病床軟弱

いつの間にやら還暦プラス4。地方紙在籍34年。透析歴18年。無職浪人歴6年。世に無駄話のタネは尽きまじ?

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庭の花が咲き出してブログ・ネタには困らなくなったけれど…書けない理由ができまして……サボる理由を見つけました。

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 時事について書きたくない時の定番、わが家の花散歩の一席です。ツツジが咲き出しました。一本の木から濃いピンクと白と、両方が微妙に入り混じった3種類の花が咲く、わが家で最も高価、それだけお気に入りの花木です。今は切り詰められて、小さくなりましたが……。
 
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 次はマクロレンズでかなり拡大しています。この妙なのは何でしょう?
 
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 私はその名を知りませんでした。雑草に見え、何度も引き抜こうとしました。名を聞いて、少し驚きました。ジュウニヒトエだそうです。「これが十二単?」 そんな優雅さを感じられますか? もう少し咲き揃わないと、華々しい重ね着を連想するのは難しいのかもしれません。
 
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 最近、わが庭に仲間入りしたマリーゴールドにチョウが止まっていました。蝶の舌で甘い蜜を吸っているのでしょうか。
 
 映画「蝶の舌」(1999年スペイン)を思い出します。
 
 ――学校嫌いだった少年が素晴らしい先生に巡りあえ、自然の素晴らしさに目覚める。蝶がどうやって蜜を吸っているか、などを。しかし、先生は共和派だったため、ファシスト政権によって逮捕されてしまう。真実を何も知らないまま先生らを批判する民衆。少年もまた無知な大人たちから唱和するよう強制され、懸命に言葉を投げつけるのだった、「蝶の舌!」と。少年の先生に対する精いっぱいの励ましであり、無知な群衆への抗議だった――。
 
 恥ずかしながら、蝶の舌がゼンマイ状にくるくる丸くなっていることを知ったのは、この映画を見てからです。こと自然に関する限り、私は優れた師に恵まれませんでした。いつか、美しいチョウたちの写真も撮ってみたい、と思うものの、昆虫はレンズを向けると、すぐ逃げてしまいます。それを撮るには望遠マクロという、高価なレンズが必要。それは財政上できません。昆虫や鳥を狙うマニアックな写真は私には無理。やはり、近寄っても逃げない花と遊ぶのが分相応のようで……。
 
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 女房殿は一時期、クレマチスに熱狂していました。この季節、数種類のクレマチスが咲きます。品種名はもう忘れたようです。私はそれほど熱狂しませんが、花木のようには広いスペースを必要としないところなど、日本人の感性に合うのかもしれません。
 
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 こちらも蔓性。ツルニチニチソウというそうです。庭担当に飽きられたらしく、次第に庭の隅に追いやられ、ひっそりと咲いていました。
 
 
 
 
 以下私事です。
 
 きょう眼科を受診してきました。19日土曜日に左目の白内障手術を受けます。白濁した、小さな目ん玉をどうやってえぐり出すのか……素人には理解できない故に恐ろしげな手術、と思わないでもなかったのですが、担当医やナースの説明を聞いて、少し安堵しました。
 
 それによると、白内障手術は今や年間「百万眼」(右左両方手術する人がいるので百万人とは言えない)。点眼麻酔によって「100%痛みを取る」そうです。寅さんのようなちっちゃな目玉でも、顕微鏡下で見れば「スイカ」ほどの大きさに見えるとか。ならば、メスをいれるのもそう難しくないのでしょう。「15分から20分で終わる」という話もうなずけます。
 
 担当医は18日に5人、私が受ける19日に3人、20分感覚で片付けるそうですから、「まな板」ならぬ「ベルトコンベア―の鯛」の心境になるのかもしれません。
 
 私の場合、左目を片付けた後、「近々に右目も手術したほうがよい」との診断を受けました。左目が安定したら、すぐにでも右目も手術を受けることになりそうです。両目とも手術が必要なほど、物事を霞のかかった状態で見ていたのでしょうか、これまで。無職浪人、年金生活に突入して以来、道理で真理を見通せなくなっていたわけです。
 
 運良く、いい目に恵まれた暁には、もう少しマシなブログを書きたいものです。
 
 それまで、皆さん、御機嫌よう。
 
 
 
 

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色とりどりの花が咲き出して、雑文を書く気が薄れた今日この頃

 きょうも体調、芳しからず。鬼嫁の目が怖いので、庭の花写真だけで切り上げます。
 
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 わが家のスズランです。ちっぽけな花がマクロレンズを通すと、神秘的な小動物のお家に見えてきます。カメラに興味のないころは、あまりに増えすぎて「抜いてしまえ」と言っていたものですが……。
 
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 これは何の花でしょう? なかなか魅力的な青です。植えた者がその名を忘れたそうです。
 
 その後、球根の入った袋を庭の片隅で発見しました。「アネモネ」でした。ポピュラーな名前でしょう? それをもったいぶって「何の花?」と書いてしまうほど、私はまだまだ勉強不足でした。
 
