阿部珠樹のスポーツ観戦力向上講座

いつの間にか、テレビ解説や新聞の口調が乗り移ってはいませんか。ありきたりの見方に満足できない方、いらっしゃい。

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星の仙一

 11年前立っていたその列に、今年、星野仙一はいなかった。監督のいない列の視線の先では、ホークスが日本シリーズ優勝の表彰を受けている。かつて、「おまえら、よく見ておけよ」と自ら先頭に立って、射抜くような視線でライオンズの表彰式を眺めていた星野が、今年は監督室に引きこもったままだった。人一倍礼を重んずる星野である。不在の非礼は十分承知していたはずだ。それでもなお、ホークスの晴れやかな表彰式を眺めることに耐えられなかったのは、星野の受けた打撃の大きさを物語っている。先頭に立って選手を引っ張る闘志が失せたのだ。そんな指摘もあったが、そうではあるまい。11年の間に、星野は闘志の形を変え、周到に準備を重ねて日本シリーズに臨んだ。しかし、タイトルはなお遠かった。どこまで進めば届くのか。その道のりの遠さを感じたとき、星野は列を離れ、ひとり自分と向き合わざるを得なかったのだ。

「ミスをしたほうが負ける。いかにミスをしないか、ミスを防ぐかが勝敗の分かれ目だ」
 シリーズ前に話を聞いたとき、星野はそう強調した。その裏には、自分たちは、ミスをしない野球、ミスを防ぐ野球でペナントレースを勝ち抜いてきたのだという自信が感じられた。
「前の狭い球場なら、少々ミスをしても、ホームランをゴンと打てば取り返しがついた。でも、今の広いドームじゃそうは行かない。そう考えてチームを作り直してきたことが、今年実を結んだんじゃないかな」
 ホームラン打者を放出し、投手陣を徹底的に整備した。野口茂樹、川上憲伸、山本昌広、武田一浩の先発の4人に加え、リードしたとき繰り出す岩瀬仁紀、落合英二、サムソン・リー、宣銅烈という4人のリリーフ投手は、合鍵の見つからない堅固な4重の扉だった。野手は、大物は打てなくても、しぶとく塁に出て、脚で次の塁を貪欲に狙う選手をそろえた。チーム打率はベイスターズに遠く及ばない。チーム本塁打はジャイアンツと比較するのがためらわれるほど少ない。だが、広いドーム球場に適応した堅牢な守りと集中打で、ドラゴンズはほとんど危なげなくペナントレースをものにしたのだ。
 だが、人間の集団を変えるのは、工場の設備を変えるようなわけにはいかない。変えるときにはどうしてもポイントになる選手が必要になる。直径は小さくてもそれが動くと全体がスムーズに稼動するギアのような選手が。今年のドラゴンズでは、それはルーキーの福留孝介だった。
「チームの雰囲気を変えたのは福留だね。キャンプであれだけ練習をやった選手は珍しい。朝一番からノックを受け、バッティングケージに入るそれを見ていたから、たとえ開幕から30試合ヒットが出なくても、先発で使おうと決めた。選手たちも、福留の練習を見て、がんばれるエネルギーが注入されたんじゃないかな。開幕してしばらくは打てなかったが、1本ホームランが出たら、あとは期待通りだった。高校、社会人と大きな舞台を経験したのが肥やしになっている。気持ちが強い男、最近では珍しい、どなる必要のない若者だよ」
 ドラゴンズの野手はたたき上げタイプ、なかなか働き場所が得られず苦労していたタイプが多い。野手から転向した井上一樹、タイガースで目が出なかった久慈照嘉、関川浩一などがその代表だ。そうした野手たちが、若い福留の猛練習に刺激されないはずはない。競うような練習の中で、チャンスにたたみかける集中力、ひとつでも先の塁を狙う貪欲さが浸透していったのだ。
 雰囲気を変えたのが福留なら、変わったチームを引っ張った、つまりエンジンの役割を果たしたのが関川である。
「とにかく1年中張り切ってやってくれた。打席でも、塁に出ても、守備でも、暴れるだけ暴れてくれた。その勢いにチームがぐんぐん引っ張られていったな」
 新品のギア、小気味よく回るエンジンがあれば、少々排気量が劣っていても勝負になる。加えてボディは12球団随一の投手陣である。ペナントレースでのドラゴンズの勝利は、決して勢いに乗っただけのものではなかった。

