怒れる!台北・日本人嫁日記

「トイレできちんと紙を流せることが当たり前」な生活が恋しい、トイレに紙が流せない台湾で思うこと。日本では「ありえない!」こと満載

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引き続き、台湾人慰安婦について。
なぜか「客家人」の慰安婦が多いことにも驚きです。(別途ご紹介。他に2人Wikiに詳細が載っている客家人慰安婦がいます)

今回は「秀妹阿嬤」をご紹介。
台湾人慰安婦の中では最年長だったそうで、既に亡くなられています。

支那古来から続き、台湾にも存在したある「習慣」によって運命が決められた女性の悲劇です。

(北京語はすべて私の意訳ですので、間違ったところがあればお知らせ願います。)

秀妹阿嬤(1917年−2012年11月3日),本名黃吳秀妹,冠夫姓,桃園客家人,臺籍慰安婦
https://zh.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%80%E5%A6%B9%E9%98%BF%E5%AC%A4
<早期生活>
吳秀妹為桃園出生的客家人,在九歲時成為童養媳,但養父早死,遂被養母責怪,在屏東過著辛苦的日子
(桃園で客家人として生まれた呉秀妹は、9歳で童養媳(とんやんしー)となり、養父が早くに亡くなり、養母から咎められ苛められ、屏東で辛い日々を過ごしていた。)

※「童養媳」は古来支那から続く漢族独特の「売買婚姻」という「習慣」です。
  これを理解しないとこの方の人生は理解できません。
  日本はこういったいわゆる「悪習」を止めさせたかったが、結局出来ずに野放しでした。
<Wikiより>童養媳,為中國古代的其中一種婚姻習俗,通常是把未成年的女孩送養賣到另一家庭,由該家庭撫養,長大後與該家庭的兒子正式完婚、結為夫妻
(童養媳とは、支那古代から続く「婚姻習俗」の1つである。通常は「未成年」の幼女を別の家庭に養子として或いは売り、その家庭で成長したらその家の息子と正式に結婚させ、夫婦となる。)

一些貧困家庭無力撫養兒女,就把女兒賣與富家子弟或家境較好的家庭作童養媳。而家境一般的家庭為了節省兒子娶妻的費用,於兒子年幼時買一個女孩回家來當兒子的妻子,這樣男家多了一個幫助勞動的成員,而女家則減輕經濟負擔一舉兩得。也有些家庭為了讓女兒得到較好的生活環境,就把女兒給較富裕的人家收養作童養媳。亦有少數是男家較為貧窮,為了攀附,而為年幼兒子娶富貴人家的年幼女兒為妻。
(この習俗が始まった原因は、貧困家庭では子どもの養育ができず、女児を金持ち家庭家庭に売ることで少しでも良い家庭環境で「将来の嫁」として育ててもらうことを期待した。或いは一般の家庭で息子の嫁を娶る費用を「節約」する目的として幼女を将来の嫁として購入した。このような過程は「男家」である場合が多く家庭の労働力としての役割を担い、女児の家庭は経済的支出削減になり「一挙両得」というわけだ。ある家庭では女児に比較的良い環境で生活させる富裕層に「童養媳」に出した。しかしその一方で貧しい家の男家が富裕層家庭の女児を娶ってお金を貰うこともあった。)

<童養媳的生涯>
雖然童養媳婚姻不特定必然是買賣婚姻的結果,但即便正常婚娶,依然可能會有嚴重婆媳關係。但也有一些童養媳婚姻,是以屬於買賣婚姻而成立,她們地位一般較,常要從事大量的家務勞動,有些會被婆家虐待,形同奴婢。但有一些較為幸運的會有比在親生父母家中好的生活,有些還有機會接受教育,雖然她們的待遇通常不如公婆的親生子女(例如課餘時要做較多的勞動、受到較為嚴苛的管教等),但在親生父母家中,可能完全沒有機會讀書,並過著貧困艱苦的生活。也有許多被婆家視如己出的,在婆家過著不錯的生活。
(「童養媳」は不特定であっても基本「売買婚姻」であるが、正常の結婚であっても依然として嫁姑の諍いはあった。ただし、「童養媳」は金銭での「売買婚姻」であるため「嫁」の地位は一般の嫁より低く大量の家事労働や家族からの虐待は「奴婢」と変わらなかった。以下略)

