「透析はつらいよ」と、また松原のぶえさんが言ったから、反論したくなりました。生老病死、どうせ病気にかかって死ぬのなら、慢性腎不全がいいよと。涼しい部屋で昼寝できる…透析で「快適に」生きられるのだから
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仙台は北国だから、涼しいのでしょう? 今日のような情報社会で、こんな質問をする人は皆無だと思いますが、念のため答えておきましょう。「暑い!」。昨日19日の最高気温は33.7度でした。仙台よりもっと北のモスクワですら17日に過去最高の35度を記録、涼を求めた水死者が計110人に達するほどの猛暑が続いているそうです。地形的には北国の範疇に入らない仙台が涼しいはずがありません。
それでも私のような透析患者は救われます。日中の一番暑い時間帯に涼しい病室でたっぷり昼寝できるのですから。きのうも付き添いのあるお母さんがナースに語りかけていました、「ここが一番いいわねえ」と。週三回、私の場合は月水金ですが、猛暑の時期だけは「毎日でも病院通いがいい」という気分になっています。
きょう20日は火曜日、病室で涼む、というわけにはまいりません。熱いトタン屋根の下の部屋は猛烈な蒸し暑さです。耐えきれずに朝からエアコンをかけています。これで快適になったかと思いきや、さにあらず。エアコンのない台所やトイレに立つたびに熱風に包まれます。全館冷房のない一般住宅では、部屋ごとの温度差がかえって健康によくないのかもしれませんねえ。幸い? きょうは「暑苦しい」のがひとり、入院中の父親の見舞いに出かけたので、リビングにいるのは私ひとり。少しは涼しい、しかし喧嘩相手がいないのも少し寂しい。何をする気も起こらず、ただ漫然とテレビを見ていると……。
午後1時すぎ、TBS系のテレビに、わが“同病の友”、演歌歌手の松原のぶえさんが出て、インタビューに答えているではありませんか。透析を受けていた松原さんが弟から腎臓をひとつ分けてもらって移植、“復活”したという“物語”は昨年6月、民放が大々的にドキュメータリーとして放送しました。当ブログでも昨年6月6日と9日の2回取り上げました。今回はライバル局による焼き直しのようです。
きょうのインタビューによると、松原さんは術後の経過もよく、臓器移植法改正に伴なう移植キャンペーンなどにも参加したようです。一年ちょっととはいえ透析を受けなければ生きられなかった患者と見れば、彼女も“同病の友”。透析を脱して、元気に活躍する姿を拝見できたのはうれしい。しかし、透析に関しては一年前と同様「過酷な治療」という発言を繰り返しており、透析に頼るしかない患者の私はがっかりしました。「あなたたちは過酷な治療をいつまで受けるの?」と言われている気がして。
例によって民放の番組は、インタビュアーの無知と余分なセンチメンタリズム、過剰な音楽から成り立っていました。若い女性アナウンサーは、昨年のライバル局のドキュメンタリーを参考にしたのでしょうか、ハナから「大変でしたねえ」という予備知識のもとに質問していました。答える松原さんも昨年の番組から少しも違わない。「病院に来るのが、あと数日遅ければ死んでいたかもしれないと言われた」「私(松原さん)の場合は、末期で透析を5時間受けなければ、毒素が抜けないと言われた」「全身がこわばり、足がつることが何度もあった」「これでは仕事ができない。死んだ方がいいと思った」……放送を聞き流しただけですから、発言内容は正確ではないかもしれません。ただ、こうは言えます、今現在、透析を受けている人、これから透析を受けなければならない人々を勇気付けるものではなかった、と。
むろん、弟からの生体腎移植に成功して、元気で活躍されていることはご同慶のいたりです。健康な肉親らを傷つけることになる、生体腎移植を「どんどん進めてほしい」とは、私自身は思いませんが、若い患者には脳死移植法に基づく移植の機会を増やしてほしいとは思いますから、松原さんがキャンペーンに協力したのは立派です。
しかし現実には、脳死移植は進んでいません。今までの脳死臓器提供86例による移植件数は374件、うち腎臓は103件にすぎないのです(日本臓器移植ネットワーク調べ)。全国の透析患者29万人の多くを、松原さんの言う「過酷な」透析から救うなんてことは到底無理なのです。ならば「過酷」と言われる透析を、できるだけ「快適」に近づけてほしい、というのが多くの患者の願いではないでしょうか。
