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心機一転

このブログを復活しようかどうか思案中です。
Yahoo!ブログは約7年のブランクがあるので投稿の方法など少し勉強してから決めようかと思ってます。
スマホからでも投稿がし易いようであれば復活するかもしれません。
この記事はその為の練習投稿です。

このブログを通じて知り合った方々には、突然のブログ停止で不義理をしてしまい誠に申し訳ありませんでした。
そのうえ、今回の練習投稿にあたって友達登録をすべて削除させてもらいました。
重ねてお詫び申し上げます。

仮に復活したとしても以前のような交流は時間的な制約もあり無理かもしれませんので予めご了承ください。

この記事に

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楽しかった4泊5日の宮崎遠征も最終日となる。
この日は帰るだけの予定なので起床時間も決めなかったのだが、案の定早めに目が覚める。
この日最初の写真が5時50分となっているので一体何時に目覚めたのだろう。
写真の前にコーヒーを既に飲んでいた筈だ。
周りのテントも早くからゴソゴソしだした。

イメージ 1
朝モヤがきれい。

キャンプ場で最後の食事はまあまあ豪華だったかな。
暇人さんからフライパンを借りて目玉焼きを作るもちょっと失敗してしまう。
その他にベビーハムを切って焼いて長崎では定番のチョーコー醤油のインスタントみそ汁、それに朝から炊いた温かいご飯。
フッ素加工のフライパンは焦げ付きもせず超便利。
次の欲しいアイテムはフライパンに決定かもしれない。

朝食後は10時出発に向けてテントの撤収作業。
イメージ 3
まとめた私の荷物はこれだけ。
坊がつるみたいに担いで登らなくても良かったので着替えなど余分な荷物も多かった。

キャンプ村を出発したのが何時だったかな。
すぐ近くの五ヶ瀬の物産館でお土産を少々購入し後は帰るだけ。
物産館の駐車場でムツゴロー夫妻と別れの挨拶をすませる。
だが、復路も来た時と同じ道なので御船ICまでは一緒に走りましょうということになる。
車に乗り込み暇人さんと帰りのルートの相談になった。
高速道路の混み具合が気になる。
長崎には夕方に帰りつけばいいのでそんなに慌てる必要はない。
何の拍子か、阿蘇を回って帰りましょうかと話がまとまる。
遊んで帰るには後ろを走っているムツゴローさんをまかねばならぬ。
ついて来られるとどんなブログネタにされるか分からない。
たぶん「長崎組の鬼さんたちは早く家に帰りたくない事情があるのだろう」と書かれるだろう。
「オジン・オバンみたいに夫婦円満ではないらしい」と。

阿蘇へ向かうには熊本県に入ってすぐ馬見原の交差点の少し先から右折しなければならない。
その交差点で急に右折して後続車をまくことになった。
その交差点がだんだんと近づいてくる。
作戦決行かと思った瞬間、無情にも信号が赤になる。
仕方なくゆっくりと右折車線に入ると鬼さんたちも着いてきた。
これでは鬼ごっこは負けだろう。
あとは、どこまで鬼さんが追いかけてくるか。

と、後続の助手席に座っている鬼さんから電話が入った。
「どこに行きよっとですか」
「ちょっと寄り道して、阿蘇経由で帰ります」
「どんなルートですか」
「高森に出て根子岳の側を通りミルクロード経由で菊池・山鹿方面へ抜けます」
すっかり白状させられてしまった。
「ついて行きます」

高千穂からの国道と合流し阿蘇外輪山から阿蘇カルデラを望む展望所があり早速寄り道。
根子岳も見える。
外輪山を高森まで下ってから一の宮方面へ右折。
鬼さんも着いてくると思ったら、クラクションを鳴らして立野方面へ直進して行った。
果たしてまっすぐ帰ったのだろうか。
ひょっとすると大観峰で待ち伏せをしているかもと思ったりもしたが、その後鬼さんたちと出会うことはなかった。
あとは追いかけられる心配もないのでゆっくりとドライブを楽しむ。

