織田の命(みこと)は朝廷(みかど)べを はらひ鎮めて績(いそ)しき大臣(おおきみ)
大意:織田の命は、奸徒(かんと)を掃ひ騒乱を鎮め、近畿を平げ内裡を修め、皇室を尊びまして、勲績ある大臣なり、となり。
百二十八、非服従(まつろ)はぬ国らことごとまつろへて 朝廷(みかど)清(きよ)めし豊国(とよくに)の神
大意:服従せざりし国々を服従せしめて、京師を再興し、朝廷を崇敬せられし豊国の神の功績も高しとなり。
百二十九、豊国の神の御威稜(みいづ)はもろこしの 戎(から)の王(こきし)も懼(お)ぢ惑(まど)ふまで
大意:豊公の威稜には、明王も懼ぢ恐れ迷ひしと也。
百三十、東照(あずまてる)みかみ尊し天皇(すめらぎ)を いつきまつらす御(み)いさを見れば
大意:朝廷を崇敬し奉り給へる功績の有るを見れば、家康公は尊しと也。
百三十一、安(やす)御代(みよ)と君の大御代(おおみよ)をあづまてる 神の命(みこと)ぞ堅(かた)め給へる
大意:家康公ぞ、天皇の大御代を、太平の世と動きなく固め給へると也。
百三十二、あづまてる神のみことの安国(やすくに)と 鎮(いず)めましける御世(みよ)は万代(よろずよ)
大意:家康公の安国と鎮めましたるこの御世は、万代までも変ることなし、と御代を祝ひし歌なり、さは云ふものゝ王政復古して、今は(明治)維新以前の有様に非らずかし。
【参考】
http://www2u.biglobe.ne.jp/%257egln/77/7718/771853.htm
【参考】
【本居宣長記念館】
http://www.norinagakinenkan.com/index.html
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TBさせていただきました。
2010/1/5(火) 午前 11:48