私は透析歴16年。透析が「つらい」「しんどい」「死にたい」などと思ったことは一度もない……そう書けば内情を知る家族、友人らから「嘘つけ」と言われそうですが、確かに弱音を吐いたことはあっても、そして透析時間が少し長く(私の場合は希望して6時間)「退屈だなあ」と感じたことはあっても、「死にたい」と思うほどのつらさは経験したことはない、と断言できます。
透析を始めたころは不安におののいたり、足がつったり、血圧が変動して眠り込んだり……そういうことは誰もが経験します。しかし、身体が透析に慣れてくると、透析導入直前の不健康さが劇的に改善されるのですから、多くの人が「生きていてよかった」と思うはずです。松原さんのような“一年生患者”に「透析は過酷だった」「死んだ方がよかった」と発言されたくはないですねえ。本音では「あなた、透析のイロハを勉強したのかい? 水分制限と食事療法などの自己管理をきちんとした上での発言かい? 有名人だからといって無責任な発言はしてほしくない」と言いたい気分なのです。
そして、私たち透析患者は移植が完璧ではないことを知っています。移植したものの、また透析に戻ってしまう患者を見聞きしています。透析に戻る時期が数年後か10数年後か、人それぞれにしても、いずれは透析に戻るかもしれないのですから、もうマイナス思考は捨てた方がいい、と思うのです。29万人も透析で苦しんでいると思うか、29万人も透析によって生かされていると思うか、では大違いです。
このブログは当初、「透析」もメインテーマにするはずでした。しかし、少し書き出してみると、透析については早々とネタが尽きてしまった。それだけ、透析は問題の少ない、ありきたりな医療になっているということです。遠藤周作さん、三遊亭円楽さんら透析を受けていた著名人は少なくないはずですが、私の知る限り、松原さんのようにおおっぴらに弱音を吐き、同情を買った人はいないでしょう。従って、ネタもすぐなくなったというわけです。
ネタ探し?にイタリア透析ツアーにも参加したほど、今や私は家族からも知人らからも同情されない患者に落ちぶれ?てしまった。隣近所の夫ドッコイ族の中では「自分がもっとも不幸な人間」と感じていたのに、ひとり、ふたり、若死にする方を見かけるようになってしまった。透析を受けてから20年生きる人はザラ、30年もよく見かけ、なかには40年生もいる。大多数の人が「つらい」治療なら、こんなにも長く生きられないでしょうに……。テレビはそこのところをきちんと調べた上で、松原さんを悲劇から復活したヒロインに仕立てようとしているのでしょうか。
私はどちらかというと「透析は快適だ」と書きたいクチです。しかし、そう書きすぎると、今はまだ手厚い助成措置にメスが入るようで怖いから、そうは書けません。今はひとつだけ書いておきましょう、年500万円以上かかる医療を、(私の場合で)月たったの5000円の自己負担で済む制度に、どうして文句を付けられましょう、と。たった月5000円で、いわばホームドクターにあらゆる相談ができ、薬がもらえるのです。他の病気の患者さんから「不公平だ」との声が上がっても不思議ではありませんよ、たぶん。
松原さんが有名人ゆえに大きな声で「透析はつらい」とおっしゃるから、私は小さな声で言いましょう、「透析は楽ちんですよ」と。第一、透析がそんなにつらく、しんどいものなら、猛暑の中、こんなくだらないブログを延々と書いてられますか? 質はともかく、量だけは現役記者の時よりもはるかに多いのですから。 |


>29万人も透析で苦しんでいると思うか、29万人も透析によって生かされていると思うか、では大違いです。
正しくそのとおりですね。移植、献腎であれ、修復腎であれ、
強く移植を推進する人達は、とにかく透析のことを悪く言います。
しかし、現実には、末期の臓器不全になって生きられるのは、
腎臓しかない〜透析は非常に成功した稀な例であることは
すっかり忘れられています。困ったものです。
末期腎不全患者の命を救っているのは透析です。
腎移植は生活の質を改善する治療と表現するのが妥当でしょう。
2010/7/20(火) 午後 9:40 [ 山羊 ]
透析暦16年の貴兄のご意見とは申せ不思議な事があります。
私のように経験した事の無いものにはもう一つよく判りません。
それは透析療法そのものには肉体的な苦痛を伴なう事は無いのでしょうか。絶体に・・・?