到長大後,童養媳就會和丈夫圓房,儀式從簡。如未婚夫於圓婚前就去世,或未婚夫不願意和童養媳圓房,婆家可能會容許童養媳改嫁,或送回娘家,有些則會正式收為養女,視為女兒看待。有些婆家會把童養媳賣作奴婢娼妓,或強迫童養媳改嫁他人。
(成長して「童養媳」がその家の息子と結婚する時には式は簡略された。もし未来の夫が結婚前に死亡・或いは「童養媳」との結婚を望まなかった場合は、その家の人間が「童養媳」を別の家に嫁に出すか、元の家に送り返すか、正式に「養女」として育てるかした。もしくは養い家庭が「童養媳」を「奴婢」または「売春婦」として売ったり、他家へ嫁に行くことを強制したりした。)
※恐ろしい制度です。基本、ほとんどは「売買婚姻」であり、近代化以前には当たり前だった「幼い労働力」としてこき使うことが目的でした。この慰安婦の「秀妹」さんにしても養家で幼い頃から酷使されていたことが伺えます。子どもとはいえ人権などあるはずもなく、扱いは「奴隷」と同じだったことがわかるでしょう。
そういった身の上からすると、その後「慰安婦」になったことは一体「誰」の差し金なのか、察しがつくと思います。
そして実は、日本時代以前からの台湾では女児を将来「売春婦」にすることを目的としての売買が普通に行われていました。これ、台湾人の書籍を読んで知った事実です。「食わせて育てた分の元を取る」何ともな制度です。正に人間も「物扱い」。
例えば日本でも「おしん」のように貧しい農家の「口減らし」で幼い娘を「奉公」に出すことはありました。昔は幼児でも貴重な労働力となりましたから。娼婦に売る場合は別として、これは別に人身売買ではありませんでした。
そこが、日本人の感覚と漢族の感覚の異なるところです。
すべての根源は「節約というよりケチ」、損をしたくない・少しでも得をしたいという持って生まれた習性が伺えます。


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秀妹阿嬤」つづき。

1940年,她被日本政府強徵廣東成為慰安婦,受害期間約1年。她曾說:「當時的糟蹋,讓我的身體變不好,日本政府會忘記,我永遠忘不了。」
(1940年、秀妹は日本政府に強制連行されて支那の「広東」に慰安婦として送られ、1年間を過ごした。彼女は「その時の苦労と体調の悪化については、日本政府が忘れても私は永遠に忘れることができません!!」)
※23歳の時に慰安婦になったようですが、あれ?嫁として売買されたはずなのに、肝心の養家についての記述はありません。見限られたのか、それとも元々「売春婦」として売ることが目的で養家から日本政府に「売られ」たのかが曖昧で、この「客家人」慰安婦の証言は信憑性に欠けます。9歳の時から23歳まで苦労を重ねてきて、慰安婦期間はたったの1年です。養家への恨みは忘れても、日本政府への恨みは忘れない?都合のよいことですね。