イメージ 4
根子岳ビューポイント

イメージ 5
仙酔峡、高岳方面。

ミルクロードの大観峰に十数年ぶりに立ち寄って1時間余りの休憩。
イメージ 6
パラグライダーがテイクオフ。

イメージ 7
のんびり空中散歩

イメージ 8
リモコンの グライダーも

イメージ 9
風に乗ってビュンビュン(そんな歌があったね)

イメージ 10
くじゅう方面

南関ICから高速道路に乗って長崎には夕方に帰り着いた。


こんなに遊びまわった大型連休は何年振りだろう。
毎日よく笑い、よく歩きました。
誘っていただいたムツゴロー夫妻さん、ありがとうございました。
暇人さんも長距離の運転など、お疲れ様でした。
またどこかで遊びましょう。

今回の宮崎キャンプをアルバムにしたので、私の長い記事が苦手な方は こちらをどうぞ


(2010年5月5日)

この記事に

宮崎キャンプ4日目、山歩きの最終日にはいよいよ念願のアケボノツツジとの御対面。

今回の山歩きに際して私は第一の目的は「アケボノツツジを見ること」とムツゴローさんに伝えていた。
ムツゴローさん夫妻は九州百名山の完登を目指しているのでその中からアケボノツツジが見られる山をチョイスしてもらったのだ。
昨日の比叡山を歩いているときにも、果たしてアケボノツツジが見られるかずいぶんと気にかけてくれた。
そして、先に言っておくがアケボノツツジは無事に見ることができた。

4日目の朝も5時にかけておいたアラームが鳴る前に起き出す。
空はどうだったか。
気温がどうだったか。
今となっては知る由もない。
朝っぱらからお茶漬けの朝ごはんを食べ予定通り6時30分にキャンプ村を出発。
イメージ 1
出発直前のテント村。

今日は予定表によると、祇園山と揺山に登ってから諸塚山へ登る計画となっている。
昼ご飯はいずれかの登山口の予定だ。
キャンプ村を出発する前に行程をみんなで確認するが、誰かが登山口でランチというのも味気ないと発言?
そうして結局は初めに諸塚山に登ることになった。
この辺の経緯は全く記憶にないが、ムツゴローさんのブログによると私が決めたことになっている。
たぶん、私はそれぞれの山頂までの所要時間を足したり引いたり言われるままにしただけで、決定は鬼軍曹だったかと思うのだが。
このグループには鬼軍曹が私を除いて3人いるので誰かは分からない。
ともかく、ずっと前に暇人さんから聞いた六峰街道を通れることになったのでとても喜んだのはよく覚えている。
私は何故か色んな道に非常に関心があるのだ。

ムツゴローさんのナビは諸塚山の登山口まで何故かとんでもない所要時間を示している。
(たぶん、数時間だった?)
仕方がないので私の最強アナログのアイテム、ツーリングマップルが活躍することになる。
六峰街道はそれはとてもとても展望が抜群の尾根道コース。
途中から、由布岳そっくりの双耳峰が雲の上に見えたりした。

イメージ 2
45分程で登山口到着。

駐車場から山を見上げるとピンクの花が見える。
何とアケボノツツジらしい。
山を歩かなければ見られないと思っていただけに初対面に感動。
登山口から丸太階段を少し登ると写真が撮れるまでに近づくことができる。
イメージ 3


イメージ 4


青空に映える淡いピンクの花。
私の今回の宮崎遠征の最大の目標であったアケボノツツジ。
ネットでは何度も目にしたアケボノツツジではあるがやはり自分の目で見ると全く別物。
昨日すれ違った登山者からアケボノツツジはひょっとしたらもう遅いかもしれないとの情報を聞き、ムツゴローさんがとても心配してコース変更まで考えてくれた。
長崎組は見られたらそれでいいし、見られなかったら来年の楽しみということで、当初の予定通りで構わないと伝えた。
それだけに、私たちも嬉しいがムツゴローさんもホッとしたことだろう。

