玩ばるトマトばぁちゃんの日常

もう頑張るのはやめて、玩ばろう♪♪♪

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<金環日食、撮ってみたよ>

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2012年(平成24年)3月21日(月)、つまり今日ですね。

ここ、埼玉でも朝、6時20分10秒から金環日食が始まりました。

食の最大、つまり完全な金環日食になったのは、7時35分39秒でした。

そして、完全な金環日食が終わったのは、7時37分07秒、2分にも満たない短い時間でしたが、私は全て

この眼で見ましたよ。


金環日食の撮影を終わって帰る道すがら、通りがかりの中年の男性が二人で、今見てきた金環食の話をしなが

ら、私の傍らを通りすぎてゆきました。


「こういう金環日食って、俺たちの生きている間にはもう見られないんだってさ」

「そうか、これが最後だってことなんだ」云々・・・


と、いうことは、これが私にとっても今生最後の金環日食って事になるわけですね。


今朝、金環日食を見られなかった方々のために、何枚かの写真をアップしておきました。

まあ、こんな感じでした。ご覧下さい。


使い慣れているデジカメですが、手持ちで撮りましたので、それぞれの写真の構図が何となくずれたりしてい

ますが、ご勘弁のほどを。

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<本庄早稲田大学仮装大WALKING>

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毎年お馴染みの、本庄早稲田大学の仮装行列が今年も実施された。(去年は東北大地震があったので中止した

のかな、去年は見かけなかったが、その辺のことはよく分からない)


我が家の近くの道路端には、列の先頭が12時少し前に通過し始めた。

私は取り急ぎマー元帥の昼食をテーブルに置いて、カメラを持って、仮装行列の通る道路まで走って出た。


毎度の事ながら、学生一人一人が、自分の好きなキャラクターに変身して、車道の254線に沿った歩道

を、かなりの速度で歩いて行く。

どこまで歩いて行くのか、というと、終点は東京の早稲田大学である。

が、途中で、どこかで、全員が一泊すると言うことだ。

だから、終点の早稲田大学の校庭に到着するのは明日、と言うことになる。


この辺は、まだ出発地から近い所だから、どの学生さんも元気一杯、みんなニコニコ顔だ。

カメラを向けると、喜んで色んなポーズを取ってくれる。

シャッターを押してから、私は全員に声をかける。

「ありがとう!みなさん、お元気で、行ってらっしゃい」


「はーい!行ってきまぁーす」と言って、学生さん達は去って行く。


全員が無事に目的地に付いてくださることを祈る。

頑張れ!本庄早稲田大学の学生のみなさん達!

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<この夕日を見てから・・・>

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この頃、夕方になると、浅間山の端の方に夕日が落ちて行く。

この夕日の落ちて行く風景を、マー元帥は二階の西側の窓から毎夕必ず見ることにしている。

勿論お天気の悪い日は見えないことが多いが、こちらは曇っていても、浅間山の辺りは晴れているのか、夕日

の沈んで行く様子が良く見える。


マー元帥は、このところいつも、この夕日を見終わってから、シャワーを浴びて、夕食の席に着く。

心休まること、この上なし、といった感じで・・・

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<自分のお葬式の準備をする>

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先日、同じ地域のSメンバーズという所から「お葬儀セミナー」の案内が届いた。

