信州小諸通信

一言メッセージ :定年後の田舎暮らしから気晴らしの気まぐれ通信。姉妹ブログ「信州小諸論壇」

  • お気に入りブログに登録

無題

[ リスト ]

望月昭和百番観音

オリジナルのサイズの画像を見る場合はクリックしてください。

オリジナルのサイズの画像を見る場合はクリックしてください。

オリジナルのサイズの画像を見る場合はクリックしてください。

オリジナルのサイズの画像を見る場合はクリックしてください。

オリジナルのサイズの画像を見る場合はクリックしてください。

 旧北御牧村から旧望月町へ走る地方道東部望月線で、望月地域に入った辺りに沿道に「昭和百番観音」の大きな石碑があります。そこから傍らの鹿曲川を渡った対岸の丘陵地帯に観音を示す赤い旗が翻っています。ギョッとするような全山観音ばかりで覆われています。西国、秩父、それに地元信濃、佐久の巡礼観音が奉納されています。
 周りには田畑が続いていて、里そのものです。観音庵という東屋も情緒あります。
 長々と建立の経緯を述べた石像があります。平成元年建立という新しいものですが、地元の方々の願いが込められているものです。

  望月昭和百番観音
 昭和時代は史上稀な激動の時代であった。戦後四十年、経済成長による豊富な物資と豊かな生活は却って人心を貧しくした。
 泰平の時代に慣れて人々が祈りを忘れたとき末法の世の当来を予測せざるをえない。
 人類の平和と、地域の発展を願い、望月牧の名馬、月毛の駒の伝説の地であり、望月氏の祖滋野善淵の開山と伝えられる佐久補陀観音寺の聖域に、当山所有者の武重徳衛、滋野正男、田中義隆三氏の協力を得て望月昭和百番観音の建立を発願し、併せて激動した昭和時代を逞しく生き抜いた建立者の氏名と昭和元号を台石に刻し昭和史の一端として後世に残すこととしたのである。
 昭和六十三年九月建立準備委員会発足以来一年三ヶ月、町当局並びに北佐久仏教会の指導助言と町内外の建立者の援助、更に実行委員の献身的な奉仕活動により百七十一体の観音像と、町おこし大観音菩薩像を建立してこの大事業を完了させたのである。
  平成元年十一月十五日  望月昭和百番観音建立実行委員会 書山崎王苑

閉じる コメント(0)

コメント投稿
名前パスワードブログ
投稿

閉じる トラックバック(0)

トラックバックされた記事

トラックバックされている記事がありません。

トラックバック先の記事

  • トラックバック先の記事がありません。

.

信州小諸通信
人気度

ヘルプ

  今日 全体
訪問者 39 67596
ファン 0 71
コメント 0 2483
トラックバック 0 61
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30

標準グループ

検索 検索
  • My Yahoo!に追加
  • RSS
  • RSSとは?

開設日: 2005/3/21(月)


プライバシーの考え方 -  利用規約 -  ガイドライン -  順守事項 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2009 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.