幾ら馴れてしまったとは云え、大変な療治を行なっている訳で、無知な人間の質問ですが透析とは未来永劫、縁の切れる事は出来ないものなのですか? 即ち完治と云う局面は訪れないのでしょうか。
「透析は楽ちんですよ」と結論つける貴兄の本音とも思えないのですけれど・・・・。
2010/7/20(火) 午後 9:46 [ katsutanaka65 ]
29万人掛ける500万円は1兆4千億円以上ですよ。皆様方の税金によって生かして頂いております。確かに異常のない方の体を傷付けるのは
申し訳ありませんが、医術の進歩により他人の腎臓でも移植できるようになりました。もちろん親族以外の移植は認められませんが夫婦間や義兄弟まで可能ですよね。200百万円以下の収入で生活しておられる方が25%と言われる今日、私達透析患者や家族も生体腎移植を真剣に考える時ではないかと思います。再び透析に戻ることがあっても。
2010/7/21(水) 午前 8:50
山羊さん、コメントありがとうございます。お医者さんの立場からのご意見をいただくと、素人は安心できます。「末期腎不全患者の命を救っているのは透析です」を、患者として 日々実感しています。
2010/7/21(水) 午後 7:58 [ aka*9m*h* ]
katsu…さん、「肉体的苦痛を伴なうことはないのか」とのご質問に「ない」と私は答えたいですね。
確かに注射ですら怖い、痛いと思う方には、透析もまた怖いでしょう。毎回2カ所刺されるのですから。それにはすぐなれます。どうしても痛い人には痛み止めのワッペンみたいなものがあります。それが終われば、あとはベッドで寝ているだけ。この間の痛みはほとんどありません。楽なもんです。
肉体的痛みより、精神的痛みの方が問題かもしれません。四時間、ベッドに縛り付けられる、とマイナスイメージで捉える人はつらいかもしれません。仕事を失う場合などは悩むでしょう。
私は映画を見ることで、その時間を楽しいものに替えました。テレビを見るもよし、昼寝するもよし、です。
透析がつらいという方は、自己管理ができていないケースがほとんどと思われます。なお私がここ数年入院したのは、透析のせいではありません。手術の治りが遅く、退院は遅れましたが。
移植しない限り、透析とは縁が切れません。死ぬまで続きます。だからこそ、前向きに生きたい、と私は思っています。
2010/7/21(水) 午後 8:12 [ aka*9m*h* ]
「チリチリヘッド」さん、コメントありがとうございます。確かに膨大な医療費を使わせていただいているのですから、透析患者は社会に感謝しなければなりません。
しかし、医療費を削減するためにも生体腎移植を考える時だ、とのご意見には全く賛成できません。
誤解なきように言いますが、私は松原さんの生体腎移植を批判しているわけではありませんよ。年齢や家族の状況によって、誰もが反対せず、強制もされずに合意ができるような、美しい家庭関係なら、生体腎移植を私は否定しません。
しかし、世の中はそれほど単純でしょうか。中には泣く泣く、あるいは金でいやいや、提供する家族も出てくるのではありませんか。腎臓がひとつだけになった家族が万一、健康を害したら、みんなが傷つきませんか。
2010/7/21(水) 午後 8:26 [ aka*9m*h* ]
もちろん後者の方々を対象にしている訳ではありません。献腎移植が進まない現在、そして医学の進んだ事により前者のような方々が多くなるようなれば良いと思うだけです。そのためにも現在の移植医療の進歩の啓蒙活動も大事な事だと思うのです。ただ自己負担がほとんどないと言う事も事実ですから、そのことも真剣に考えなければならないと思うのです。移植の後、生着しなかった場合、又透析に戻れるのですよね。今の医療はドナーの方に出来るだけ支障を与えない様レシピエントより細心の注意を払っているようです。
2010/7/23(金) 午前 10:03
チリチリヘッドさんの後段の意見にも賛成しかねます。「ドナーに出来るだけ支障のないよう細心の注意を払っている」のは事実でしょうが、腎臓ではなく生体肝移植ではドナーが亡くなったケースもありましたよね。