今回のテーマは「家族葬に付いて考える」というテーマだったので、それでは後日の参考のために出かけてみ

ようということになった。

我が家はこの地域に来て間もないので、周りの人たちとあまり親交がない。それで、私は1年に1度行われる隣

組会の時に「私の家は家族葬でやらせてもらいます」と会員の皆さんにあらかじめ宣言しておいた。


我が家は今、夫のマー元帥と二人で暮らしているが、二人とも同じ年の73才である。

一般的には女性の方が長生きすると言われているが、こればかりはそのときになって見なければ分からない。

それで、二人揃ってそのセミナーの講義を聞けばいいのだが、毎度書いているように、夫はアルツハイマーな

ので、講義を聞いても直ぐ忘れてしまう。

そこで、万一私が先に逝った時の場合を考えて、息子の奥さんのカーネルさんに同行してもらうことにした。

彼女に一緒に講義の内容を聞いておいて貰えば、いざと言う時、その手順の進め方がスムースに行くのではな

いかと考えたからだ。

彼女は迷わず「一緒に行きましょう」と言ってくれたので、二人で参加することになった。


講義の最初は「お葬式は誰のために行うのか」という話から始まった。

「故人の冥福を祈るとともに、故人と最後のお別れをするためです」

「また、お葬式は家族のためにも行うものです。人が亡くなって一番悲しむのは家族です。その家族が故人と

お別れするための儀式がお葬式です」

「更に、お葬式は、故人の友人、知人のためにも行うものです」という前置きが終わって、

「最近、”家族葬”という言葉を良く耳にします」という今回のテーマの話に入った。

「”家族葬”は故人と家族とのお別れの時間を大切にする形式のお葬式のことを言います。

一般のお葬式と大きく異なるのは、参列者に付いての考え方です。友人、知人には全く声をかけないで、家族

親族だけで行うか、故人とごく親しかった人だけに来ていただいて行う、という形式になります」


そして、「家族葬のいいところは、故人とのお別れの時間をじっくりと過ごせることです。精神的にも遺族の

負担が少ないということもメリットの一つでしょう。

通常のお葬式では沢山の参列者が来るため、遺族は気を使いっぱなしで疲れてしまい、肝心の故人とのお別れ

がゆっくりと出来ないということもあるようです。

そんな遺族の負担を軽くすることが出来るのが家族葬なのです」



そのことは、いくたびも親族の葬儀を体験してきた私には良く分かる事実だった。

随って、私とマー元帥の葬儀はもうすでに、この「家族葬」という形式に決めてあるので、カーネルさんに、

その辺を良く理解してもらって、そのために必要な事々を、これから用意しておくことにした。


即ち、まず次のようなことごとが一目で分かる書類を二人分作って、彼女に渡しておくことだった。

名前、生年月日、住所、本籍地、家紋、家の宗派、菩提寺、菩提寺の住職様のお名前、住所、電話番号、

預貯金・・・金融名(支店名)口座番号、

生命保険・・・会社名、証券番号、受取名義人、

その他、互助会など

そして、いざと言う時、直ぐ知らせる必要のある人たちの、名前と連絡先一覧表、その間柄。


そのほか、家族葬で行うと、葬儀料金がいくらか安くなると言うことだった。


一般の講義が終わったあと、それぞれの人たちの個人的な質問を、何人かの係員が丁寧に分かりやすく応えて

くれた。


それらをひとつひとつ聞いて納得したら、私は何だかほっとして気が楽になった。

私はこのS社の会員になっているから、葬議代はもう全て先払いしてある。

後は、葬儀代以外にかかる雑費が結構出て行くので、その分を近じか、カーネルさん名義でそれ用の通帳を作

って、そこにある程度のお金を振り込んでおこうと思っている。

というのは、死んでしまった人の通帳からは、相続の手続きが終わるまでお金を引き出すことができないから

だ。

「ここまでやっておけば、もう、余計な事は心配しなくても、安心して死んでいけますね、ほっとしました」

と、私の担当の係員の人に言ったら、彼は笑って、カーネルさんに言った。

「ここまで、いざという時の用意をしておいてもらって、お嫁さんとしても安心ですね」ですって。(笑)

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<びっくり、嬉しい、母の日・・・>

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昨日、姪のK子のところから小包みが届いた。

明けてみたら「母の日」のプレゼントだった。

プレゼントの中身は「LEMON DROP」というお店のクッキーだった。

早速、コーヒーを入れて、マー元帥と一つつづつ頂いた。

甘味が控えめの美味しいクッキーだった。


実をいうと、私は「母の日のプレゼント」というものを貰ったのは、これが初めてのことだった。

それこそ、私にとって、生まれて初めての体験、だったので、少々びっくりした。

しかも、自分の子供達からではなくて、姪からのプレゼントだったとは。

最近、色々あって、ちょっと淋しい思いをしていた所だったのか、胸にジーンと来た。


ひと息ついてから、K子にお礼の電話をしようと思って、電話の前に坐ったら、なんといきなり、当のK子か

ら電話がかかってきた。

「Kちゃん、ありがとう、母の日のプレゼント」

「あ、届いた?」

「うん、今さっき届いたばかり。今、マー元帥と一緒にコーヒーを入れていただいたところ。おいしいクッキ

ーだったよ、ありがとう!」


すると、K子は、少し声を低くして、

「伯母さん、あのね」とちょっと間を置いてから言った。「私、赤ちゃんができたの・・・」

「ええっ!?」

と、言ったまま、私は声が出なかった。

「今、5ヶ月になったところ。予定日は11月8日ですって」

「・・・・・!」

「5ヶ月になって、ようやく身体がが落ち着いたから、伯母さんにもお知らせしておこうと思って・・・」

「そう・・・赤ちゃんができたんだ・・・」


K子は結婚してからほぼ10年になるのかな。彼女は結婚してからも、仕事は辞めずにずーっと続けている。

彼女に赤ん坊が一人でもいいから生まれてくれるといいな、と、私はいつも思っていた。

K子の兄貴には男の子が一人いる。その子はもう中学生だ。

K子はもう3X才になっている。今のうちでも遅くはない。「一人生まれるといいなぁ」と、私は何かあるた

びに首を長くして待つ格好でいた。

「そうかぁ・・・生まれるのかぁ、よかった・・・よかったねぇ」

と、言ったと思ったら、急に大粒な涙が零れ落ちてきて、声が出なくなった。

生まれて間もないK子を抱っこして、病院から母の家まで送り届けた時の事がふいに思い出されてきたのだ。


あの赤ちゃんだったK子がようやく、まもなくお母さんになるんだ。

どうか無事に元気な子供が生まれますように。心の底から祈る。


そうだ、来年は、こちらから「母の日」のプレゼントを送れるよう、K子の安産をしかと祈ろう。

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