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雷電の生家は以前にもUPした、ことがありますがもう一度訪れてみました。
雷電は32歳の時故郷に帰り、50両をかけて生家を建て直したそうです。大金がかかっていますが、少年時代に世話になった長瀬村の庄屋上原家より小さくし、義理堅い雷電の資質が現れていると言われます。竣工時には、更に50両を投じて祝賀振る舞いをしたとのことで、豪快な力士らしいところです。
昭和59年に老朽化したため、郷里の関係者が復原再建したものが現在の生家として保存されているものですが、土間には土俵があり、二階が桟敷席になっており、取組が観覧できる構造になっています。
生家の前に、「雷電の鋤石」という力石があり、雷電を偲べます。
周辺には、現在も広々とした田んぼが広がっており、遠くに浅間山が望めます。この風景を雷電も見て育ったのでしょう。
「雷電生家」
雷電は明和4年(1767年)に生まれた。寛政2年23歳で本土俵を踏んでから45歳まで23年間勝率9割6分2厘で古今無双の力士であった。本住宅は雷電32歳の時金50両を投じて建てたもので力士住宅として貴重な遺構である。昭和59年現在のように復原された。(昭和42年3月27日指定)
(「怪力雷電」⇒http://blogs.yahoo.co.jp/akira_o2ka/7108714.html '05.7.20)
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