三十四歲時,吳秀妹與外省籍退伍軍人黃元章結婚,兩人搬到台北縣瑞芳鎮猴硐。丈夫在瑞三煤礦擔任整煤工人,1960到1970年間,當時月薪新台幣1千多元至2千多元,供一家三口過日子,算是很不錯的薪水,阿嬤自己則種菜、賣菜貼補家用,住約二十幾年。丈夫六十五歲退休後,兩人搬到桃園中壢買屋居住,但他仍每週末回到侯硐,和外遇對象在一起黃吳秀妹非常痛苦很生氣,但也無可奈何。她三十多年來沒回去過侯硐。
34歳の時、秀妹は外省人の退役軍人「黄元章」と結婚した。(中略)夫の給料は当時としては悪くなく、一家3人(子どもが生まれた?)を養うには十分だったが、秀妹は自分で野菜を作って売り家計の足ししながら約20数年暮らした。夫は65歳の時に退職して、2人は桃園に家を買って移り住んだが、夫は週末になると台北に戻り、「愛人」と暮らしていたのだった。秀妹は非常に辛く腹立たしかったが、どうにもできなかった。彼女は30年以上台北の家には戻っていない。)
※なるほど、「外省人」と結婚ですか。その時点で国民党寄りになっていることが伺えますね。しかも夫にはずっと「愛人」がいた模様・・・これ、外省人にはありがちです。もしくは何度も結婚を繰り返す。子どもは後妻に任せてまた結婚とか。知り合いがそうでしたね。そういう子どもは一生親にたかり続ける。最悪ですよ。

この「秀妹」さんの人生で、日本政府の「慰安婦」であった時期は1年間です。この1年間以外は、台湾人と外省人に翻弄された生活を送られています。その鬱憤を「日本政府」にぶつけているように思えてなりませんね。
以下は訳は省略します。


結局、日本から「日本政府に慰安婦への賠償金を請求しましょう!!」と日本人女性の「柴洋子」なる人物がやってきて台湾の元慰安婦を焚きつけたことも「台湾人慰安婦」の発端のようです。
悲しいかな、お花畑のサヨク頭の日本人女性が、こういった元公的売春婦に擦り寄ってたかりビジネスを始めたわけですね。
情けない・・・「南朝鮮のハルモ二たちも頑張っています!台湾も声を上げましょう!!」ってか。
そしてなぜか南朝鮮の元売春婦を訪問。そこできれいなウエディングドレスを着た元売春婦の写真を見て「きれい〜」と思った台湾人おばあさんたちの願いを叶えるために、台湾で元慰安婦たちのウエディングドレス撮影が行われたと。
そしてこの秀妹さん、とても「着飾る」ことがお好きだったそうな。
ある時、「慰安婦になっていなかったら、今のフライトアテンダントになりたかったわ〜」とのつぶやきが元で、何と!フライトアテンダントのコスプレが実現!!前にテレビで見た時には何だ?と思っていましたがそういった経緯があったんですね。驚きです。昔両親から「童養媳」として売られ、家事労働の奴隷のような生活をしていた女性で、自分の将来はある意味「売られた」時点で決められていました。それを決めたのは日本政府ではなく、客家系台湾人の両親と、同じく台湾人の養家の人たちです。
日本政府を恨むのは、筋違いもいいところです!

知れば知るほど、「慰安婦」って何なんだろうと考えさせられますね。

ちなみに、前回の「陳桃」さん同様、この秀妹さんも「日本人男性」に思いを寄せたことがあったそう・・・
慰安婦として「強制連行」され、ズタズタの人生にされたはずの台湾人慰安婦。
日本人に差別され搾取されまくったはずの台湾人。
・・・結構普通に自由恋愛しているんですよ。

(今日、また民視で「抗日特集」・・・日本人をいくら殺してもそれは「支配者に虐待された被害者の怒りの鉄拳!」として正当化され、その殺人から加害者を取り締まる日本警察は「無慈悲に台湾人を虐殺する日本人!」の構図が形成され、放送される。何かがおかしい。最近の台湾です。)

