回顧録その13〜「爆撃機」ゲルト・ミューラー
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サッカーで一番盛り上がるのは間違いなくゴールシーンであろう。 その盛り上げ役はストライカーであることが多い。 極論すればストライカーはドリブルやパスがヘタでも得点出来ればいい。 言い換えれば得点出来なければどれだけ素晴らしい技術を持っていてもストライカー失格である。 1970年代、当時の西ドイツに華麗さ、豪快さとは無縁のストライカーが実在した。 「爆撃機」と呼ばれたゲルト・ミューラー。 ドリブル、パスの技術が特に優れていたわけではない。 特別にヘディングが強い、スピードがあるということでもない。 ミューラーと対戦した選手達はシュート技術が特に優れていると思わなかったらしい。 逆にミューラーの何が怖いのか分からないまま試合が終了し、そして試合結果を見て初めてその恐ろしさを理解したという。 ミューラーにドリブルで抜かれたわけではなかった。 ミューラーに必殺のスルーパスを食らったわけではなかった。 ただ、ミューラーにゴールを決められていた。 どんな体勢からでもゴールを決めるその得点能力に関してミューラーに勝る者はいなかった。 戦後間もない1945年11月3日に西ドイツで生まれたゲルハルト・ミューラー。 子どもの頃から小柄で小太りだったミューラー。 もちろん他の子ども同様にサッカーに夢中になっていた。 だが、小太りだったためにスポーツには向いていないとされていた。 特別テクニックがあるわけでもなく、走るのも得意でなかったゲルハルト少年。 所謂、どこにでもいるスポーツには向かないスポーツ好きの子どもでしかなかった。 ところがこの少年には特殊な能力があった。
相手ペナルティエリアの中に入るとどこにボールが来るのかを察知出来た。 この能力は鍛えられるものではない。 少年の居場所は相手ゴール前。 ただ突っ立っているだけであった。 そこ以外にチームでの居場所がなかった。 そして一度ボールが少年の所に転がると、次の瞬間には喚起の輪が出来ていた。
幼くして父を亡くしたゲルハルト少年は家計を助けるために働きながらサッカーを続けていた。 そして16歳で地元クラブの入団テストを受け見事合格。 貧しい生活だったために自分のスパイクを持っておらず、友人のスパイクを借りてテストを受けた。 ユースチームでも並外れた得点感覚でゴールを量産。 瞬く間にトップチームへ昇格を果たす。 もちろんトップチームでもゴールを重ねて国中のトップチームがミューラー争奪戦を繰り広げた。 ミューラーの移籍先はドイツの名門・バイエルン・ミュンヘン。 ところが当時の監督はミューラーを無視し続けた。 理由は小太りの体型。 食事療法でもトレーニングでもスリムにならない体質であったミューラーを「象」とさえ言っていた。 チームが低迷していても得点力に秀でたミューラーを起用しなかった。 そんなミューラーにもチャンスは訪れた。 レギュラー選手の故障により得たチャンスを生粋のストライカーはキッチリと生かす。 デビュー戦で2ゴールを決め、レギュラーの座を勝ち取った。 バイエルンはドイツを代表する強豪へと成長。 チームの勝利の多くはミューラーの得点によるものであった。 ただ押し込むだけのゴール。 体のどこかに当てただけのゴール。 美しさとは無縁のゴールを揶揄する者も多々存在した。 ゴールに芸術点があれば話は違うが、サッカーの1点は1点でしかない。 ミューラーが積み重ねたゴール数は以下。 ブンデスリーガ427試合365ゴール ドイツカップ64試合79ゴール 欧州クラブカップ74試合66ゴール 西ドイツ代表62試合68ゴール ただ決めたゴール数が多かっただけ、とは負け惜しみであろう。 バイエルンには1964年〜79年までの15年間在籍。 その間、国内リーグ・国内カップ優勝4回、得点王7回、欧州チャンピオンズカップ(現チャンピオンズリーグ)3連覇、欧州カップウィナーズカップ(現UEFAカップ)優勝1回。 代表では1970年W杯メキシコ大会で10得点を決めて得点王。 地元で開催された1974年W杯西ドイツ大会では決勝戦での決勝ゴールを含めて4得点。 W杯通算14得点は2006年W杯ドイツ大会でブラジルのロナウドに破られるまで1位の記録であった。 1970年には欧州最優秀選手賞であるバロンドールを受賞。 地元開催のW杯で優勝を置き土産に28歳で代表引退。 1979年にアメリカへ渡り3シーズン40得点を記録。 1982年に現役引退、母国へ帰国した。 ミューラーの背番号といえば13番。 不吉と忌み嫌われる番号だが、ミューラーは幸運の番号として好む。 バイエルンのトップチームに昇格した際にチームで空番となっていた背番号2と13。 その時に迷わず13番を選んだという。 そして2番をもらったのは「皇帝」フランツ・ベッケンバウアーであった。 「爆撃機」として数多くの相手ゴールを撃破し続けた背番号13番。 試合に勝利した後、チームの誰しもが思うであろう。 「チームの勝利はミューラーによるものだ」 爆撃機の母国で開催された2006年W杯ドイツ大会。