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 女房殿が最近買ったばかりのナデシコです。「ライオンロック」という西洋風の名前が付いていました。日本の楚々としたカワラナデシコの方が、私は好きですが。
 
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 こちらはラナンキュラスとかいう、キンポウゲ科の花です。薄い紙のような花びらが幾重にも重なっています。
 
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 ミヤコワスレも咲き出しました。そういえば東京にも京都にもしばらく行っていないなあ。「都忘れ」が逆に「都」を思い出させてくれます。透析中に加えて、胆石や白内障などに悩まされてきた日々。体調が落ち着くまで、旅はしばらくお預けです。

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ボタンの花咲く頃。思い出すのは芸者「ぼたん」と名画「牡丹」。

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 しばらく前まで、庭に花の咲く気配すら見えなかったような気がするのに、花というもの不思議ですねえ、暖かくなるにつれ、何もなかったはずの地面から葉や茎を伸ばし、今や毎朝、新しい花を見つけることができます。きょう12日はボタンの開花に気づきました。
 
 ご覧ください、この大ぶりの花を。わが家のちっぽけな庭で最も大きく、最も華麗な花と言っていいでしょう。か細い枝葉から、何故こんなにも派手な花を咲かせる必要があるのか、不思議でなりません。風雨に打たれれば、己の重みに耐えかねて倒れかねない、というのに。それでも、こういう「身の程知らず」なら、嫌いではありません。ずっと前から私のケータイの待ち受け画面は、このボタンでした。
 
 華麗過ぎるボタンをなぜ好むのか……というと、映画「男はつらいよ」シリーズの中で、私が一番心打たれる第17作目「寅次郎夕焼け小焼け」のヒロイン・太地喜和子の役名が「ぼたん」だからかもしれません。
 
 ――明るく陽気で美しい芸者・ぼたん、実はあくどい男にだまされて貸した大金を返してもらえず悩んでいた。その窮状を知った寅は助っ人に名乗り上げるが、当然何の手助けにもならない。万策尽きた寅は、ひょんな事で知り合った日本画壇の重鎮に「かわいそうなぼたんを、ちょろちょろと絵を描いて助けてやってくれ」と頼む。画家はむろん断るのだが、「芸術は何のためにあるのだ。困った人を助けるためなのではないか」という、寅独特の熱意と説得にほだされ、ぼたんのために「ボタン」の絵を描くのだった――。
 
 私の中では、若くして亡くなった太地喜和子の「ぼたん」と、宇野重吉演ずる重鎮の「牡丹」と、わが家の「ボタン」が重なっているのです。こんなことを書いていると、また「夕焼け小焼け」が見たくなりました。重鎮の描いた「牡丹」はさて、どんな色彩だったけ、と調べようとして気づきました。数年前にNHKBSで放送された「男はつらいよ」シリーズを、私はすべて録画して所持しているのですが、あいにく友人に貸したばかり。手元になかったのです。映画の「牡丹」は、もっと赤が強く描かれていたような気がするのですが、さて……。
 
 
 
 お話変わって、私事を……。少々悪趣味ですので、美しいボタンの思い出だけを留めておきたい方は、以降読まれないことをお勧めします。
 
 この一週間、体調不良が続いています。……と言っても大したことはなく、お腹が落ち着かなくて困っているだけの話です。トイレに行くこと1日6〜7回。薬の効き目がなかなか現れません。
 
 私は以前から「透析なんかへっちゃら。こんな楽な医療はほかにない。『透析の4時間は長過ぎる』などと嘆く人の気がしれない」などと書いてきて、本当につらい症状に悩んでいる患者さんらからひんしゅくを買ってきました。確かに楽なのは五体満足な時だけ。発熱していたり、お腹の調子が悪いときなど、さすがにつらいときもあります。
 
 私の透析は6時間。その間、ガスが溜まったり、トイレに行きたくなったときに、さてどうするか? 
 
 透析を中止してトイレに行くためには、ベッドに縛り付けられている状態を一時解除してもらわなければなりません。つまり、血液が循環している動脈側血液回路と静脈側血液回路をダイヤライザー(人工腎臓)から外し、つなぎ直してもらうのです。これを頼むのが、ヒジョーに格好悪い。かわいいナースたちに、トイレを我慢出来ない軟弱者と知られるのが嫌なのです。
 
 かくてギリギリまで我慢します。我慢しすぎて、万一間に合わなかったら……「もう2度とこの透析医院には通えない」などと思ったりするのですから、さっさと手を挙げればいいものを、根が「えふりこぎのごんぼほり」(津軽弁です。意味は省略。語感で推測してください)ですから、我慢しすぎて冷や汗をかくことになるのです。
 