登山口近くのアケボノツツジの群落を過ぎるとあとは山頂を目指すだけ。
イメージ 5

ただし丸太階段が長いのには閉口する。
誰もが同じことを考えるようで階段途中からエスケープする道が続いていて私たちも本道を逸れて歩く。

寄り道するところはあんまりないが何度か休憩して1時間程で山頂。
イメージ 6
東側の展望がひらけている。
小休止したあとすぐに下山。
来た道ではなく「本宮」と書いてある方向へ進む。
この道は大正解。
ブナ林の明るい登山道でところどころにブナらしい巨木がある。
イメージ 7
ブナの中を

イメージ 8
歩く

山を歩き始める前は「ブナ」と聞くと世界遺産に指定されている「白神山地」しか頭に浮かばなかった。
何となく北の果てにしかない樹木だと早合点していたが九州でもあちこちにブナ林があるようだ。

登山口に戻った私たちは祇園山と揺山の共通の登山口である大石峠を目指す。
車中でどちらから先に登るかという話になった。
前の席から後部座席の長崎組へ二つの山の資料が回ってきた。
読んでどちらが先か決めよ、という指示だ。
私には二つの山の事前の知識は皆無で、この3日間でメンバーから揺山には最後の急登があると聞いていた。
そして資料をちょっと読むと祇園山は最初が急登から始まると書いてある。
どちらがいいのだろう。
資料を暇人さんに渡すも端から読む気はないようだ。
暗い車内で小さい文字を読むのは私でも苦手であるから年長者ではなおさらかな。
登り始めの急登がいいか山頂直前の急登がいいか車内で尋ねてみるも、返事があやふやである。
考えているのか考えていないのか分からないが、たぶん考えていないのだろう。
そこで、私が「祇園山と揺山はどちらが九州百名山ですか」と問うと「祇園山」という答えが返ってきた。
それなら万一の場合に備えて「百名山の方を先に登った方が良くないですか」と言ってみる。
万一とはどんな場合か。
時間的な都合でもう一つの山に登れなくなった場合、
一つ目の山で疲労困憊で二つ目には登りたくなくなった場合、
を私自身は想定していた。
するとその返事はなかったと思うが、登山口についてムツゴローさんがストックを倒してみてそれが指し示す方に登ろうと提案した。
本気かどうかわからなかったが、結局はどういう経緯か分からないが祇園山に先に登ることになる。

イメージ 9
登山口。

登山口に何やら説明が書いてあったが時間の関係上(メモや写真を検分する時間が惜しいので)、ばっさりと割愛。
いきなりの階段を登り始めると情報通りすぐに急登が始まる。
暑さとその傾斜のせいでたちまち汗が噴き出す。
私はこの急坂をしのげば後は楽だと思っていたので少しだけがんばって登ってみる。
けれど、登れども登れどもその斜度は変わらない。
一旦平坦な所に出るがそれも束の間でまたきつい坂を登らなければならない。
何のことはない、祇園山は最初だけが急登ではなく、最後まで急斜度の登山道が続いていた。

ほんのわずかの距離の平坦な道。

疲労が極限に達したところで山頂到着。
山頂にはアケボノツツジが咲いている。
しかも目の高さに花がある。
山頂にはほかにシャクナゲ、アセビの木があり移り変わる山頂の花を観賞するのもいいかもしれない。
何はともあれ、木陰を探してランチタイム。
山頂標識がある展望が良い所が日も差さなくてランチには絶好のスペースだが、そこは登山者の為に開けておかなければならないスペースだ。
別の場所に木陰を見つけてシートを広げる。

我々は全員が疲労困憊状態。
全員一致の意見で次の揺岳はパスすることになった。
3日連続の山歩きはこの祇園山で締めくくりとなる。
よって、いつものんびりする山頂での寛ぎタイムをさらにのんびり過ごす。
3日連続のラーメンも美味しく食した。

登りの途中で我々が休憩中に追い越したガイドさんが山頂の向こう側にアケボノツツジの群落があると教えてくれる。
遠いのかと思ったら山頂から往復15分との説明がある。
また、山頂で寛ぎ中に別のガイドさんがやはり同じ説明をする。
ヒカゲツツジもあるという。

我々には山頂での時間がたっぷりととれることになったので、その群落へ行ってみることにした。
ポケットに水だけを持ってズルズル滑る斜面を下って行く。
往復15分どころか片道15分程くだったところで、漸くヒカゲツツジとアケボノツツジが咲く場所に着いた。
イメージ 11

