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新☆ザ☆シティより♪アイを込めて
アラフォー僅かの時期になって…猫も自分も音楽も、ハシから壊れてくみたいな・・正直、疲れちゃいました。猫とひっそり?暮らしましょ。

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世間?では「ひな祭り」の3月3日、新☆ザ☆シティのお隣?の練馬に、高橋監督がお見えになる
というコトで、行くっきゃない!で電話予約受付開始と同時に申込み、当日も1時間位前から並んで、
ダンナ☆も一緒に、参加しました。
ふるさと記念館・特別展 鉄腕アトム放送50周年記念 「アトムが飛んだ日」
関連講演会 「虫プロから始まったアニメ人生」 です。
 
やがて・・・入場受付の開始時間となり、、ウチらは、ソソクサと会場内へ。。
で、スタスタと奥へ進み、最前列・中央・監督のすぐ前、の席をゲット!
やれやれ〜、ま、早めに並んで良かったワ。
イメージ 1
  
監督の登場まで、しばし待ちの間・・特別展の図録にある、監督執筆のページを見て予習?をしたり。。
で、時間ピッタシ、駆け込む?ようにして監督ご登場!←拍手!
 
さて・・以下、講演の内容を、メモと記憶を元に、アイシャ♪流?にまとめて参ります。
終了後は、ダンナ☆と2人、「いやぁ、楽しかったなぁ」「うん、興味深いお話だったね」
そう言いながら、会場を後にしました。。
 
*館長挨拶→講師紹介→監督の挨拶
 
*話の切り出し・・自分にとっての鉄腕アトムは、別格的作品。
  (山で言うなら、丹沢にエベレストが来たようなもの。)
 
*監督が虫プロに入社したのは、アトム放映開始から1年経った、昭和39年。
  実は、「伊藤忠」に3年居たので、事務系で入社試験を受けたが、
  あっさり不合格。すでに退社してて仕事が無かったこともあり、再び
  「ノートの脇の絵」(←要は走り書き程度?)で、絵描きの試験を受けたら、
  合格!で、面接に行ったら・・
*舗装もしてないぬかるんだ道、向い側にはモー♪と牛の鳴く牧場が在り、
  およそ周囲の雰囲気とは合わない、モダンな白亜の?「不夜城」(←当時の評)
  それが、手塚先生の自宅+虫プロ・スタジオであった。。
*面接では、「君は、アニメを描く、という事が分ってんのか?!」と訊かれ、
  じゃ、演出でどうか?大学ではシナリオについて学んでたので・・
  という話になり、あっさり演出で入社。
*入社から、3日間は見てるだけ。4日目からは20日間、家に帰れず。。
 
*当時、長編が主流であったアニメーションだが、動きのコマ数を大幅に減らす
  という、当時の常識とは異なる方法で作る、毎週・30分の「テレビ・アニメ」
  という概念は、手塚先生が作り出した?と言えると思う。
  アトムの翌年には、週8本にまで増え、その概念が広まって行く。
*文字通り「不夜」の生活ではあったが、時代を作って行っているんだ、
  という手ごたえが有って、日々仕事をしていた。
*実際は1年間、演出進行という、各部門の橋渡し・調整・伝達の仕事であったが・・
 
*ジャングル大帝は、実は手塚先生・抜き、虫プロ・主要スタッフ達による作品。
 で、先生は自分の直属で、ワンダー3を作ることになり、高橋監督はそちらへ
 引っ張られて?演出自体の出発となる仕事(絵コンテ作成)を始める。
*しかし・・自分の力不足を認識。以後しばらく、演出の仕事から遠ざかる。。
  (同期は杉井さん・出崎さん。彼らは「絵」だけでも自分より遥かに上手い)
*ここでは演出の仕事は・・で、70年初頭に虫プロを退社。
  でも、普通の仕事へは自分は戻れない。。CMやら何やら、業界をフラフラと・・
  そして、或る劇団のヨーロッパ公演に同行する事となり、渡欧。
 
*欧州周遊から帰ってみると・・・昔の虫プロで一緒だった⇒虫プロの良い面・
  悪い面をよく承知してて、且つ、虫プロに責任を取らなくてよい、(会社の
  中間管理職?的な)人達が会社を起していた。 その1つがサンライズ。
*ちょうど2作目・ゼロテスターの監督が不在。 そこへ、欧州から戻った高橋監督が
  呼ばれた。 ちなみに、演出は、虫プロ時代からの富野さんと安彦さんが一緒で、
  サンダーバードが下敷きになった作品だそう。
*だが、追って、宇宙戦艦ヤマトが作られた事も影響?して、次の作品・ライディーン
  の監督を降りてしまった。。
 
*その後、東映の下請けでサンライズがやっていた、サイボーグ009の監督を
  していたが、またまた追って、富野監督のガンダムが大ヒット。
  (さすがに高橋監督も、心中複雑?)
*富野さんといえば・・実は、自分より年下だと思っていたが、7〜8年前?に年上
  と分かった。分ったら急に、富野さんの態度が(上から目線?的に)変わった!?
*ちなみに、東映は「作り手」を育てる所、虫プロは、ある程度育ってる人を
  「作り手」として遇する所、であったと言える。
 
*その、ガンダムの後を追って、サンライズで原作・監督してみないか?
  で、ダグラムの登場となる。
 
*まとめ・・手塚先生は、「あなたも作り手なんです」という形で、自分も遇してくれた。
  それだけに、未熟さに悩まされて大変な日々だったが、自分にとっては
  「学校」でもあった。
  そもそも、「テレビ・アニメ」という概念から、手塚先生がアニメ産業というものを
  興して下さったおかげで、今、この仕事がしていられると、自分は思っている。
 
以上。 質問コーナーは省略。 監督、お疲れ様でした&ありがとうございました!
 
イメージ 2
 
 で、何故か?ゼロテスター・OPのメロがずっと、頭の片すみでグルグルしてたアイシャ♪
グルグルを解消?すべく、ソッコー3日間・粗ケズリではありますが、何とか?まとめてみました。
これも、講演会・参加によるタマモノでしょうか・・・ 付けますので、よかったら聴いてみて下さい。
 

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    分割記事になってたのを1本にまとめて、UPし直しました。
    ボトムズ関連でいらした方の中には、以前のレポとブログ・タイトルが異なり、
    ??に思われる方も居られるかもしれませんが、
    当方、昨秋より住居移転に伴ない、ブログ・リニューアルをしております。
    「ボトムズあれこれ」の書庫は現・タイトルでも引き継いでますので、
    今後ともよろしくお願いします。

    [ アイシャ♪ ]

    2013/3/19(火) 午前 0:41

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