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「まっぴら君」などのナンセンス風刺漫画で知られ、テレビでも活躍した漫画家の加藤芳郎(かとう・よしろう)さんが6日午後10時36分、呼吸不全のため、都内の病院で死去した。
80歳だった。
告別式は近親者のみで済ませた。
喪主は妻、敏江さん。
東京生まれ。
病院で働きながら夜間学校に通い、東京都の公園緑地課を経て1947年から漫画家生活に。
「オンボロ人生」「千匹の忍者」「オレはオバケだぞ」など庶民的ユーモアととぼけたナンセンスにあふれた作品で売れっ子となり、漫画界では横山泰三、荻原賢次氏と共に「戦後派三天才」と呼ばれた。
54年から毎日新聞夕刊で始まった4コマ漫画「まっぴら君」は、2001年6月23日掲載を最後に病気で中断するまで連載47年間、1万3615回に達し、全国紙では空前の長寿連載記録をうち立てた。
「漫画は日本の文化であり芸術」を信念とし、70年代の劇画ブームに抗して一枚漫画の保護を訴え、あくまで「大人の笑い」を追求した。
モジャモジャ頭とチョビひげがトレードマーク。
68年から91年までNHKテレビ「連想ゲーム」の男性軍キャプテンを務め、巧みな話芸、おおらかな人なつこい笑顔でテレビタレントとしても親しまれた。
漫画界のまとめ役としても活躍、81年から92年まで日本漫画家協会理事長を務め、同協会の社団法人化に尽力した。
92年から96年まで同協会会長。
81年から読売国際漫画大賞の選考委員を計12回務めた。57年文芸春秋漫画賞、88年菊池寛賞、99年「まっぴら君」で日本漫画家協会賞文部大臣賞。
昨年3月から胃がんで入退院を繰り返していた。
漫画家のやなせたかしさんの話「戦後、若くしてナンセンス漫画の寵児(ちょうじ)となった天才。
喜劇役者の三木のり平さんに『漫画家にしておくのは惜しい』と言われたほど芸達者で、面白い人でもあった。
劇画主流の時代になって、もう一度ナンセンスの時代を、と嘆いていたのが思い出される。
子供の頃からの漫画家であり、司会者でもあった加藤さんのご冥福をお祈りするとともに、又昭和のそして偉大な漫画家をなくした。
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