「オレ、今年、なにやっとったんだろ」
 話の合間に、星野はつぶやいた。
「謙遜じゃないんだ。投手は山田が全面的に見てくれる。今日は誰が投げるんや、なんて訊いたこともあるくらいだ。打順だって島野ヘッドと水谷が決めている。守りと走塁は高代に任せた。だから、ほんとにオレのすることなんかなかったんだ」
 今年のドラゴンズはコーチ陣が大きな権限を与えられたのが特徴だった。先発投手や打順の決定も、星野の言葉にうそはない。ほとんどコーチが仕切っていた。それだけにコーチが負った責任と重圧も大きかったろう。
「山田なんかは、去年防御率1位の投手陣を引き受けたんだから、相当な重圧があったろう。ただ、なんでもかんでも監督が見るというのじゃなく、そうしたほうがかならずチームは強くなるという確信があった。だから、オレとしては、ひたすらコーチ陣にやりやすい環境をつくろうって心がけたんだ」
 キャンプの初日、星野は選手たちを前にして、「コーチの言うことはオレの言うことと思って聞け」と宣言した。この言葉で、選手たちは、コーチ陣に寄せる星野の信頼感を理解し、同じような信頼を寄せるようになった。もし、コーチより先に監督が口を出すような形だったら、ペナントレース最終盤の、ジャイアンツとの競り合いで見せたようなベンチの一体感は生まれなかったかもしれない。
「去年、なぜいいところまで行きながら優勝できなかったか。オフにいろいろ考えた。特に、選手一人一人の性格を、用句考え直してみた。ウチはみんなまじめで責任感が強い。それはいい面でもあるが、一歩間違うと、自分をマイナス方向に追い込む危険も持っている。負けが込んだとき、調子が上がらないときにこれではうまく気持ちの切り替えができない。ここさえ直せばいける。だから、自分の仕事は、チーム全体の気持ちをうまく切り替えること、割り切りを持たせることだと思ったんだよ。切り替えをうまくやるには、監督が、ひとつの負け、ひとつのミスをぐずぐずつついていてはダメ。そこでシーズン中はオレの出るミーティングはほとんど止めた。いつもいうのは、今日は今日で自分なりに反省して、結論を出してしまえということだった。オレのやったことを強いてあげればそれかなあ」
 星野のねらいは的中した。今年のドラゴンズほど完封負けを喰らいながら優勝したチームはちょっとないだろう。カープの佐々岡真治にはノーヒットノーランまでやられた。ところが完封負けの翌日はなにごともなかったように立ち直る。完封明けの勝敗は9勝2敗。勝率8割以上にもなる。星野の言う切り替えがいかにスムーズにいったかがわかる。
 かつての「熱血監督」の看板が疑わしくなるほど、今年の星野は選手を叱咤したり、大声を張り上げたりする場面が少なくなった。どなりたくなる場面が少なくなったからではない。情熱が衰えたわけでももちろんない。どなってよくなるなら、いくらでも声を張り上げたろう。しかし、そうでないことは監督経験を重ね、優勝に届きそうで届かない悔しさを味わうことで身にしみていた。個別の指導はエキスパートのコーチに責任を持たせる。そうすることで、チームにも一体感を持たせる。自分は一歩引き、苦境のときにハンドルを切って方向を示すドライバーの役割に徹するほうが、チームは無駄なく進んでいく。そうした信念が、今年の星野の穏やかな表情につながったのだろう。
 
