「冠動脈バイパス手術」について心配する人は今やいないだろうけれど…
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土曜の朝は「みのもんたのサタデーずばッと」とかいう番組を見るのが、いつの間にか、わが家の定番になっています。年金問題に関心のあるスタッフがいるのでしょうか、ゲストの政治家たちがタジタジになるかのような切れ味の鋭さもチラリ。起きようか、もっと寝ていようか、寝床でグズグズしながら、みのさんの堂に入った進行を楽しんできました。
きょうは期待はずれでした。延々あの方の手術のことばっかり。昔だったら不敬罪に問われたりするかも知れませんから本音では書けませんが、このところのテレビは連日、この話題で持ちきりでしょう? テレビがそんなに騒ぐことかしらんと、私なんかは思ってしまうのです。おかしいですか? 非国民でしょうかねえ?
思えば、私が子どもだったころはもっとおおらかだったような気がするのです。その職名?だけで十分尊称なのですから、あらためて「陛下」なんて付け足すことはなかったような気がするし、庶民レベルでは、もっと愛嬌と仲間意識に満ちたあだ名で、皇室の方々を呼んでいたように覚えています。そういう庶民性がマスメディアから一掃されたような気がして、どうも居心地が悪くてしょうがありません。あの方たちに関する限り、もう批判も皮肉も言えないような雰囲気が高まりつつあるのでは、と少々心配になります。
それに対してイギリスはいいですねえ。ダイアナさんが事故死した際の英王室の無関心、周章狼狽、国民の反発などを、手心加えず描いた映画「クィーン」(2006年)などを見ていると、あちらの国の方がずっとまともに見えて仕方ありません。どんなに偉い方にも、少しは欠点があるでしょう? 英国民はダイアナさんの悲劇的な事故死に無関心を通そうとした英王室を批判し、しかし、今は在位60年を迎えた女王に親しみを感じているそうですから。
翻ってこちら日本。今回は病気、手術の話ですから、快癒を願うのは当然としても、及び腰過ぎる上に、過剰な報道を見ていると、違和感を抱いてしまうのです。
今回の手術は「国内で年間約1万4千人が受ける一般的な治療法」だそうです(18日付け朝日新聞34面)。心臓にメスを入れることを致命的だと思う旧世代にとってはハラハラドキドキの医療かもしれませんが、周りを見渡すと心臓近くの血管にステントを入れたなんて人はぞろぞろ、心臓手術だからといって、もはや驚くようなものではないのでしょう。ならば、テレビだってそう騒ぐ必要もないし、心配しているようなそぶりをしなくともいいようなものです。
テレビだけじゃありません。きょうの地元紙・河北新報の一面コラムは「上京はかなわなくても、遠く被災地から一日も早い回復を願い、心の中で記帳をする人も多いだろう」と書いています。これが今の時代の皇室関連記事の模範解答なのかもしれません。皮肉屋の私は、そこに少々のうそを感じます。それとも、今の若い世代は、巷間言われているように保守的になっているのでしょうかねえ。
かく言う私も、地方紙でコラムを書いていたころ、皇室関係の行事に付き合わなければならない時は、いささか苦痛だったことを白状しなければなりません。どちらかといえば、革新的な主張に憧れて青春を送ったクチです。あの方たちに特段の敬意を払ってきたわけではありません。戦前なら非国民といわれかねないことも、仲間内では話したかもしれません。それが一転、さも皇国の民のような、過剰な敬語に満ちた一文を書くのですから……。しがないサラリーマン記者は本音ではなかなか書けません。今のテレビ局にも、そんな空気が蔓延していないことを願わざるを得ません。
こんなことを書くと、誤解を招くかもしれませんねえ。非難のコメントはどうぞお手柔らかに願います。昔で言えば非国民的発言だとしても、身分、立場に関係なく、あらゆる病者の快癒を願う気持ちは、私だって持っていますから……。
手術は問題なく成功し、あの方も以前よりはるかに元気になると、予想できますから、少々不謹慎ではありますが、余談を付け加えておきましょう。
私が今回の件で、もっとも痛快に思えたのは、「執刀医は3年浪人して日大医学部に入った“雑草派”」という日刊スポーツの記事でした。雑草がいつの間にか世界一の権威者となって、天下の東大医学部の医師団から招かれた……2郎もして三流大学にしか入れなかった私には、人ごととは思えぬ痛快事でした。
きょうの写真は、庭の寄せ植えから。 |

