第二総軍研究所

繰り返すな!ヒロシマ、ナガサキの惨劇

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なるべく早く飛び立って

 ■なるべく早く飛び立って

陸軍航空本部軍属嘱託の水間博志は、政府や軍の要人空輸を担当していた。広島原爆投下から2日後の1945年8月8日、水間らは突然、陸軍航空本部から密命を受けた。東京から広島飛行場へ、要人緊急空輸の任務だった。要人は「広島新型爆弾調査団」団長の仁科芳雄博士らだった。
 広島への飛行中、機内客室では仁科博士を囲んで大本営の参謀たちが真剣な面持ちで、終始密談していた。新型爆弾についての話だった。高級参謀が操縦席に来て、「日本も、今、重大局面に直面している。機内での会話内容が、もし耳に入っても、重要な機密事項に関わることだから、絶対、口外しないように願いたい」と言った。
 広島空港に着陸すると仁科博士が「操縦士の人たちは、絶対、外に出ないようにして下さい。そして、なるべく早く、ここを飛び立ちなさい」と言った。そう言い残すと足早に、迎えの軍用車に乗って飛行場から消えて行った。
 水間らは、仁科博士の言葉の意味がよく理解できなかった。新型爆弾がどんなものか。この時、放射能の知識や、死の灰の怖さなど、全く知らなかった。
 「ともかく、早く、ここを飛び立とう!」。
 水間は、仁科博士の助言に従って、広島飛行場を離陸し、大阪飛行場に向かった。

(「飛翔人生」 水間博志 1995年 より要約)

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