また健康な人が腎臓ひとつになった際のリスクはきちんと説明されているのでしょうか。万一、事故にあって腎臓がダメージを受けた時など、二つあれば健康を保てるのに、ひとつ故に透析に入る、ということも理論的にはありうるでしょう。
生体腎移植は、例えば親から子へ、といった例なら苦渋の選択として成り立つでしょうが、広く普及させるにはあまりにも問題が多いでしょう。
私は家族、きょうだいのの誰にも「ひとつ余っている腎臓をくれ」とは到底言えませんでした。
2010/7/23(金) 午後 5:14 [ aka*9m*h* ]
>チリチリヘッドさん
透析患者の総数に比べると、腎移植を希望している患者数は、
日本臓器移植ネットワークの献腎移植登録者の数から見る限り、
生体腎移植を受けた人を加えても、全体の一割にもなりません。
理由として「どうせ献腎移植は回って来ない」という諦めもあるでしょうが、
透析療法が傍から想像されるほど悪いものではないこともあると思います。
また、生体腎移植も、家族に腎臓を「供出」させた様な患者がいる一方、
家族に負担を与えたくないので、腎移植の話をして欲しくない患者もいます。
「透析患者=腎移植希望者」というほど、単純では無いと考えます。
そもそも生体腎移植は、健常な人にメスを入れるという点で、
よい医療とは思えませんし、それを国策で進めるなどありえません。
「社会にお世話になっている透析患者のいる家族は、ドナーになりなさい」
という風潮が、もし世の中に蔓延したら、透析患者の家族は、
誰かが腎臓を提供しないかぎり、非国民にされかねません。
透析医療にかかる費用を社会の損失にしないために現実的なのは、
透析の質を上げて患者を元気にし、社会
2010/7/24(土) 午前 1:16 [ 山羊 ]
あれれ? エラーメッセージ無しで、途中で切れました。失礼。
(つづき)社会での役割を果たしてもらうことです。
患者が働ける様になれば、税金も社会保険の費用も納められます。
働く立場に無い人でも元気になれば、外出するなど消費も増えます。
社会の「投資」に見合う「利益」というほど大きく無いにしても。
そもそも医療費は、患者自身が懐に入れるお金ではありません。
透析医療が生み出す雇用、メーカーの技術革新なども考えれば、
その費用は、社会に大いに貢献しているとみるこもできましょう。
2010/7/24(土) 午前 1:35 [ 山羊 ]
山羊さんの詳細なコメントを読めば、チリチリヘッドさんも納得してくれるかもしれませんね。「健常な人にメスを入れるのは、よい医療とは思えない。国策で進めることなどありえない」というくだりは、ドクターならではの説得力がありますから。
「患者も納税や消費などによって社会に貢献している」との一節には、多くの透析患者が勇気づけられることでしょう。
2010/7/24(土) 午後 2:06 [ aka*9m*h* ]
移植も透析も自由です。日本の透析医療は世界一でしょう。生存率は上がり30年、40年となりました。透析医療費は年に500億円づつ増加していく。当然国は個人負担の増を要求します。後期高齢者医療と同じです。とりあえず一割とし三割負担となることでしょう。透析患者が一級障害者に認定された事により、個人負担がなくなりいろんな助成が与えられました。
いろんな福祉に多くの税金が使われていますが、今の財政でいつまで続くでしょう。消費税を上げるならその前に公務員や議員の給料を下げろの声もあります。当事者が既得権の減に反対するのは我々障害者もその既得権の減に反対するのと同じです。
国策で移植を進めるとか、移植しなければ非国民だとか極論です。少子化問題でも財政の為に子を増やせと言っているのです。生まなければ非国民だと言う人がどこにいますか。
献腎が少ない日本で、生体移植を希望する家族に対し、健康な体にメスを入れるのは医療ではないと言うのは、断言出来る事ではありません。本人達がそれを希望しているのですから。医学の進歩によりドナーの範囲が広くなったけど、決して強要するものではありません。