群落と言うには少し大げさなような気もするがミツバツツジも咲いていてツツジの競演を楽しむことができた。

山頂に戻るとあの山頂標識の場所でランチ中のグループがいた。
特等席を3人占めである。
ムツゴローさん夫妻は山頂標識の所で夫婦そろって記念撮影をするのが定番となっている。
その記念写真の撮影がまだであるので、しばらくその場所が空くのを待ってみる。
けれども食事を終えても一向に立ちあがる気配もなく、今度はおやつを食べだした。
たまらず私は超丁寧な物腰でその場所の明け渡しを申し出た。
決してかみついたわけではないので、念のため。

イメージ 12
山頂標識のところから。

下山開始は14時近くだったか。
イメージ 13
登りでは敬遠した直登コースをそのままくだってみた。
加速度がついてつい速足になるほどの傾斜。
14時30分頃、登山口帰着。
これでGWの山歩きが怪我もなく無事終了。

今日もAコープに寄ってキャンプ村へ帰還。
晩御飯はスパゲッティをゆでてカルボナーラだ。
私は大のスパゲッティ好きだが山では食べられない。
ゆで汁を山に捨てたくないからである。
坊がつるでもスパゲッティを食べたいのだがあそこは特に排水に気を使う場所。
法華院温泉でもせっけん・歯磨き粉など使用禁止だからキャンプ場といえでも坊がつるも同条件だろう。
だから、キャンプでゆでるスパゲッティは初めて食べる。
ソースは出来合いのものだったが自然の中で食べるパスタはとても旨かった。

この日もコインシャワーで身もさっぱりになり、ちょっと遅くまでみんなで話したのではなかったか。

(2010年5月4日)

この記事に

宮崎キャンプ3日目は5月3日の出来事。
今、この記事を書き始めているのは5月18日。
従って比叡山に登ってもう既に2週間以上が経過している。
その時のことを思い出そうとするが、手がかりになるのは写真の記録と暇人さんからもらったGPSのデータと現時点では暇人さんのブログ記事だけである。
今回のツアープランナーのムツゴローさんがブログに掲載するのをあてにしていては、時期を相当に逸しそうである。
よって、私のわずかな記憶をプラスして記事を書いてみることにする。

5月3日はキャンプ村6時40分発の予定で5時起床との命令が前の日にとんだ。
前の日は4時30分起床だったので普通ならいくらか気が楽だろうが、起きられるかどうか気にしている身には30分の違いなどないに等しい。
現に私は4時過ぎには目が覚めてしまった。
たぶん、昨日と同じように4時30分から朝ごはんの支度をしたと思う。
メニューは昨日と同じ卵入り雑炊に味噌汁で起床時間には食べ終わっていたかもしれない。
みなさんも出かける準備に抜かりはないようで予定通りにキャンプ村を出発。

まずは五ヶ瀬町から東へ進み高千穂町を通り抜け北方町の比叡山の登山口まで約1時間のドライブとなる。
高千穂町は高校と大学の頃友達とキャンプに二度ばかり来たことがある。
今となってはどこにテントを張ったかは覚えていないがたぶん河川敷のようなところだったと思う。
ちゃんとしたテント場だったのか定かではないが川の水をそのまま飲料・調理用に使っていた。
当時、長崎から有明フェリー経由の熊本行きと熊本からは高千穂(延岡?)行きの2本のバスを乗り継いでかなりの所要時間をかけて行ったものである。
時間があるなら高千穂の町を歩いてみたいものだが、今回は山を歩け歩けと叱咤されているので願いは叶わない。

比叡山南登山口に7時30分過ぎに到着。
比叡山と聞けばすぐに滋賀・京都境の比叡山を思い出す方が多いだろうが、宮崎の比叡山もクライミングのメッカとして九州では有名である。
駐車場にはいつも見慣れた山歩きの格好の人は少なく、ヘルメットを被ったほっそり系の人がたくさんいる。

最初は千畳敷登山口まで舗装された車道をとぼとぼ歩いて行く。
目の前にこれから登る比叡山とお向かいの矢筈岳がそびえ立っている。
こんな山に本当に登ることができるのだろうか、ふとそう思う。
イメージ 1
これから登る比叡山

