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軽井沢中仙道の外れ、信濃追分宿を通りかかります。ついつい通り過ぎることが多いのですが、ちょっと時間を取って散策してみました。
追分での旧跡としては、分去れ(わかされ)が最も有名であると共に通りかかりでも目に付くところです。信濃の側から来ると、望楼が目立ちます。分去れのY路には旧跡が一杯見られます。
文字通り、中仙道と北国街道の分岐点を示す道標です。「従是中山道 東二世安楽追分町 従是北国海道 干時延宝七己未(1679年)三月日」とあります。道しるべの石碑には、「さらしなは右、みよしのハ左にて、月と花とを追分の宿」とあり、現在の案内板には次のように掲げられています。
分去れの道標
中山道と北国街道分岐点に位置する「分去れ」は、今も賑わったありし日の面影をとどめている。
右は北国街道姨捨山の「田毎の月」で知られる更科へ。左は中山道で京都へ、そこから桜の名所奈良吉野山へ向かうという意味である。
いずれの道を行くかここで問われます。どちらにも魅力があり、旅人は後髪を引かれる思いで決めたのでしょう。
立派な常夜灯がデーンと場所を占めています。その前に道標と森羅亭万象の歌碑があります。「世の中はありのままにぞ霰ふる かしましとだに心とめねば」とあり、寛政元(1789)年建立だそうです。森羅亭万象とは平賀源内の別名という説と、平賀源内の弟子との説があるようです。
奥の方に、子を抱く石坐像がありますが、一名マリア地蔵とも言われ、隠れキリシタンがマリアに擬して建立したとの説があるそうです。その他、馬頭観音像もあります。峠の難所で犠牲になった馬も多かったのでしょう。
追分宿入り口に当たるここには、街道警備の備えがあったそうですが、その名残りが残っているとの案内がありました。
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