愛媛県・石手寺塔
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◎ 熊野山・虚空蔵院・石手寺 51/88 霊場 愛媛県松山市石手2−9−11
本尊 薬師如来 開創 奈良時代・神亀五年(728) 聖武天皇勅願
開基 伊予の国司・越智玉澄公 開山 行基菩薩 再興 弘法大師空海
真言宗豊山派
聖武天皇の勅願により、越智玉澄が開基したのが始まりで、行基菩薩が薬師如来を
刻み本尊とし、法相宗に属す安養寺と称した。のち平安時代初期・弘仁四年(813)弘法
大師この地に留まり、堂塔を整備し第51番の霊場と定め、真言宗に改めた。
石 手 寺 標 柱
遍路の元祖・衛門三郎は、弘法大師に巡り会ったのが21回目の遍路であった。その
時三郎は息を引き取る寸前で、大師に言い残すことを問われ、「来世は国司の家に生
まれたい」と云って息絶えた。大師道端の小石に衛門三郎再来と書いて、三郎の左手
に握らせた。翌年に領主河野息利の家に、男子が生まれたのが河野息方である。
この男子は生まれ乍らに手が開かないので、父親は安養寺住職に加持を頼み、和尚
の祈祷により手を開き、その掌から小石が落ち、小石には「衛門三郎再来」の文字があ
ったされる。この事より安養寺は「石手寺」と改めたと伝えられ、小石は石手寺の寺宝
となったのである。
大 師 堂
○ 二王門(仁王門と言わず) 「国宝」 楼門形式
二王 一対の金剛力士像 密迹・那羅延金剛→執金剛神(作者・運慶)を左右に安置
建立 鎌倉後期・文保二年(1318) 檀越 領主・河野道継公 様式 純和様式で構成
● 三重塔 重要文化財 三間方形三層塔婆・屋根本瓦葺き 本尊 釈迦如来三尊
建立 開創時 最初の塔 再建 平安時代中期・延久五年(1073)
現塔 三代目の伝承 鎌倉時代後期・文保二年(1318)頃の建立とされる
規模 一辺 4.86m 高さ 23.88m
詩歌 郷土の俳人・正岡子規が詠う 「 見あぐれば 塔の高さよ 秋の空 」
拡 大 三 重 塔 初 ・ 二 層 部 詳 細
勾欄なし縁巡らし・中備三間共斗のみ束無し・斗供三手先・軒二重繁垂木・内部本尊
釈迦如来+文殊と普賢両菩薩・内部全面彩色画で真言八祖と曼荼羅を描く・上層型通
り・
● パゴダ 指定無し 巨大なビルマ風本格型 本尊 − 等諸元は不明
黄金色の巨大な仏塔である。周囲の樹木に遮られ全体像も距離が無く、満足な映像
が撮れなかった。
樹 間 の パ ゴ ダ
パ ゴ ダ 下 部 が 撮 れ て い な い
寺内には、観音像等の立像が多くあったが、参詣時に一時の降雨に遭い、駆け足撮影
で画像がボケているもの多く、残念でした。
最近は「司馬遼」原作の「坂の上の雲」が放映されている。ここが主人公達の生まれ
故郷であり、漱石の「坊つちゃん」の活躍した土地であるが、急ぎ旅の霊場巡りであり、
話題の箇所は寄れずに通り過ぎたことです。これまた残念な事でした。
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