京大や早稲田などの入試中、「ヤフー知恵袋」に「解答」を求めたとは、嘆かわしい? カンニング道は地に堕ちた?
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ワタクシ、「ヤフー知恵袋」のファンです。パソコンやデジカメで難渋したときなど、何度も助けられました。地方紙でコラムを書いていたときに、その存在を知っていたなら、どんなにラクだったことでしょう。
例えば、何かユニークな「事件」が起きたとします。気の利いたマクラ・起句に使えるエピソードが思いつかない。窮余の一策、「ヤフー知恵袋」に投稿してみたら、まもなく奇特な方が答えを教えてくれる……そんなうまい話がありそうじゃありませんか。
あるんです、例えばこんなふうに。「中国の科挙試験はどれだけ難しかったのでしょうか? 一生浪人をした人とかいますか? 教えてください」という質問が2008年4月に出され、今もネット上に流れているのです。便利になったものです。
「ベストアンサー」を要約すれば①いくら文書を丸暗記しても、最後の口答試験をクリアしないと終わり②試験勉強中の食い扶持が何とかなるような富裕層が自ずと合格するので、不公平といえば不公平③受験生の悲哀などを描いた「儒林外史」がある④井上靖の「敦煌」の主人公ももともと科挙不合格者⑤肌着にびっしりと文章を書き込んだ、カンニングペーパーならぬカンニングアンダーが、京都の藤井有隣館にある……。
これだけヒントをもらえれば、気の利いたコラムが書けそうです。さらにはネット上の百科事典「ウィキペディア」あたりにも、すぐ役に立つエピソードがありそうです。「科挙の時代、カンニングが発覚し、一家全員死刑になった者がいる」といったふうに。明日の各紙朝刊コラムにどれかひとつが「カンニング」されて登場するのかもしれません。博学多識の典型のような新聞コラムニストも、舞台裏をのぞくと、カンニングも辞さず悪戦苦闘している、ということです。いわんや受験生においてをや。
きょう27日付け朝日新聞一面に「京大入試中 ネットに問題投稿/『解答お願い』数学・英語」という記事が載っていました。英語と数学で自分には解けない問題が出た、そこで試験中にもかかわらず「ヤフー知恵袋」に「解答だけでなく途中計算もお願いします」と書き込みがされ、まもなく返答が寄せられた、という記事でした。その後の続報を読むと、同志社大や立教大、早稲田大でも同様の投稿があったそうです。
ケータイで投稿したのでしょうか。試験官が鵜の目鷹の目で見張っているでしょうに、どうやってキーを打ったのでしょうか。私のようなパソコン音痴にとっては、試験問題を写すだけでも一苦労、試験時間をそれだけでオーバーしそうに思えるのに、さすがネット世代の腕前は違う、と感心してしまいます。いや、こうした不正は本来、大真面目に糾弾しなければならないのでしょうが、私はどちらかというと無責任に笑いたがる方ですから、発覚したら即退場となりそうなリスクを省みずに決行した「おばかさん」の勇気?に感心してしまいます。
しかし、無責任に笑ってばかりもいられません。カンニングにも、「いい?カンニング」と、「ずるいカンニング」があるかもしれません。例えば、前述した科挙のカンニングアンダーの場合、襦袢にびっしりと文字を書かなければならない。これは意外に時間がかかるし、勉強にもなる。書き写しているうちに、少しは覚えるかもしれない。その努力を認め、まあ、「いいカンニング」と、区分するとしましょう。
今回のケースはどうでしょう、苦心惨憺した形跡がみられるでしょうか。ネットを熟知している若い世代なら、お茶の子さいさいで答えを得たのかもしれません。それなら、やはり「ずるいカンニング」。名門大学に入る資格はありません。
私の好きな落語家・柳家小三治に「柳家小三治トークショー① めりけん留学奮戦記」というCDがあります。「まくらの小三治」を象徴するような、長いマクラというか随談です。この中で小三治は高校時代のカンニングを開き直って自慢しています。
「私の学歴は予備校中退です。ただし英語の学歴は中学二年中退。当時、都立高校の入試に英語はありませんでした。私はもともと聡明ですから、中学3年のときに英語は捨てました。ほかの教科の勉強にあてて見事都立高校に合格しました。高校に入ると英語の授業がございます。一年間のブランクは大きい。私はあらためて英語を勉強することをせず、そのまま押し切ったのでごさいます。いまさら高校卒業の資格を取り返されても何にも困りません」と言って、披露したカンニングの数々は爆笑ものです。
――手のひらに書く、汗で流れるから失敗する。隣の人の答案を見せてもらう、それが複雑な間違い方をしていると大変なことになる。そんな偶然はないのだから。幅3センチ5ミリほどの紙テープに米粒ほどの文字で書く、パタパタ折れば表裏で相当の分量になる。見つかりそうになったらヤギじゃないけれど 飲み込む。しかし、これにはカンニング道として、ひとつ欠点がある。米粒文字を書かなければならないから、書き終わったころには全部覚えてしまう――。
いい?カンニングとは本来、このように面白くなければならない。後になって、笑えるものでなければならない。ネットでちょちょいのちょい、というのは、やはりきたない、というべきなんでしょう。
私はカンニングするほどの度胸がないものですから、大学入試で何度も失敗しました。二浪した挙句、関東の三流大学にやっとのこと、潜り込むことができました。一流大学に入れなくとも飯は食えました。実力がないなら、三流でもいいじゃないですか……というようなことを書いても、過酷な冬の時代を生きている今の受験生には通用しないのかもしれません。そこで今の学生さんたちに絶大な人気があるらしい、英文学者・外山滋比古さんのエピソードを。
きょうの朝日新聞読書欄に、外山さんの『失敗の効用』(みすず書房)が紹介されていました。本を買いもせず、作家・江上剛さんの書評を「カンニング」いや「孫引き」することを許していただき、結びとしましょう。
「表題の『失敗の効用』では、ご自身が入学試験を3度受けて2度落ち、ずっと恥ずかしい思いをしていたことを告白されている。しかし、この思いは時を経るにつれて変わってくるものらしく、『恥じることはない』と言い、『失敗の経験はのちのち思わぬ力になることに気づいた』『受かってよし、落ちるもまたよし――。そう考えれば、試験は恐れるに足りない』と励ましてくれる。受験生には心強い言葉ではないか」
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大学入試中問題ネット投稿の波紋
ある受験生の話。 「入試、どうだった?」 「調子悪かった」 「ケータイの?」 「ちがうー!」 ● 大学入試中問題ネット投稿 ● http://blogs.yahoo.co.jp/rekishi_chips/60836044.html...