こういうことを平気で言う選手が代表選手でいる限り、日本サッカーの前途は多難である。 関係ないが、小柄のミューラーの娘は長身らしい。
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選手の生まれた年(10)
=== 1945年 === 昭和20年、太平洋戦争が終わった年です。 ドイツで2人の英雄が生まれます。 === フランツ・ベッケンバウワー(西ドイツ)「皇帝」 === === ゲルト・ミュラー(西ドイツ)「爆撃機」 === === ロベルト・リベリーノ(ブラジル)「左足の魔術師
2007/7/13(金) 午前 9:17 [ 特技=食事介助とバックパス ]
『デア・ボンバー(爆撃機)』
抜群のゴール嗅覚とポジショニングで、どんな体勢からでもゴールを奪い、驚異的なゴールアベレージを残した“ゲルト・ミューラー”。 地元のTSVネルトリンゲンの入団テストを受ける時、当時貧しくてシューズが買えなかったミューラーは友達のシューズを借りて2ゴールを記録。 17歳の時、ユースチームで年間180ゴールを挙げる驚異的な記録を残し、ここでの活躍が目に留まり、1964年にバイエルン・ミュンヘンと契約。 在籍15年間で自身7回の得点王を獲得するとともに、4度のリーグ優勝と4度のドイツカップ優
2009/6/15(月) 午前 9:53 [ 美しく勝利せよ! ]
ミュラーの娘は長身なんですね。メモメモ・・・ま〜決定力の塊みたいな人でしたね・・・
2007/7/12(木) 午前 1:00 [ cae*ar0*26 ]
カエサル大佐殿:小ネタに反応いただき恐縮です☆この人はポジショニングが絶妙ですよね。いつの間にかペナルティエリアに侵入してシュートを打つって感じでしょうか。昔の映像を見ると突然画面中央に現れるって印象です。
2007/7/12(木) 午前 1:24
完全に存在が消えますからね(笑)気がついたらそこに居るという感じで・・・何が凄いのか分からないけど・・・とにかく凄いという感じです。
2007/7/12(木) 午前 1:27 [ cae*ar0*26 ]
「まさかボールが来るとは思わなかった」
ある意味名言かもしれません(笑)
2007/7/12(木) 午前 9:50
まさにゴールをするためだけに生まれてきた選手でしたね。
柳沢も13番でしたね。私にとってはそれすらも忘れ去られていました・・・。記憶にも残らない選手です。
2007/7/12(木) 午前 11:46
「日本の誤爆機」ツボに入りました〜!!
2007/7/13(金) 午前 0:25
カエサル大佐殿:凄さを分からせないのが凄いのかもしれません。昔のビデオ等を見ていると、得点するまで存在そのものを忘れているくらいです。存在感ゼロの選手が得点決めるってある意味で奇跡かもしれません。
2007/7/13(金) 午前 1:09
RYUさん:もちろんサッカーの名言シリーズに入れました。これを書きたかったために名言シリーズを始めたようなものですから。
まさかマリノスにはこんなこと言う選手いないですよね…。
2007/7/13(金) 午前 1:12
ma3104hさん:こういう特殊能力を持った選手が日本に出現する日はあるでしょうか。。柳沢の存在は消去しても問題ないでしょう♫
2007/7/13(金) 午前 1:14
ozeuさん:歴代日本代表FWは誤爆が多かったのですが、柳沢は特に目立つような。。
2007/7/13(金) 午前 1:16
あはは。「誤爆機」。ジャストミートな異名です!w
2007/7/13(金) 午前 9:19 [ moy*p*767 ]
匿名さん(2007/7/13(金) 午前 9:15):どうもです☆
2007/7/14(土) 午前 11:21
もやPさん:柳沢は誤爆ばかりですからねぇ。最近は誤爆どころか自分が壊れてますから別名が必要かもしれません。自爆機、とか。
2007/7/14(土) 午前 11:23
ハッハッハッハッ(笑)自爆機って最高ですね!
2007/7/30(月) 午後 0:44 [ win*18*occe* ]
wing18soccerさん:柳沢はFWとしての心構えがなっていませんな。シュートミスよりもそのことが気に食わないです。これじゃ永遠に爆撃機にはなれませんな。
2007/8/4(土) 午前 0:26
返す返すも、もう一度言う。
どんなゴールでも、1点は1点だ。
柳沢のバカヤロー by加藤浩次
http://masuyan.blog3.fc2.com/blog-entry-458.html
2007/8/26(日) 午前 4:43 [ ]
harerun3982さん:柳沢が外したことはどうでもいいことです。ですが、その後のコメントが気に食わないです。やる気あるのか、と…。
2007/8/27(月) 午前 0:18