 今はいるのかどうか、授業中にトイレに行きたくなったけれども、恥ずかしくて言い出せない小学生と同じ心境です。同級生というか同病の友というか、彼らに「あいつ、また◯◯かよ」と思われそうなのが、嫌でたまりません。こうなると、透析中の最大の楽しみ・映画鑑賞も上の空、中味はひとつもわからないまま、時間だけが過ぎていく……いや、早く透析終了時間が来てくれえ、と叫びたくなる心境にもなります。幸い、今まで一度足りとも失敗をしたことはありません、しかし老いは容赦無く襲ってきます。いつなんどき、不始末を演ずることになるのやら……老透析患者はやはり「つらいよ」でしょうか。
 
 
 誤解なきように付け加えておきますが、以上は笑っていただくためにあえて告白したんですよ。くれぐれも深刻にとったり、ご心配なきように願います。
 
 万一、私が耐え切れずに粗相をしたとしても、前向きに考えることにしています。患者が粗相をしたときこそ、ナースらの人間性がわかるとき。透析が一生続く医療なら、ナースらとも一生付き合わなければなりません。いわば擬似家族。彼らが一生を託するに値する人々かどうか、そのとき分かる、というならば、ギリギリの我慢もまた楽しからずや、ではないでしょうかねえ。いや、苦しい透析3日間ではありました。
 
 
 
 こんな私事をさらけ出して、ばかですねえ。時々、こういう下品話を書きたくなるのが、私の悪癖です。おわびに、きれいな花をアップしときましょう。
 
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 ボタンの隣りにあるクレマチスです。東京より約1週間ほど遅れて、咲き出しました。
 
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マイヅルソウが花開き…。

 庭の草花にほとんど興味がなく、従って花壇づくりは手伝わず、そのくせ、開いた花を見ては「趣味が悪い」などとほざき……1年前まで、こと庭いじりに関してはグータラ亭主でした。
 
 カメラを趣味にしだした1年前からでしょうか、庭の草花を撮ることが好きになりました。要は子どもも孫もいない夫婦ですから、人間のいい被写体が周囲にいない、仕方なく花を写しているうちに、マクロレンズまで欲しくなるほど花写真にはまってしまっただけのことですが……。
 
 今年も一年ぶりに再会しました。この花々に。
 
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 マイヅルソウです。小さな花をクローズアップすると、どこか愛嬌のあるいたずらっ子のように見えませんか。
 
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 マクロレンズはピント合わせが難しく、ピンぼけですが、それでもピントが次第に合ってきて、いたずらっ子が顔をのぞかせた瞬間をとらえることができたときは、うれしい。大げさに言えば、肉眼では見えないミクロの世界を知った喜び、ささやかな幸福を感じます。きっと、カメラ好きな爺さんがかわいい孫の、光り輝く一瞬をとらえることのできた喜びと同じような気がします。
 
 私はマイヅルソウ(舞鶴草)の名の由来を、てっきりこのユニークな花によるものだと思っていました。私にはいたずらっ子に見える形が、古人には舞鶴に見えるのか、と不思議に思いながら。
 
 間違いでした。あらためてネットで調べると、「葉の模様が舞う鶴のように見える」からだそうです。
 
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 そう言われれば、舞鶴に見えなくもない?
 
 
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 こちらはエビネ。熱狂的なファンの多い山野草のひとつですが、若いころはこの地味な花のどこがいいのか、分かりませんでした。今だって、わかっちゃいません。わびさびは、金持ちや貴族たちの「貧乏人ごっこ」と思うタチですから、「地味」を「美」と見る感性は私にはないのかもしれません。ただ、レンズを通すと、なんとなく美しく思えてしまうのです。わが肉眼はあてになりません。
 
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 今週から眼科通いが始まります。来週は懸案の白内障手術が控えています。真実を見るにはあてにならない目ん玉なら、ぐりぐりえぐり取られたって仕方ない。人工物のレンズでどれだけ見通せるようになるものか、恐怖心を押し殺して、楽しみに待つことにしています。

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懐かしさと幸福感に満ちていたはずの港町・気仙沼を「こどもの日」に訪ねた=その2

 
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 打ち上げられた大型船を離れ、さらに気仙沼の海岸部を走っていると、当然のごとく、凄まじい光景の連続に出合いました。
 
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 わずかに原型を保っているのは鉄筋コンクリート造りの頑丈なビルばかり。この地域にあった木造民家や水産加工場などはあっけなく流されたのでしょう。家々が為す術もなく、津波に弄ばれるように流れていく映像が脳裏に浮かんでは消えていきます。
 
 車の走っている道路をご覧ください。ここは間違いなく海岸部のメインストリートでした。私は過去、気仙沼を2、3度しか訪れたことがありませんが、大都会ほどの複雑な道ではなかったはずです。道に迷うはずがありません。
 
 しかし、もはや何も目安となるものがなくなった今は、どこをどう走っているのか、全くわからなくなりました。帰途への道が見つからない。
 
 ナビを見て、愕然としました。ナビは、今は海と化してしまった道の方向へ「左折しろ」などと指示しているのです。私の7年前のナビは、もう走れるはずのない道を、まだ無傷と錯覚しているかのようだったのです。

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