千畳敷登山口から少し階段を上り水平移動で千畳敷に到着。
「千畳敷」とは言うけれどそんなに広くはない。
我が家の風呂場位だと誰かが言った。
千畳敷から少し歩いたところから本格的な山道となる。
それも急こう配の登山道だが手を使えるので脚の負担は少ないようだ。
その急登を45分程登ると第一展望所に着く。
ここからの展望は抜群によろしい。
イメージ 2

「瀬戸の夜景」様のJavaスクリプトを使用させていただいています。※自動スクロールについては以下同文。

展望所まで来るとしばらくの間はほぼ平坦といえる登り。
南登山口への分岐を過ぎると少し急にはなるがそれも長くは続かない。
イメージ 3

登山道にはミツバツツジが所々にあるのにみんな見向きもしない。
今年初めてのミツバツツジを黒髪山では時間をかけて鑑賞し写真も撮ったというのに、その後あちこちで目にするともう興味もないようだ。
ただ休憩の口実として見るだけの花になってしまった。
ミツバツツジの他には所謂ヤマツジツジというのもあちこちに咲いているのだが、頭の中は明日のアケボノツツジなので興味はほとんどない。

山頂には9時40分到着。
南登山口からゆっくりと休憩も含めて丁度2時間。
イメージ 4
山頂から景色を眺めるムツゴローさん、何故かかっこいいのだ。

比叡山の山頂の場所は以前はこれから向かう稗ノ山だったらしいが、事情によりこのピークが現在の山頂ということである。
その事情に興味がある方は山頂に説明書きがあったので是非とも登って読んでみるといい。

来た道を少し戻りカランコロン岩へと向かう。
佐賀方面ではこの岩を現在では「イワンコロン岩」と呼んでいる人たちがいるそうだ。
その事情に興味がある方は…、誰に聞けばいいのだろう。
まあ、同行者のブログでも読んでいただきたい。

イワンカランに登りあがるのに狭い岩場を通過しなければならないという。
そのことは事前にムツゴローさんが話していて、その狭所を抜けられるかどうか微妙と、何故か私に向かって言う。
今までも「メタボ測定器」あるいは「メタボの間」と呼ばれる岩場は何度か目にしてはいるが避けられるものなら避けたいところである。

と、その岩の隙間が突然現れる。
その隙間はV字型となっていて下半身があれだと結構きついかもしれないが、まずは私が様子を見に先頭で通過する。
すると何のことはない。
何の支障もなくすんなり通過。
後に続く足長暇人さんも全く問題なし。
問題だったのはその後の御仁。
V字谷に見事はまってもがいておられる。
これはシャッターチャンスとばかりに暇人さんも私もカメラを構えるのだ。
その難所を抜けてご本人曰く、「大きな○○がつかえちゃった」と自慢げなご様子。
イメージ 5
はまっている

そのイワンだかカランからの展望はこれまた格別。
直射日光がなければここでランチにしてのんびり景色を眺めたいところだが、何しろ暑すぎる。


イメージ 6
カランコロン岩

イメージ 7
名前の由来となった隙間。

イメージ 8
岩からの下り

昔、比叡山だった稗ノ山へと向かう。
一度鞍部まで下りそれから登り返すこと20分。
ヒカゲツツジが咲いているとカメラを構えたままひょいと前方を見るとわずかに数歩先が山頂であった。
展望は全くなし。
イメージ 9

「稗ノ山」との標識がある。
何と読むのか少し話題になった。
我が長崎には「稗ノ岳」という岩峰があり、それは「ひえのだけ」と読む。
だからこちらは「ひえのやま」と呼ぶのかもしれない。
帰ってきてから調べてみるもオーソライズされた読み方が見つからない。
そこで私は思う。
長崎の稗ノ岳を地元の方は「ひえんだけ」と呼ぶ。
これは「私の家」を「わたしんち」と呼ぶのと同じ用法だろう。
するとこちら宮崎の山は「ひえんやま」とも読める。
そこで私はさらに思う。
ひょっとすると「ひえのやま」ではなく「ひえのさん」と読んで「ひえんさん」なのではないか。
それがさらに転訛して「ひえんざん」と濁点がついたのではないか。
そこで、「ひえんざん」「ひえんざん」「ひえんざん」「ひえんざん」・・・と何度も読んでみてほしい。
そのうち「ひえいざん」に聞こえ始める。
こちらの山が以前は「比叡山」だったらしいから、何だかさもありなんとも思う。

