








小諸から佐久市の塚原に入ったすぐのところに信濃五山の定額寺「名覚山妙楽寺」があります。八日、ここで大護摩修法の「八日講」が行なわれました。児童の健全育成を目して、土地の小学生・幼稚園児100人ほどが主客に行なわれています。まず、児童たちは鐘楼で鐘を突き、寺庭で餅つきを経験します。そのかわいらしいこと。その後本堂で、薬師如来を本尊に蘇民将来を祈願する法要が行なわれます。五穀豊穣などを祈願するもので、千年以上今日まで続いているという伝統ある行事ですが、若い魂が関わることは次世代に継がれて行くことでしょう。この法要は「種まき法要」とも言われ、名覚山が記された「牛王札」に僧師によって籾種が蒔かれ、「蘇民将来護符」と共に頒布されます。40分ぐらいの法要ですが、子供達は足のしびれに耐え、静かに参列していたのに感心しました。さすがに終わったあとはうんざりの様相でしたが、堂外の引き締まる寒気に触れると心新たにされた気持になれそうです。それもそのはず、周辺は田畑が広がり、遠くの蓼科連峰や美ヶ原、北ア連峰、浅間連峰がぐるりと回りに見えます。以下、妙楽寺のリーフレットより。
「妙楽寺の歴史」
名覚山妙楽寺は貞観八年二月二日戊申、「信濃国伊那郡寂光寺、筑摩郡錦織寺、更級郡安養寺、埴科郡屋代寺、佐久郡妙楽寺を以て、並びにこれを定額に預からしむ」と、菅原道実の記した日本国史三代実録に銘記されています。
「八日講」
薬師如来を本尊に、「四海平和、鎮護国家、万民豊楽、平等利益」を主願に、大護摩修法を加持します。特に五穀の代表である籾種を加持して牛頭天王のお札(牛王札)を鏡椽に広げ(並べる)、「蘇民将来」の小札をその上に配り、更に大護摩で加持した籾種を蒔いて五穀豊穣を祈念します。これを通称「種蒔き法要」といいます。
「蘇民将来の縁起」
薬師如来の垂迩(使者)である牛頭天王が、旅の途中一宿を蘇民巨旦に申し入れたところ、非情な巨旦は、富豪で沢山財産を持ちながら惜しんで貸さず、蘇民将来は貧家で粟がらを敷物に生活して居ながらも快く粟飯をもって一夜を貸してくれました。
旅終わって帰った牛頭天王は、この貧富の両者のことを薬師如来に告げたところ、「世間は富豪で金材多くも貪欲で心の貧しい者も居れば、財力は無くとも慈悲深く人情の厚い人も居る。」と申されて、この慈悲深い蘇民将来に福が授かるように、薬師の眷属こぞって祈願してあげようと、云うことで懇ろに祈願を修したところ、疫病災禍も無く、富豪の巨旦よりも財を成したと云う縁起によります。
薬師如来を本尊に、その眷属が蘇民将来のために祈願法要を修し、財を成したことに肖かりたし云うことで、現世の者が一月八日、薬師如来の縁日にその法要を修法しています。
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