2011/2/28(月) 午前 10:34 [ ☆★☆時事チップス☆★☆別刊・歴史チップス(最近報道版) ]
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ネット社会とは恐ろしいものですね。大学入試にまで取り込まれる等とは考えられない事でした。 それだけこちとら昔人間て事ですかねえ。
そういえば昨今の中東の民主化デモもきつかけはネットによるデモ呼びかけによるものだそうで最早ネットの前には少々の法律や国家の壁などは無いが如しの有様ですねえ。
2011/2/27(日) 午後 7:10 [ katsutanaka65 ]
ネット社会は、もう私たちの想像できないところまで進んでいるのかもしれませんね。
NHKニュースに出た専門家によると、今回のケースはケータイで打つのは難しい。外に協力者がいる。スマートフォンなどで問題を撮影して、協力者に送り、協力者がヤフー知恵袋に投稿したのではないか、とのことでした。たかが入試に、そこまでするもんでしょうか。協力者がいるとなると、足がつくのも早いでしょうに。
2011/2/27(日) 午後 7:51 [ aka*9m*h* ]
還暦若造さんの記事を読んでいたら、替え玉受験事件というのを思い出しました。
確か父親が娘の大学受験の替え玉となりました。この父親にあったかもしれない女装趣味がこういう発想を生んだに違いありません。これなどは「いい不正」ですかね。おかしいですから。
アレ、これは私の記憶違いですかね。それほど古い話です。
2011/2/27(日) 午後 9:43 [ チー吉 ]
私もヤフー知恵袋には何度も助けられました。
有名大学の受験をおちょくってるように見えます。
来年は息子の大学受験がひかえてます。
こんな失礼な輩は徹底的に糾弾してもらいたい!
2011/2/28(月) 午前 8:46
受験と云うもの、むかし、むかし、旧制中学校の入学試験に軍人が立ち会い、身体に障害のあるものは、端から受験の対象者から外されていた。当然何度受験しても、学問の場は与えて貰えなかった。
戦後通信制で高校を卒業。 機会均等の場を与えられた教育。
十分とは云えないまでも、学問がしたければ、方法があると解った。
しかし、インターネットで受験を済ます。隙だらけの日本をさらけて
またしたも、大恥をさらした。 知恵にも、回線が多くなりすぎて
教育は何たるかを、問い直す良い機会にして欲しい。知者とは?と
検索したら、何と書いてあるのだろう。アホらしくて見る気もない。
携帯は八百長の便利器具?。 スタートラインを書き直せないか。
などと、ぼやいても、どーにもなりまへん!。
2011/2/28(月) 午前 9:32 [ bfx**774 ]
受験にも、こんな手口があったのかと、正直驚きました。
短い時間に、人目を避けて、こんなことをやってのけるというのは、
かなりネットに精通している人ですよね。
それだけの技量?があるのなら、もっといいことに使ってほしいものを、若さなんでしょうか。
まっとうに勝負しようとするひたむきさがあってこそ、
受験の意味があるように思いますが。
こういう人は、将来「振りこめ詐欺」など、
ずるがしこいことを平気でするように思います。
わたしもときどきヤフーの知恵袋を見させていただきますが、
ネットは、もろ刃の剣ということをつくづく感じました。
失敗を学びにする精神があれば、挫折も怖くないし、
大きく成長できるのに、ほんとに残念〜。
2011/2/28(月) 午後 0:22
チー吉さん、「替え玉受験」もありましたね。父親が娘の代わりに、というのなら、確かに笑えます。その父娘はワイドショーがない時分でよかったですね。
2011/2/28(月) 午後 5:00 [ aka*9m*h* ]
norichanさん、受験を控えている方には笑えませんよね。
もちろん、徹底的に追及されて、いずれ全容が明らかになることでしょう。
この方法で合格するとはとても思えませんから、笑い話で終わるといいのですが。
2011/2/28(月) 午後 5:04 [ aka*9m*h* ]
imokoさん、私は会社員時代に「情報部」というところに名前だけ所属していたことがあります。昔は今よりパソコン音痴。若いバイト君の知識の豊富さに驚嘆したものです。
ネットに精通しているなら、勉強の仕方も学べばよかったのにね。ズルをするにしても、もっと愛嬌のあるやり方じゃないと…。
2011/2/28(月) 午後 5:09 [ aka*9m*h* ]
bfxさん、昔、障害者は受験すらできなかったんですか。
障害者の一人として、今の日本に生きられる幸せをかみしめたくなるエピソードです。
そういうお方から見れば、ネットカンニングなど到底許せないでしょう。カンニングは神代の昔からあるにしても、今度のケースは許せませんね。
2011/3/1(火) 午後 2:33 [ aka*9m*h* ]