山歩きのレポートなのにこういう下らないことを考えているからちっとも先に進まない。

元「比叡山」山頂の「稗ノ山」山頂でランチタイムとなる。
頭の中はごちゃごちゃとしているが胃の中は朝ごはんが早かったので空っぽだ。
いつもどおりラーメンとコーヒーでたっぷり1時間の至福の時。
下山は来た道を戻り途中から南登山口へ下る。

イメージ 10
新緑が美しすぎるのでふと立ち止まってその景色に見入る。
カランコロン岩直下からは岩を通らないよう巻き道への指導標がある。
これは、カランコロン岩を一方通行にするための処置だろうと暇人さんが言う。
私はあの岩を登らなくてもいいのだから楽ちんコースだと早合点。
何の何のこれがまたすごい急傾斜の道でもと来た道と合流する。
炭水化物でいっぱいになった身体を持ち上げるのにも苦労する傾斜であった。

途中の分岐から南登山口へと向かう。
この道は普通の登山道だがダラダラの下り一辺倒の道。
だから逆は登り一辺倒であんまり歩きたくない道である。
展望が開けているところからは比叡山の壁が見える。
下山途中から、大きな声が時折り聞こえていた。
クライミングの人たちの声である。
その比叡山の壁へ目を向けると数人の人影が見える。
よくもあんな高くて怖いところに立っていられるものだ。
私には無縁の世界だと今更ながらに思う。
イメージ 11


南登山口到着は15時過ぎ。
これもムツゴローさんの計画書ぴったり。
容姿、言動からはとても想像ができないがかなり綿密に計画を練っていたらしいと思う。
旅行会社のツアープランナー・コンダクターがよく似合いそうである。

帰りは再び1時間のドライブ。
途中のコンビニで運転手はアルコールを手に入れたので奥さんに運転を代わる。
日課のAコープ五ヶ瀬店に寄り、私は卵を手に入れた。

夕食は、ごはんとカレーが一緒に入っている乾燥食品。
正月に山用品の店で手に入れていたものだが、こちらはちょっとハズレだったかも。
食後には昨日の温泉ではなくキャンプ村にあるコインシャワーを初体験。
昔、寝台列車の「あかつき」に乗った時に利用したことがあるシャワールームと同じようなシステムで5分間お湯が出る。
5分もあれば十分で狭い部屋だからすぐに身体も温まる。

「明朝の起床は今日と同じく5時」、とコンダクターの指示。
私は朝は強くて遊びとなるとさらに強くなるから全然平気だが、朝に弱い人にはつらいツアーだろう。

今日も楽しく歩かせていただきました。

イメージ 12
今日のGPSデータ(暇人さん提供)

(2010年5月3日)

この記事に

宮崎キャンプ2日目_1(霧立越縦走)からつづく


山小屋までもう少しというところで今朝登山口で会った夫婦と再会する。
もう扇山まで登ってきたとのことでずいぶん脚が早い。
我々も寄り道などせずにまっすぐ目標地点まで歩けばそんなに時間はかからないだろうが、道草が目的の山歩きだから先を急ぐこともない。
イメージ 1


着いた山小屋は意外にも清潔であった。
ここへ来る途中でこの山小屋で泊まるという単独の人を追い越して来たが、なるほど泊まるのにも何の支障もない。
だがここはあくまで休憩の為の小屋で宿泊を前提とするものではないらしい。

イメージ 2

山小屋からは途中「山頂まで5分」といういい加減な道しるべもあったりしたが結局30分足らずで扇山山頂に着いた。
日本庭園のような山頂からはぐるりと一周展望がきき視界がすっきりしているとさぞ眺めがいいことだろう。
我々が今日歩いてきた稜線も見え達成感が十分にある。
ここで約1時間のいつもと変わらぬラーメンタイム。
だが今回はいつもと違って今朝ゆで卵を作ってきたので、餅アンド卵入り豪華ラーメンである。

