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その出来事は、僕がこの村に来て二度目の夏に起こった。
いつも通り日が昇る前に目覚め、日課となった狩りをしに山へ行ったのだが、いつもと山の様子が違っていた。
山に棲む動物達の姿が見えず、何かに怯えて身を潜めている様子。
僕に気付かれたかと思案したが、そうではなく、山の奥から近づいて来る獰猛な気配に怯えているようだった。
怒りに満ちた気配・・・・それも一つではなく、多数の同じ気配が感じ取れる。
まるで山全体が怒りに震えているような・・・・それ程の数だ。
直感的に僕も息を殺し、草むらに身を潜めた。
やがて、山の木々を渡り向かってくる影が見えた。人と同じような姿をしているが背の丈は低く、毛が全身を覆っている。
猿だ!!
おびただしい数の猿たちは、怯える動物たちには目もくれず、別の何処かを目指しているようだった。
その向かう方向を顧みて、猿たちの目的地が分かった。僕の棲む村だ!!
しかし、山に棲む猿たちが何故、人里に向かうのだろうか?まさか襲う気ではなかろうか。
人には、道具を使う知恵や火という不思議な力などあるが、この数に襲われては一溜りもなかろう。
お世話になったお爺さんやお婆さんの顔が脳裏に浮かぶ。僕は決意を固めた。
何としてでも、それだけは避けねば。此処で僕が止めねばならない。いつか兄が僕を守ってくれたように・・・。
神経を集中させて覇気を張り漲らせる。体中の毛が逆立っていく。体制が整い、勢いよく草むらから飛び出すと有りっ丈の声を振り絞って雄叫びをあげた。
「ワオォォォォォォン」
猿たちの足が止まり、幾つもの視線が僕に降り注がれる。
僕は、間髪入れずに叫ぶ。
「我は、この先にある人里に棲む物である。この群れの長にお会いしたい!!」
木々の上から凄まじい数の殺気を浴びるが、ここで動じては意味がない。僕も負けんばかりの殺気を周囲に発する。向かってくるのであれば死を覚悟せよと・・・。
やがて、周りを囲む猿たちとは違う、殺気ではなく覇気に満ちた一匹の猿が近づいてきた。
「わしがこの群れの長だ。なんの用で呼び止めた。」
体中が傷だらけで、いくつもの死闘の末、この群れを仕切っているのが見て分かる。
だが、風貌に臆しては負ける。声により力を込め、先を続ける。
「この様な多数の群れで何処へ向かっている?」
猿の長は、不敵な笑みを浮かべて問いに答える。
「お犬様のおめぇには、関係ないことだろうが、この先の人里を襲うのさ。」
「如何様にして、人里などを襲う?元は別の山に棲む物だと存じるが。」
「はっはっはっ!おめぇ、この山の向こうが今どんな状況か知らないと見えるな。」
状況?人々の戦が始まったとも聞かぬし、何があったというのだ。
「恥を忍んで聞くが、この山の向こうで一体何が起こったのだ?」
猿の長は何か思い出したのか、怒りを全身に漲らせ荒い声で言う。
「起こったも何も、新手の獣が行き成りやってきて、やりたい放題さ。わしらも縄張りを失って命からがら山を越えて来たのさ。」
「山の向こうにも人里があるのでは?」
「向こう側の人里はもぬけの殻だ。食い物どころか人すら居ねぇよ。」
「何故にして、そのような状況に?先ほど述べた新手の獣とやらのせいか?」
「その通りだ。奴ら、人だろうが獣だろうが見さかえなく攫っていきやがった。お陰でわしの仲間も随分失った。あれは獣でも人でもねぇかもな。」
その生き物とは一体、何なのだろう・・・。思案している僕に猿の長が吼える。
「もういいだろ?こっちは時間がねぇんだ!仲間も死線を潜り抜けて来たばかりだし、腹も減って殺気だってんだ!もうあれこれ考えてる暇なんてねぇんだよ!!」
確かに、話している最中もずっと、殺気が増していくのが感じ取れた。
どうしても避けて通れないらしい・・・。僕は、もう一度覇気を漲らせて叫んだ。
「ならば、この群れの長であるあなたと一対一の対決を申し出たい。もし、我が勝ったなら人里を襲うのを中止して頂きたい。もし、あなたが勝ったならば里にある食料の場所を教えよう。如何かな?」
「はっはっはっ!面白い!!人里で飼われる甘い御犬様が、このわしに挑むというか!!食料を探す手間も省けるとあれば受けて立とう。時間がない、殺す気で行くぞ。主の名前は?」
「仁と申す。」
「わしは豪だ!死ぬ気でかかって来いよ!!」
狩りとは違う初めての死闘に僕は震えていた。
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