2010/7/28(水) 午前 9:53
チリチリヘッドさんとは、基本的にはそう意見の違いはなさそうです。前段の部分など特に。私も個人的には将来の自己負担増は止む得ない、と思っていますから。
「非国民」云々の危惧は、戦前の日本を知っている人なら、理解できると思いますよ。「産まなければ非国民」は現実にありましたから。後段、「強要するものではない」はあなたの意見であって、「強要」の可能性があることまで否定はできないでしょう。
2010/7/28(水) 午後 5:29 [ aka*9m*h* ]
>チリチリヘッドさん
貴殿の最初の二つのコメントのご趣旨は、
「透析医療に公的なお金が多く使われている。少ない人の年収より多くの公金を
使う透析患者を減らすために生体腎移植をもっと啓蒙すべきだ。」でしょうか。
が、その文脈の中で、健常人にメスを入れることが軽く扱われていると感じました。
なぜ生体腎移植が「よい医療とは『思えない』」のか、その理由は
医学的には「腎臓は一個でよい」とは、断言できないからです。
ただし、実際に生体腎移植をするかどうかは、技術や薬剤の進歩はもちろん、
患者さんのご家族の状況、ご家族との関係、病気と向き合ってきた歴史などなど、
様々な要素が関係しますから、「医学」だけの問題ではないことは理解しています。
なお、私は生体腎移植を「医療」として、否定はしていません。よくお読み下さい。
それから「国策として進める」の意味するところは、
当然、法律を作ったり、厚労省令を出したりという状況を想定しています。
ちょっと風が吹けば一斉になびくのが、一般的な日本人ですから、
危険性を強く感じます。だから「非国民に『されかねない』」と懸念を
2010/7/29(木) 午後 4:53 [ 山羊 ]
つづき
ところで、貴殿は透析患者さんでしょうか? 恩恵を受けている立場なのに、
今後「一割負担、三割負担という時代が来たら大変だ」ではなく、
寧ろ負担が前提の様な方向に話が流れるのが解せません。
透析患者の年間医療費500万円。この金額に相当するだけの
税金や社会保険料を払うには、年収が2千万円でも足りないでしょう。
医療費の支払いだけを考えても、三割負担で150万円になります。
家のローンが無く、子供もいなければ、払える人もいるかもしれませんが、
大半の患者さんは、年余に渡って支払い続けられないでしょう。
つまり透析が健康保険に収載される以前の悲惨な状況が再現します。
家を売った、田畑を売った、それでも足りなくて透析に来なくなった……。
この歴史をまた繰り返さないためには、透析医療費が
無駄に使われているお金でないことをアピールすることです。
しっかり透析して元気な透析患者さんを多くする。
そして既存の制度を守る努力を、継続することです。
多くの人に全腎協へ加入していただき、金の切れ目が命の切れ目に
ならない様な活動を、支援していくことも必
2010/7/29(木) 午後 4:54 [ 山羊 ]
あれっ、また途中で切れていますね。
Yahooブログのコメントは、500字以上で警告がでますので、
一応470字くらいにして投稿しているのですけれども……。
上の最初のコメントの最後は
「懸念を表しました。」です。
二番目(つづき)の最後は
「必要でしょう。」です。
2010/7/29(木) 午後 4:58 [ 山羊 ]
恩恵を受けているから将来を危惧して言うのです。よその医療機関はどうか知れませんが、私のお世話になっている医院では、血液透析以外の事はほとんどの患者に言いません。他に透析施設がないためかも知れませんが、一旦透析を始めたら死ぬまで当医院で透析をするのだとの方針の様なのです。腎臓移植希望登録の話さえしません。情報のある人はいいのですが何も知らない患者さんが多数います。
私の移植の話は医院内では内緒です、個人情報保護のもとに。海外移植のニュースを聞いた方々が移植には多額の費用が掛かるものだと思っています。 最初から移植は多額の費用が掛かり親子、兄弟以外出来ないと思っているのです。