これから登ってきた方と反対方向へ下る。
ここからシャクナゲの中を歩いて行くが花は全くと言っていいほど開いていない。
蕾も木の数の割には少ないのではないだろうか。
扇山からシャクナゲの中を歩いていると、ふと3月の「烏帽子岳」(お帽子岳ではない)から五勇山方面への登山道を歩いているような気がした。
道の曲がり具合シャクナゲの密度などそっくりであった。

暇人さんと烏帽子岩という展望の良い岩場へ登ってみる。
「この景色は見らんばいかんでしょう」ということで岩の根元でしり込みをしていたムツゴローさんを大声で呼ぶ。
イメージ 3
烏帽子岩からの風景
オートスクロールによるパノラマ画像はこちら
最初は遠慮していたオジンさんもしつこい勧誘に根負けしたのか、しぶしぶと登ってきた。
その眺めに感動したかどうかはわからないがブログネタ用に提供したポーズを見事激写しブログに掲載しているので、私のあられもない姿に興味がある方は一見の価値あり。

烏帽子岩からは急斜面につけられたジグザグの道をただひたすら下るだけ。
そうして予定通りの15時過ぎに内の八重登山口に到着。
ここでムツゴローさんから握手を求められた。
長丁場の縦走を成し遂げた充足感から自然に手が出たのだろう。
メンバーのみんなが笑顔で実にいい顔をしていた。

これで宮崎キャンプ2日目の話が終了。
とはいかないか。

登山口からキャンプ村へ帰るまでがまた一仕事だった。
何しろ荒れたダート道。
昨日は暇人さんの車で30分で駆け抜けたダート道も、○○族仕様の低床者に4名乗車ではすんなり前へ進めない。
冷酷冷静な運転手から重い人順に車から降りなさいとの指示。
イメージ 4

車に乗ったり降りたり何回したのだろう。
ダートを抜けるのに結局1時間近くかかったと思う。
ひょっとすると登山口からずっと歩いていても1時間もあれば通過できたかもしれない。

それからスタート地点のごぼう畑登山口に暇人さんの車を回収しに行ったから、私たちが毎日通ったAコープ五ヶ瀬店で買い出し。
私は、夜の寒さ対策の為に使い切りカイロを購入。
結論から先にいうとこのカイロは不要であった。
寒くて寝られなかったのは初日だけで後の3日間は着こんでシュラフに入ることもなく快適な睡眠がとれた。

夜ごはんはお湯をかければ出来上がりのグリーンカレーとイワシかサバの缶詰にツナ缶だったかな。
食後、風呂に行くというムツゴローさん夫妻に同乗させてもらい木地屋という宿に行く。

※前回の記事で一日目に木地屋に行ったと書いたが記憶違いであるので訂正する。

ムツゴローさんは食事の時にアルコールが入っていたので奥さんの運転となる。
目的地までは、車のナビが指し示す方向をムツゴローさんが見て、その情報をもとにムツゴローナビが奥さんに指示を出すと言う、デジタルなのかアナログなのかよく分からない方法で目的地へ着いた。
そして帰路がさらにあれである。
キャンプ村まで帰る道が分からないと運転手さんが言う。
運転手たる者一度走った道は覚えていなくてはいけないと思うが、このお方は山道でもさっき歩いた道なのか初めて歩く道なのか分からないのだからちょっとあれと言えばあれである。

こうやって宮崎キャンプ2日目が終了した。
明日は6時40分出発とのことで5時起床と命令がとぶ。
このオニのようなスケジュールを組んだ軍曹は一体誰だろう。

私は夜中の騒ぎも全く知らずに熟睡したが、2日目の夜はテント泊のキャンパーも増え騒がしい集団もいたらしい。
たまらず誰かが怒鳴りこんだらしい。
真正面から苦情を言える勇気が時には必要だろう。

イメージ 5
今日のGPSデータ(暇人さん提供)

(2010年5月2日)

この記事に

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