「ON対決」の声が騒がしくなった9月、星野は選手たちから質問を受けた。
「監督、ONってそんなにすごかったんですか。今でいったら、誰に当たりますか」
「今はあんな選手、居らん!」
 一喝してみせながら、一方で、選手たちのそうした「無知」がうれしくもあった。
「知っているものがいないんだから、怖がるものもいないはずだろ」
 ペナントレースでNとしのぎを削り、日本シリーズではOに立ち向かうかもしれない。しかし、選手たちはONの看板を恐れてはいない。そのことに手ごたえを感じ取ったのだ。そしてペナントレースではたしかに選手たちはNの看板にひるむことはなかった。日本シリーズでも、Oの名前の前に小さくなる場面はほとんどなかった。
 ただ、Oの看板は恐れなくても、日本シリーズという名前の大きさは、やはり経験の浅い選手たちには脅威だった。シリーズ経験者は立浪和義、山本昌広、中村武史の3人だけ。その3人も11年前、ライオンズの前に完敗した苦い記憶しか持っていない。ライオンズで何度も日本一を経験してきたホークスの秋山幸二、工藤公康はその蓄積を存分に見せつけてみごとに牽引車の役割を果たしたが、ドラゴンズの3人にそれを求めるのは酷だったろう。
「ミスをしたほうが負ける」
 シリーズの前、そう繰り返していた星野が、ミスで敗れるというのは皮肉なめぐり合わせである。しかも、4つの敗戦内、2試合で決定的なミスを犯したのが、「チームを変えた選手」として星野が名前を挙げていた福留だったのは、さらに皮肉な出来事だった。福留だけではない。チームのけん引役を期待され、ペナントレースではみごとにその役割を果たした関川も、ヒットが出たのはようやく第5戦になってからという不調。トランスミッションが故障し、エンジンの回転数が上がらなくては、いかに自慢の投手陣が奮闘しても、勝利はおぼつかない。
 シリーズ5試合を通して星野の表情がもっとも変化していたのは、負け試合ではなく勝った第2戦だった。試合後の会見はペナントレース中の穏やかな表情に戻っていたが、声ははっきり嗄れていた。好投していた川上が、6回、大量リードに少し気の緩んだような投球を見せたことが腹に据えかねたらしく、普通なら勝利投手の川上を誉めるところなのに、まず中村のリードを誉め、川上にはほんのつけたし程度に触れただけだった。勝っている試合こそミスを少なく、隙なくものにしなくてどうする。それがオレたちが1年やってきた野球ではなかったのか。そんな苛立ちが、勝ち試合に声を嗄らした原因だったのだろう。
 それに比べれば、負け試合の表情は、シーズン中と同じように穏やかだった。3完封と完敗だったせいもある。しかし、完封の後、うまく気持ちを切り替えてシーズンを乗り切ってきたチームにあって、切り替え役に徹してきた星野である。ついに切り替えがうまく行かず、敗れたとき、責める刃は選手ではなく自分に向けられたはずだ。4つの負け試合のあとも、星野から選手を責める言葉は一言も漏れることはなかった。

「135試合のペナントレースを勝ってきたんだから、この5試合だけで選手を評価するのは酷。とことんやったんだ」
 最終戦の短いインタビューの中で、「これだけで評価するのは酷」と星野は二度繰り返した。それはどこか懇願するようでもあった。責めは自分が負う。敗戦を背負うのは自分だけでよい。その気持ちが、表彰式への列席を拒んだ一番の理由だったのだろう。役割は分担できるが、最後の責任は監督が背負わなければならない。ひとりの監督室で、星野はあらためてその非情な事実を噛みしめたに違いない。
 星野の最後のインタビューで書き漏らした言葉があった。
「まだまだ目標には達していない。また来年が始まるんだ」
 

