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今日はコートジボワールで使われているCFA(セーファー)フランについて説明したいと思う。
1、歴史
第2次世界大戦中まで仏領西アフリカ、仏領赤道アフリカ、国連信託統治領カメルーンおよびトーゴでは、西アフリカ銀行(Banque de l'Afrique Occidentale)が発行したフランスフランが流通していた。
1945年12月:フランス本国の不景気の影響を植民地に及ぼさないために、仏領アフリカ植民地フラン(franc des Colonies Françaises d'Afrique、通称CFAフラン)が発行された。1.7フランスフラン=1CFAフランで交換できた。
1948年10月:CFAフランの切り下げが行われた。2フランスフラン=1CFAフランで交換された。
1955年1月:仏領西アフリカと国連信託統治領トーゴ地域の通貨を発行する機関として、仏領西アフリカ・トーゴ発券局(l'Institut d'Émission de l'Afrique Occidentale Française et du Togo)が設立された。
また仏領赤道アフリカ、国連信託統治領カメルーン地域の機関として仏領赤道アフリカ・カメルーン発券局(l'Institut d'Emission de l'Afrique Equatoriale Française et du Cameroun)が設立された。
1958年12月:新フランスフランの導入(100旧フランスフラン=1新フランスフラン)によって、0.02フランスフラン=1CFAフラン(50CFAフラン=1フランスフラン)で交換された。
この年にフランス共同体が設立されたので、CFAフランの正式名称もフランス共同体アフリカフラン(franc de la Communauté Française d'Afrique、通称は変わらず)に変更された。
1959年4月:仏領西アフリカ・トーゴ発券局が改編され西アフリカ諸国中央銀行(La Banque Centrale des Etats de l'Afrique de l'Ouest、通称BCEAO)になった。
1960年:サハラ以南アフリカにあったフランスの植民地は、ジブチとコモロを除く植民地はすべて独立した。
1962年5月:西アフリカ通貨同盟(l'Union Monétaire Ouest Africaine)がBCEAOの上部機関として設立に関する条約が調印された。
BCEAOに関しては、後日「BCEAOについて」を書けたらいいなと思う。
1994年1月:その前年よりCFAフランに対する強い切り下げ圧力により、CFAフラン使用国での経済的混乱を来したために、0.01フランスフラン=1CFAフラン(100CFAフラン=1フランスフラン)で交換された。
1999年1月:フランスがユーロ使用開始により1ユーロ(=6.55957フランスフラン)=655.957CFAフランで交換されている。
(画像はCFAフランのお札表の画像)
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