+++++++++++++++++++++++++
(以下の訳は省略。参考まで)
<晚期生活>
1996年,婦女救援基金會為慰安婦阿嬤們設計身心工作坊,以戲劇、藝術等方式幫助曾飽受身心摧殘的她們療癒。
早期,秀妹阿嬤顧慮家人感受,較不願露面,後來在活動中受到各界正面回應,讓她願意站出來為所有的慰安婦發聲,曾前往日本澳洲韓國等地參與活動。2003年4月2日到3日,多名慰安婦阿嬤在臺北縣金山好望角渡假民宿,吐露了她們當時所愛過的日本人。秀妹阿嬤也吐露說:「我不會和別人愛過,只和你愛過,想說你對我好,想和你做夫妻。想你想了一年多,但是你不能來,不知道你是不是戰爭死了。『你把我的名字冠上你的姓,代表當我是你的太太』在信中寫著,『送你到船頭』,卻見不到你……我愛你。」
一次的身心照顧工作坊中,透過椅子裝扮青春少女與日本軍人的對話,讓輔導者洪素珍佩服與感動的是那時秀妹阿嬤對著日本軍官說:「不管過去你跟我有什麼牽連,我現在讓你自由、原諒你。」,秀妹阿嬤再對著年輕的自己說:「我也原諒妳,我知道妳辛苦,年輕時後被騙,妳不是故意的。」
2005年秋天,婦援會帶慰安婦阿嬤到韓國分享之家拜訪韓國慰安婦阿嬤時,一位韓國老婦熱情地邀請參觀她的房間,大家的目光頓時被牆上一幅韓國阿嬤穿白色婚紗的照片給吸引,這是韓國慰安婦支援團體為這群年輕時沒機會穿婚紗的阿嬤們所拍攝的。當時90歲的秀妹阿嬤面露羨慕眼光,直說:「穿得這麼漂亮喔!」大家也表達對自己年輕時沒機會穿婚紗的遺憾。返台後,婦援會也想替這群阿嬤拍婚紗。
2006年3月28日,秀妹阿嬤與陳鴦阿嬤滿妹阿嬤寅嬌阿嬤等慰安婦阿嬤在四四南村參加首位露臉慰安婦高寶珠的告別式,協助慰安婦向日本政府求償的日本人柴洋子也來台緬懷
婦援會針舉辦「阿嬤穿婚紗」、「阿嬤園遊會」、「阿嬤參觀總統府」等活動婦為僅存的慰安婦推動圓夢計劃[9]。2006年4月18日,由專長戲劇治療的洪素珍帶領下,婦援會替六名阿嬤拍婚紗,台北的青樺婚紗免費提供婚紗,蘇菲亞國際美容短期補習班義務化妝。之前秀妹阿嬤被問時,這樣回答:「自己做過慰安婦是找不到好人家的,還好有一個『老芋仔』要和我『鬥陣』(在一起),哪敢想婚禮!」當她知道安排時,靦腆地掩嘴笑說:「要做老新娘?真是不好意思。」年紀最大的她興奮地直到凌晨3點才闔眼,同一時間小她9歲的滿妹阿嬤卻因為難以入睡而起床抹胭脂。化妝時,秀妹阿嬤從鏡子裡瞅著自己,說:「唉呦!甘一定要抹這麼多粉?感覺親像是在刷油漆!」
2007年8月14日,秀妹阿嬤與陳鴦阿嬤沈中阿嬤、滿妹阿嬤、寅嬌阿嬤日本交流協會抗議[11]。該年底初冬,婦援會慰安組安排秀妹阿嬤從桃園再次探訪和先夫曾生活長達二十幾年的故居──侯硐山城,並與老鄰居、作麵攤的阿梅、阿秀敘舊。阿梅說:「(秀妹)阿嬤以前很愛漂亮,都是穿金戴銀下山來賣菜,我老是提醒她不要戴這麼多金子在身上,以免被人家搶。」敘舊聊天離開後,秀妹阿嬤才對慰安組工作人員娓娓道來「穿金戴銀」的原因是因為當時丈夫外遇,她沒有安全感,才將大部分的錢拿去買黃金。
因參加活動多次出國搭機的秀妹阿嬤曾表示:「如果不是被騙成為慰安婦,說不定也有機會當空姐。」因此婦援會也和中華航空合作,幫秀妹阿嬤實現一日空姐的夢想。2009年7月24日,於經華航人員美姿美儀、客艙服務、逃生訓練等專業訓練,並事前為秀妹阿嬤量身訂製空姐制服,由其他慰安婦及朋友共10多人陪伴登上模擬客艙充當乘客。只見她有模有樣地服務在場親友及工作人員,雖偶有出錯,但帶來不少歡笑,因有不願曝光慰安婦參與而未公開,數日後才公布活動照片。
秀妹阿嬤與滿妹阿媽是好友,在2009年曾陪後者去連續劇《娘家》的拍攝現場。
吳秀菁計畫拍攝《蘆葦之歌》時,秀妹阿嬤曾在家趕走她。後來吳秀菁和秀妹阿嬤約時因訪問時間出錯,結果碰上她家人生日。當天她孩子熱情招呼他們一起吃飯,飯後接受吳秀菁訪問,當時秀妹阿嬤就坐在他們旁邊,第一次聽兒孫說出對她的看法,非常訝異。吳秀菁那時覺得,攝影機好像變成修復促進者,紀錄片拍攝對被拍攝者其實也有極大療癒效果。吳秀菁還記得有次秀妹阿嬤應邀來總統府馬英九總統蹲下來跟她講:「不是妳的錯。」
2012年11月3日,秀妹阿嬤因呼吸衰竭而病逝,當時是全球最高齡的慰安婦。婦援會在12月9日晚間7時30分,在劍潭青年活動中心集賢廳舉辦追思紀念會暨慰安婦運動在台20週年回顧。