条件が整う人であれば移植は保険が利き、夫婦や義兄弟でも可能な事など情報を広めてもいいのではないかと思うのです。あまりにも透析にのみ固持しすぎの様な気がします。
中国のように死刑囚から半ば強制のように臓器移植するのは問題ですがね。
良い医療の良いが抜けたのは私のミスです。ごめんなさい。 一番良いのは透析も移植もせずに腎臓を回復させる医療ですね。予防できれば最高ですね、医療関係者のますますの研究を祈念するもので
2010/7/30(金) 午前 10:17
チリチリヘッドさん、そろそろコメントを返すことはやめようと思っていましたが、「何も知らない患者さんが多数います」という件に引っ掛かりを感じました。この情報化時代に「何も知らない」とは到底信じられません。余程の高齢者ならいざしらず、自分の病気のことを勉強する手段はいくらでもあるでしょう。ドクターが熱心に話さないというのであれば、他の理由があるのではありませんか。私自身、入院先の病院で、二人の生体腎移植患者と知り合いました。ドクターにも自分以外の患者からでも、いくらでも話は聴けるでしょう。「お任せ医療」が良くないのは、もう常識です。
あなたは移植を望んでおられる。成功を祈っています。
2010/7/30(金) 午後 4:46 [ aka*9m*h* ]
>チリチリヘッドさん
やっと全体像がわかりました。おめでとうございます。
まずは貴殿の生体腎移植の成功を、お祈りしたいと思います。
以下、一般論としてお読みください。
血液透析クリニック(透析医)が、積極的に腎移植の話をしない理由は、
必ずしも怠慢とか、血液透析で儲けたいからとか、ではないと思います。
腎移植の良さを積極的にアピールしても、献腎移植が少ない日本では、
その知識が「絵に描いた餅」になってしまう可能性が高いです。
献腎移植が広まらないのも、宣伝が足りないからと思われる方も多いでしょうが、
私は日本人の死生観や遺体に対する考え方が、もっと大きな障害だと考えます。
一方、生体腎移植も、家族構成によっては「絵に描いた餅」になりますし、
家族にドナー候補がいても、その人に強いプレッシャーになることもありえます。
ですから、腎移植を説明するパンフレットを配る程度はできるでしょうけれども、
患者さんに腎移植を「勧めること」は、現実問題として難しいでしょう。
なお、透析クリニックだけでなく、透析導入をする施設でも、事情は似た様なものです。
2010/7/31(土) 午後 0:00 [ 山羊 ]
>akaさん
今回、コメントの本意が気になったものがあり、
他の方のブログ上で、自分の意見を展開することは、
失礼になることもありうるのを承知の上で
少したくさん書かせていただきました。
話の流れによっては荒れる状況になるのではないかと、
たぶん、お考えになられたのでは……と思います。
ご心配をおかけしてすいませんでした。
2010/7/31(土) 午後 0:04 [ 山羊 ]
山羊さん、どうぞご心配なく。
「チリチリヘッド」さんのコメントは、私が初めて聞く立場からの意見でした。ドクターの立場からのコメントと対比すれば、大変参考になりました。
当ブログでこれほど盛り上がったのは久しぶりです。一ブロガーとしては、本音のコメントを読めて楽しかった、雑文ブログを書いた意味も少しはあったかと、喜んでいます。
2010/7/31(土) 午後 3:52 [ aka*9m*h* ]
僕は現在、26才の男です。
中学入学直前に腎臓を悪くし、中学校には3年間でたったの5日しか行けませんでした。
結局、14才から透析導入。高校にも行けませんでした。
僕は透析は非常につらいものだと思います。
ベッドで寝てるだけなのが楽チンなんてよく言えますね。相当腹がたちました。
友達と遊びに行っても水すら飲めませんでした。常にうがいだけでした。本当に透析が苦痛でした。
透析を16年していたと言いますが、何歳からの導入ですか??
