北永劫回帰線

かつて我々は精神であった。ところが、今や我々は欲望である。

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「誤報?」

         「誤報?」


 マスメディアが伝えた情報を頼りに前回の記事「視良(みよし)」

を載せましたが、亡くなられた武井さんの個人名「視良」は誤報

であると伝えるブログがありました。正しくは武井「実良」さん

だと伝えています。

http://fp.cocolog-nifty.com/se/2011/01/post-b661.html

もしそれが本当なら私の記事「視良」は全くのデタラメを掲載し

たことになってしまいます。こと名前に関しての記事であったの

で驚きました。しかし、NHKを始め大手マスメディアのほとん

どがこんな単純な間違いを犯すのだろうか?と未だ信じられませ

ん。ただ、もしも「実良」さんが本当の名前であったなら、亡く

なられたご本人やご親族、並びに関係者の方々に多大のご迷惑を

お掛けしたことになり、この場で深くお詫びいたします。

「誠に申し訳ありませんでした」

 さらに、1月17日の時事通信は武井さんが歩んでこられた人生

を紹介していましたのでここに転載します。この記事にも「武井

視良」さんの名前で載せていました。


「ブラインドテニス普及に尽力=20年前に考案、海外にも―転落、

死亡の武井さん」時事通信 1月17日(月)20時45分配信

『東京都豊島区のJR目白駅で16日、視覚障害者のマッサージ師武井

視良さん(42)がホームから転落し、電車にはねられて死亡した事

故で、知人らは17日、日本ブラインドテニス連盟の会長を務め、普

及に尽力した武井さんの死を悼んだ。

 知人や同連盟などによると、武井さんが視力を失ったのは1歳の時。

埼玉県立盲学校(現・特別支援学校塙保己一学園)の高等部に在学

中、「空中に浮いたボールを打ちたい」と考えて試行錯誤を重ね、

卒業後、弾んだ際に音がする球を開発した。それまで視覚障害者の

スポーツでは、ボールは地面を転がすのが一般的だった。

 1990年に第1回大会が開催され、現在の競技人口は約300人まで増

えた。武井さんは2020年のパラリンピックでの種目採用を目指し、

英国や韓国などでも講習会を実施。9月にはロシアでも開催する予

定だった。
 
同学園の荒井宏昌校長は「昨年4月に英国の障害者スポーツ担当者

が来日した際、本校で実演してもらった。技術がすごかった」と振

り返る。ブラインドテニスを通じて武井さんと知り合った同連盟の

松居綾子事務局長(49)は「不慮の事故で信じられない」と語り、

「遺志を受け継いで、良いプレーヤーを育てるのが義務。夢をかな

えて武井さんに報告したい」と力を込めた。』

最終更新:1月17日(月)20時45分

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110117-00000141-jij-soci                        

                         (おわり)

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