生きている赤兎馬(長文)1
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最近、ふと別件で馬のことを調べることがあって、汗血馬(かんけつば)について検索したら、
という記事がいくつか出てきた。 ちょっと意外だった。 わたしは勝手に、赤兎はもっと逞しくて、足の太い種かと想像していた。 当時、多分普通に武将達が乗っていたのは蒙古馬系の、足の短い身体が小さい馬だったろうと思う。 その中に、もし現在の道産子みたいな馬が混じっていたら、 異様であったろうし、力も強かったろうから、 見た目に凄まじかったんじゃないかなーと勝手に思いこんでいた。 道産子は、北海道を開拓したお侍さん達が連れて行って、 帰りに放してきたのが野生化したものだと聞く。 (北海道旅行に行ったときの知識なのですが・・・^^;) 連れて行ったのは南部馬だそうだから、 結局は蒙古馬系のお馬さんで、 寒いところにほっぽっとかれた結果、ちょっと巨大化し、 ちょっと足がぶっとくなり、 ちょっと毛深くなったのだろうとわたしは想像した。 なので、もし当時ロシアとか辺りから馬を連れてくることがあるとすれば、 現在の道産子みたいな、デカイ馬だったんじゃなかろーか、 とこれもまた勝手に想像した。 赤兎=道産子みたい、というのはこうした想像の産物だったのであります。 へぇ〜 よく考えたらなんの根拠もない想像だったのかあ………
汗血馬は、ゼンゼン道産子みたいじゃないです、ちなみに。 むしろ、現在のサラブレッドの先祖なではないかと言われてるくらいなんですから。 (サラブレッドの三大始祖のうち一頭がこの種だったのではないかとか、この種の近縁だったのではとかいう説がある) もしも赤兎が汗血馬なら── 並み居るズゴッとした軍馬の中、 一頭だけすらりとしたサラブレッドがいたなら、目立ったでしょうね! 虚栄心の高い人なら、(←呂布に対する当てこすりではありません^+++^)ほしがったことでしょう〜 赤兎=強い!というわたしのイメージからはちょっと遠いな…^^; やや残念・・・ けど、馬高があるというのは当時の戦闘では相当有利ではありますまいか? 関羽の強さの秘密はここにも??(イヤ、前から強かったけども・・・) 汗血馬ってどんな馬種かというと、 漢の武帝がモーレツに欲しくって、ついには武力でもって入手したほどスゴかったそうなんです。 文字通り血の汗を流すと言われ、天馬の子孫であるという名馬でした。 武帝は漢の七代目の皇帝で、劉備の先祖(自称)劉勝は六代目皇帝の第八子だったそうな。 もし赤兎が汗血馬だとすると、ちっとは劉備とも関係があるんですな。 ・・・ほんのチビッとだけども。 いろんな歴史的背景は、
・・・で、武帝は、汗血馬の産地である大宛という国を大軍勢を送って撃破、 この馬をとうとう自分のものにしてしまいました。 武帝は「史記」で、汗血馬を手に入れた嬉しさをガンガンに歌い上げています。
天馬来たる 千里を経て 天馬ついに 徳ある者の手に帰す その威徳 諸国を下し はるか流砂の彼方 四方あまねくみな威に服す
超遠くの西極からぶんどったぜ! このオレ様の手に入ることはわかってたことなのよ★ だってオレってカナリスゴイし! 見てみ、すごすぎてみんなひれ伏してっから。 これでどこの奴らもイチコロだっての!
ちなみにこれは小月の超訳なので無断転載しないように。 間違ってると困る。(正しくてもムカつく) この馬はAkhal-Teke(アハルテケ?)という種で、なんと現存しているのであります。 だからもし汗血馬が赤兎だとしたらなんと、
──ことになりますよね! そこで見つけました。Akhal-Tekeのビデオ。 生きている赤兎・・・と同じかも知れない種類の馬を見ることができます。 ちなみにスポーツナビにも汗血馬を見た!というエントリーがあったので、 トラックバックしておきますね。 トラックバックから行ってください^^ あとブリーダーさんもおられました。 ここではなんと販売してるですよ。(馬そのものだけでなく、グッズまで・・・) 上のビデオに出てた方の写真もありますね。 美しい写真がたくさん見られます。 本当に、きれいな首と優美な腰を持った種なんですね〜 関羽を乗せると折れそうな気がするがどうなの? まだよく読んでないけど、どうもakhaltekeはtekeという種の一種のようだ。 何語なのだろう? サイト名のKara kumはトルコ語だが…(ちなみに黒い砂漠のこと) 馬の名前もトルコ語だし。 ただし前出の大宛国はフェルガーナのことですね。 ちなみにフェルガーナは「川の間」という意味だった気がしますが、メソポタミアと同じ意味で面白いです。 古来豊穣な地は大概川に囲まれていたのですねー・・・ って閑話休題。 フェルガーナはロシア語とかウズベク語なのですが… わたしはウズベク語はまったくわからん@@ トルコ語と似ているのか??(言語学の授業でやった気がしなくもないがキレイさっぱり) Akhal-Tekeは種々さまざまな毛色があったようだけど、 中でも多かったのが黄金色らしく、黄金の天馬と呼ばれていたそうだ。 赤っぽい毛色の子もいたのかなー・・・ ということで、実は無類の馬好きでもある小月。 明日は、
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