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06WBC決勝

 決勝戦に日本とともにキューバが勝ち進んだことは、大会を主催するメジャーリーグにとって皮肉なことだった。メジャーのスーパーパワーを示すはずが、メジャーリーガーのひとりもいないチームが決勝までたどり着いてしまったのだ
 キューバはかつてのキューバではない。長打力で日本を粉砕した金属バット時代の豪快さは影をひそめ、恐ろしく堅実な、隙のないプレーに徹していた。その特徴が最もよく現れたのは準決勝の対ドミニカ戦だろう。打線はメジャーのMVPを3人並べ、先発は去年のサイ・ヤング投手というドミニカに対し、1点しか許さず、すべてシングルヒットで3点を取って逆転勝ちした。参加国の中で、キューバはナショナルチームが常設されている唯一の国である。国際試合の経験は抜きん出ている。チームとしての熟成度の高さで、スーパーパワーのドミニカを葬った。
 準決勝ではチームとして熟成しつつある感じが見えた日本だが、まだキューバには及ばず、選手個々の力を互角と見れば、やはり苦しい戦いになるのではないか。それが戦前の予想だった。ところが蓋が開くと、破壊的ではないが、隙もないキューバが、3つの四死球による自滅のような形で日本に4点を与える。4点を奪い、先発は大会に入って絶好調の松坂大輔。「よし、祝勝会」と携帯を握ったファンも多かったのではないか。
 しかしさすがにフィデルの子どもたちは苦境に強い。じっとしのいで徐々に点差をつめ、ついに8回裏には1点差にまで追い上げた。だが、この日の日本は力強かった。6回以降、完璧に抑えられていた左腕のパルマを攻めて、1死、一、二塁からイチローがタイムリーを打つと、タイムリーに犠飛をからめて4点を奪い、キューバの息の根を止めた。
 10点取った試合で、どれがキープレーか指摘するのはむずかしいが、ひとつあげれば、9回のイチローのタイムリーだろう。
 この大会でイチローのチームへの献身ぶりは伝えられてきた。だが、その方向性が常に正しかったかとなると疑問もある。たとえば、2次予選の韓国戦で、6回の先制機に初球を送りバントしたことがあった。チームプレーのお手本のようだが、果たしてどうだったか。イチローの役割は大会が進むにつれてリードオフマンからチャンスの拡大役、さらにはポイントゲッターに徐々に変ってきていた。準決勝以降3番に入ったことでもそれがわかる。あそこでは、相手が若い、格下といってもいい投手だったこと、イチローの脚なら併殺はまずないことを考えあわせれば、打って一気にチャンスを拡大する手に出るべきだった。教科書どおりのチームプレーが、常にチームの求めているものとは限らないのだ。その点、決勝の9回のタイムリーは、どうしても1点欲しいときのそれであり、チームの求めるものと結果が一致した最高のプレーだった。
 イチローに限らず、多くの選手たちが、チームプレー、チームへの献身を過剰なほど意識してはいた。だが、同じユニフォームを着ていないほかの選手の力量を把握し、調子を見極め、そこから自分の役目を探し出すのは、なかなかむずかしかっただろう。松中信彦などはその典型である。長打力不足といわれたチームにあって、「不動の4番」を任され、おそらく松中は走者を置いた場面での一打、一発を意識していたはずだ。しかし、それでいたずらに振りを大きくしたりせず、決勝まで単打主義を全うした。自分ではなくても、誰かが還せばいいし、それができるチームだ。そのことを試合を重ねる中で学んだのだ。
 決勝での王監督の采配は、代打福留孝介の起用、8回1死からクローザーの大塚晶則の投入とことごとく的中した。ただ、これも勘の冴えは認めるとしても、やはり、チームと選手の状態を的確に把握し使える選手が見極められたことが大きく関係している。
 2月22日の集合から3月21日の決勝までの日本チームの道程は、高速度撮影で捕らえた植物の生長を思わせる。どんなに優れた選手を集めても、それだけでは「チーム」にはならない。これだけの選手をもってしても、チームらしくなるには1ヵ月はかかる。本来ならここから戦いがはじまるのだ。第1回のWBCは、野球というスポーツのチームと個人の関係をはっきり示してくれた点で意義があった。日本は、最後で、「チームジャパン」になったのだ。

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