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正直、専門の西洋史学については、あまり安易な文章は書きたくなかったのだが、一応講義で教えねばならないことを考えると、大雑把な見取り図は公表して批判を賜っておいたほうが、誤解を広めずにすむだろう。とりあえず、以下二例のみ:
ヨーロッパのユダヤ人差別について
・中世=身分差別が当然の時代。また、一般に近代科学成立以前であり、公式にはキリスト教が、民衆レベルでは呪術的な民間信仰が世界観を支配していた時代。
→ユダヤ人は異教徒として差別される。それは改宗すれば同化できる可能性があったということでもある。また、異教徒としてキリスト教徒にとってのタブー(高利貸しなど)に拘束されないため、偏見を受けつつ一定のすみわけもあった。特定居住区(ゲットー)に隔離され、その内部で自治を行っていた。独自の国を持たず、各地に離散していたユダヤ人は、当時世界の中では田舎に位置したヨーロッパにおいて、もっとも身近な「他者」であった。素朴で目に見える差別。
・近代=人間平等観と近代科学が支配的な時代。
→民主化の中でユダヤ人は人間として平等だと認められ、ゲットーも解体する。キリスト教の拘束力も世俗化の中で後退し、自由な領域が拡大する。そのため、かえって従来の棲み分けが崩壊し、近代科学の様相を持った人種差別が幅を利かせるようになる。その結果、ユダヤ人は改宗するか否かにかかわらず(実際同化しようとして努力していたユダヤ人も多い)ユダヤ人だと考えられ始め、血統が重要視される。これは近代国民国家形成とも関連しており、自ら政治の決定権を握った「国民」(それは国家による保護の対象でもある)は、その範囲をどこまで拡大すべきか、その認定基準は何かで常に内外の「線引き」を行っており、独自の国家を持たないユダヤ人は「外」に位置付けられることが多かった(内部のまとまりを重視する近代国家においては、他国民は潜在的な敵国人であるが、中でも国境を横断した強固なネットワークを持つユダヤ人は、特に警戒すべき存在として映る。ドイツ民族が国境を越えて各地に広がっていることを口実に、他国を侵略していったヒトラーが、同じく国境を越えたネットワークを持つユダヤ人とマルクス主義を特に目の敵にしたことに注目した研究もある)。科学的装いをもった見えにくい差別。
・現代
第二次大戦後、ユダヤ人はイスラエルを建国するが、それは先住アラブ人から土地を奪い、パレスティナ問題を引き起こした点、またヨーロッパから他者たるユダヤ人を体よく厄介払いした点で問題があったといえる。ヨーロッパでは反ナチスの合意ゆえに、一部のネオナチを除けば反ユダヤ主義はそれほど強くないが、かえってパレスティナで反ユダヤ主義が強まる結果となった。
・ユダヤ人がなぜヨーロッパで差別の対象であり続けたか。
→ある種の宗教的近親憎悪の可能性。独自の国家を持たなかった点。ただし、時代によってユダヤ人の定義も、その差別のあり方も異なる以上、連続性の過剰な強調(差別されるのが宿命であるかのような)は禁物。それは差別や紛争の拡大に帰結しかねない。
近代国民国家略史
中世 公私未分化で多様な人間関係(一族のつながり、主従関係、地域主義、宗教団体等)の一環として国の枠やエスニック集団があり、特に重視されたわけではない。
近世 絶対君主の下で国内の官僚制が整備され、国境が明確化すると共に、主権(対内的至上権・対外的自律性)という概念が生まれ、主権国家が相互に互いを対等な交渉相手と認め合う「主権国家体系」が成立する。ただし、実際には交通の未発達や身分制のため官僚制は未だ未発達で、国内はまとまっていたとは言い難い。
近代 産業革命と民主化の中で、「下からの」ナショナリズムが生じ、その結果国家はきわめて効率的に運用されるに至る。ここに国家の対内的至上権が確立し(公私分離)、主権国家が名実共に全盛期を迎える。
現代 グローバル化の中で多国籍企業の利害に沿った国家の再編が生じ、国家機能の一部強化と一部弱体化の動きが見える。EUも拡大された国民国家となる可能性が大きい。その中で、国家に期待できることとできないこととの線引きがなされつつあり、地域やNGO・NPOとの役割分担が模索されつつある。
注:本当は歴史は人文科学ではなくて、社会科学だと思うが。。。
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