僕は14才からです。14年しか自由に水分を取り、食事をとることは許されませんでした。
涼しい部屋で昼寝できるなんてよく言えますね。中学校には5日間、高校にも行けなかった僕には理解できません。
僕は『どうして学校に行けないんだろう??』と毎日思っていました。透析が憎くてしょうがなかったです。
今は移植して毎日が充実しています。水も毎日2リットル以上飲んでいます。本当に透析から脱する事ができてよかったです。
透析はどう考えてもつらいと思います。
2010/8/28(土) 午後 1:22 [ 隆太 ]
古いブログも読まれることがあるんですね。隆太さん、ありがとう。
「腹がたった」「透析が憎くてしかたがなかった」…もっともな意見です。私も現役時代は、そう思ったこともあります。自分の運命を呪ったこともあります。
私の場合は30代で近い将来の透析導入を宣告され、46歳からCAPDを導入、7年後に血液透析に移行しました。計16年です。家族がいましたから、責任は思い。仕事ができなくなったら…という不安は常につきまといました。定年退職後にやっと生活の不安から解消されたようなものです。
あえて「透析はつらくない」と書いてきたのは、どんな運命であれ、前向きに生きていきたいと考えているからです。「透析はつらい」と泣いてばかりいたら、未来は真っ暗じゃありませんか。私はそんな人生はまっぴらですです。
隆太さんは移植に恵まれて本当によかったですね。二度と透析に戻らないよう、腎臓を大切に使ってください。
私は16年の透析生活の中で、隆太さんのように幼少期に透析に入った患者を何人も見てきました。多くは移植の機会に恵まれず、今ももちろん透析を続けています。透析患者としては先輩格の彼らに励まされ続けました
2010/8/28(土) 午後 8:07 [ aka*9m*h* ]
隆太さんへ。続きです。
移植の機会が誰にも等しく与えられるなら、もちろん透析なんかせずに、手術を受けた方がいい。当たり前のことです。透析医療の欠陥、不自然さ、不具合などを言い出したら、キリがありません。しかし、現実には透析がなければ、私たち多くの患者は生きていけないのです。生きていけるだけで幸せなのです。透析を否定的に見るより、少しでも快適に受けられるような医療環境に、患者自身もつとめなければならない、と私は思っています。
どうぞ、透析に関するマイナスイメージを白紙に戻してください。隆太さんは、透析を受けたころ、素晴らしい医師やスタッフ、同病の友に恵まれなかったのではないですか。
2010/8/28(土) 午後 8:18 [ aka*9m*h* ]
yasuさん、コメントありがとうございます。親御さんの病気(原疾患)、年齢、体格などによって違う、と思います。透析に心身とも慣れてくると、それほどつらい医療じゃない、と思えてくる…といった程度に受け止めてください。
あえて「楽チン」と書いたのは、透析導入を宣告され絶望している方らを励ますためでした。
食事療法を守れない方、不摂生の方、その他の病気を抱えている方、精神的に不安を抱えている方らには、初めはつらいかもしれません。
しかし今の透析医療はかなり進歩していますので、医師、スタッフの助言、指導を守っている限り、必ずや好転します。
はじめから6時間透析をして(普通は4時間からスタート)毒素が抜けていない、とは少し解せませんが。食事療法は水分だけではない、とご存知ですよね。
2010/9/6(月) 午後 4:36 [ aka*9m*h* ]
私は先日、脳死ドナーからすい臓と腎臓の同時移植手術を受けてきました。
2011/7/14(木) 午前 1:19
はな兄さん、それはよかったですね。回復なさったら、ブログで体験を書いてください。期待して待っています。
2011/7/14(木) 午後 3:57 [ aka*9m*h* ]