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ようはユスリ・タカリです。
銭を取れそうだと思った相手にユスリ・タカリをしてみる。
それ以外の何物でもありません。

2015/12/28(月) 午後 8:35 [ トンビ母 ] 返信する

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> トンビ母さん、コメントありがとうございます。

台湾も国民党政権下ではこのテイタラクです。
結局、日本人をナメてるんですよ。

2015/12/29(火) 午前 1:07 [ Alicia ] 返信する

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( ´ー‘)y─┛チァーパーボェー

この婆さんの妄想も含めて 日本が悪いってことで落ち着いてるみたいですね

ナイス!&TB

2016/1/7(木) 午前 0:39 にっぽに屋にっぽん 返信する

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> にっぽに屋にっぽんさん、コメントありがとうございます。

先進国という立場にある日本を叩く方が金になりますから。
自分たちの臭い部分には蓋をして全てを日本のせいにする卑劣さに失望してしまいます。

2016/1/7(木) 午前 1:53 [ Alicia ] 返信する

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いやいや全然違いますよw
売り飛ばされた女だって事は身分証や渡航許可証の発行段階で分かりますから
全てを承知で黙認してた内務省と陸軍省、ひいては当時の日本政府の責任です

当時の日本政府は売春強要が国内法や国際条約に違反する事を承知していたので
悪徳業者の厳正な取り締まりや、本人同意が確認出来ない場合は働かせないとか、
そういう建前を掲げてたんですが、
https://goo.gl/LWlwMG「南支方面渡航婦女の取り扱いに関する件」
実際は建前とは逆に犯罪を後押ししてた訳ですから、恨まれて当然でしょう

女を売った側は民間の個人だから国家の責任にはなりませんけど、
非合法でも構わないから女を集めてこいと命じた内務省と陸軍省は
日本の政府組織ですから責任の重さが段違いですよ

現代で分かりやすく例えるなら
麻薬密売業者を取り締まるべき立場の警察庁や法務省が防衛省の要望で
取り締まりを中止して、悪人に好き放題やらせたって所です
勿論与党幹部も承知の上ですから批難なんてレベルじゃ済みませんね

2016/4/17(日) 午前 6:02 [ xqf***** ] 返信する

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> xqf*****

あなたのような「日本が全て悪い!」という自虐的な思考の人にはほとほと呆れますね。
渡航許可証の段階でわかる?それを黙認?そんな証拠があるんですか?まったく呆れる論法ですね。

当時、売春は合法でしたから、それを強要したのか否かを判断することは難しいものがあります。明らかな人さらいであったなら朝鮮のように取り締まりもできだでしょうがね。

恨まれるのは筋違いもいいところです。

現代においても自分から身売りする女性は残念ながら沢山いますし、騙されて強要されている人も台湾国内で大勢いては一部摘発されています。

あなたの考えは現代の法の価値感でしか見ていないところが全く違いますね。

不愉快です。

2016/4/17(日) 午後 1:33 [ Alicia ] 返信する

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ALICIAさんのおっしゃるとおり!!

Xqfは自分の主張が理論破綻しているのがわからないのかな?
黙認と言ったり命じたと言ったり(全部wikiの受け売り、、、
wikiを根拠とするとはあきれる。)
従軍売春婦に対する米国の聞き取り調査報告書を
読んだことがないのかね? ものすごく牧歌的だよ!
そもそも日本政府は、まったくもって不本意ながら
売春婦に賠償までしているのだよ。
それを横領しながらダンマりを決め込んでいるのは
どこの政府ですかねえ?

余命読んで勉強しようよ〜
あっ!これに触れちゃいけないんだった、、、
あっち側の人間にとっては鬼門だったね
(と言いつつ、来月には余命3出ますよ〜)

2016/4/17(日) 午後 5:24 [ buz*ckk ] 返信する

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> O-moonさん、コメントありがとうございます。

私も台湾の慰安婦に関してはWikiを引用してしまっていますが★
せっかく日本語世代の方々が実際に慰安婦だった人たちに直接話しを聞いて「強制ではなかった。稼ぎがよかったから」「親が前金を貰っていた(早い話が親に売られた)」という事実が明るみになっているのに、当の台湾政府はまるで無視で最近の慰安婦の話を鵜呑みにしているところが情けないんですよ。
残念でがら台湾も感情論ばかりが先走り、真実を見ようとしませんから。真実を言うと李登輝氏のように売国奴扱いされてしまう。本当に情けなく腹立たしいです。

余命3ですか!楽しみですね♪

2016/4/17(日) 午後 9:28 [ Alicia ] 返信する

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alicia さん

私が言ったwikiというのは、半島関連、日本下げ関連のwikiのことです。
何しろ専門要員のような者がネットに張り付いていて
少しでも連中に都合の悪い事実が書き込まれれば
執拗に改竄してしまうようですからね。
f5攻撃と同様、連中の粘着質には、正常な人間なら
誰も敵いませんし、そんな不毛なことには付き合ってられません。

ウマが慰安婦云々と発言しているのは、中共の手前、かな?
最近わいてきた元慰安婦も、ウマの仕込みかなと。
慰安婦合意の直後に、じゃ台湾もまぜろよ、と言ったのには笑いました。
この時にやっと下朝鮮は日本の本意に気がついて
地団駄を踏んだことでしょうね。

慰安婦問題ばかりでなく、日本政府のこれまでの対応を見ていると、
かなりの策士がついているような感じがしませんか?

2016/4/17(日) 午後 10:58 [ buz*ckk ] 返信する

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> O-moonさん、コメントありがとうございます。

そうだったのですか…日本サゲのWikiは当てにならない内容に改竄されているとは。執念凄まじいですね。

台湾の慰安婦で厄介なのは、発端はサヨク日本人が台湾に乗り込んだこと。南朝鮮にもいたんだから同じ日本の植民地にもいるはず!日本政府から賠償金をガッポリ貰いましょうと活動したようです。恥知らずな日本人もいるんですよね。

でもしっかりちゃっかり台湾はアジア女性基金からお金もらっているようですし今はただ南朝鮮媚の馬が日本への嫌がらせをするために利用いているだけのような。中共は別のように思えます。

今までの日本政府の自虐外交のせいで今更感もあるのですが、安倍政権はうまい舵取りをしているようですね。心強いです!

2016/4/18(月) 午前 0:49 [ Alicia ] 返信する

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