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えもんどら(絲綢之路)さんからのトラックバック記事です。
http://blogs.yahoo.co.jp/emondora/20021173.html
食文化、考えると歴史的にも色々ありますよね。
■ジンギスカン鍋がモンゴル侵略の後に世界一周してきたらア〜ラ不思議、ハンバーガーになってたり、
■コショウ、つまり肉食文化が大航海時代の主要原因だったり、
■アンデスの『不味くてデカイ(安い?)』芋がたまたま航海上最適だったという理由だけで現在ジャガイモとして世界的に流通してたり、
■紅茶ブームがアヘン三角貿易を成立させ、清(〜現中国)の国際的地位をズタズタにしていたり、
■軍制上噛みちぎらなくてはいけない薬莢に『牛脂・豚脂』が塗ってあったおかげで、ヒンズー・イスラム両教徒の傭兵が一斉に大激怒したり(セポイの反乱)、
■現代でも鯨の食文化を西欧諸国が認めないために、人類の漁獲が危機に瀕していたり(彼らは飢え死にしても鯨を愛護したいようですね)。
今日はその中でも、現代史において極めて示唆に富むだろうお話をしますね。
……少し眉唾でご覧になっても、結構ですよ。
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古代インドのバラモン教祭典集、「ヴェーダ」(B.C.10世紀ごろ〜)には、牛を生贄にする祭礼が記述されているそうです。
ナヌ?と思った方はお察しが早い。そう、今のインドのヒンズー教では、牛は神聖な生き物ですよね。生贄なんてとんでもない話です。
バラモン教は、ヒンズー教の原型です。
……いつ変わったのか……?
古代インドでは、農耕が栄え、人々は豊かな暮らしを送り始めました。
しばらくすると、より富んだ人々……司祭のバラモン達は肉をより多く食べるようになってきました。 今の僕ら日本人と同じですね。
農家にとっても、高く売れる肉牛は、穀物を作るより効率がよいものです。ある程度お金ができると、農家の人々はこぞって牛を飼うようになりました。
今まで農耕地だったところに、草原だったところに、たくさんの牛が放たれてゆきました。
牛は草を食い荒らし、その巨大な体重で地面をつき固めます。みるみるうちに北インドの土地は荒れ、サラスバティ(弁天様)の川は涸れ、ラジャスタンは砂漠になってしまいました。
それだけではありません。牛を肥やすには、たくさんの穀物が必要です。貧しい人々はどんどん飢えていきました。その横で、富める人々は肉をおいしくいただくわけです。
何かがおかしい……
気づいた一人の青年がいました。
誰あろうこの人こそ、ゴーダマ=シッダールタ。ブッダです。
時、B.C.527年(※)、ブッダ、菩提樹下に大悟す――
彼は、「不殺生」=肉食をやめよう、「衆生一切平等」=皆平等に生きる権利がある、と、バラモン教へのアンチテーゼ・階級闘争を前面に押し出した生き方を説きはじめました。
貧しく飢える下層の人々は、一筋の光明として、彼の意見に耳を傾けました。
こうして仏教は、急速に信者を増やしていきました。
困ったのは富裕層のバラモンです。自分達が司る教義が否定されるどころか、自分達の暮らしの基礎である最下層の人々から日に日に離反していくのですから、たまったものではありません。黙って牛肉を食べ続けていれば、その分自分の足元は小さく不安定になってゆくのです。
(この頃の肉食を嗜好するバラモンと、肉食をやめるように勧める仏教徒の議論も、文献に残っているそうです。)
ついに誰か、少し頭のいい人が気づいたのでしょう。
「このままではいずれ食べられなくなる……それなら、
もう食べるのをやめようじゃないか」
「向こうが不殺生と言うなら、こっちは神聖不可侵だ。
今後牛を食うこと、一切まかりならん!」
バラモン達は食生活と教義を一転、必死で巻き返しを図りました。
その甲斐あってか――元々バラモン教の神々に慣れ親しんだインドの民は、次第にバラモン教・ヒンズー教(4世紀ごろ〜)へと回帰してゆきました。
現在のヒンズー教におけるブッダは、『悪法を説く者』として、ヴィシュヌ神の化身の一つとされています。よっぽど懲りたみたいですが、仏教からの改宗を円滑に進めるためのギミックなのかもしれませんね。
また、「ヴェーダ」の牛の生贄の箇所は、『一種の比喩表現だ』として(ウヤムヤにして)いるそうです。
――以上が、「ブッダ=社会改革者説」の概要です。
ブッダへの見方はいかにも西洋然とした解釈で、少し受け入れにくいのですが、僕は現代文明への優れた警鐘として、この説を面白く思います。
この食文化のパラダイム転換は、現代向けにヴェジタリアンが創作したものでは?と穿った見方さえしたくなります。
が、もしこれが本当なら――実際に現代の肉食文化は、人類の農業全体を相当圧迫し、砂漠化を加速しています。『インドは早くもニ千五百年前に、最先端の思想を得ていた』としても、あながち過言ではないでしょう。
「な〜んでこんな美味いモノ食わないんだ?」と、異なる食文化を嘲笑するだけでは、いつまでもニ千年前のバラモンと一緒です。
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そろそろ「アメリカ牛肉輸入再開」が迫っていますが、個人的に思う分には、『いい加減にしろ!』としか言いようがないです。
貴重な地力である地下水を汲み上げて円形農場(写真)でばら撒き、育った作物は飼料として牛を肥育させ、それでも足らずにアマゾンの森林を焼いては飼料を作らせ……。 その陰で、人がばたばた飢えて、死ぬ。
こんなことをしていて、持つわけがない。サステナブルが聞いてあきれます。
(他、今は『やってない』らしいですが、同じ肉牛の肉骨粉を与えて『草食動物』を『共食い』※させていたと聞いたときには、はっきり言ってそのおぞましさに吐き気がしました。)
※追記:「共食い」でビビッときた方が多かったようですので、
「肉骨粉と生命への畏敬〜「ブッダと牛肉」補遺」に私見を追記します。
http://blogs.yahoo.co.jp/amatsukaze1/19775663.html
安全性以前の問題です。
極めて個人的なお願いなのですが――
今後一切、僕にアメリカ牛肉およびアメリカ牛由来の加工品を口にさせないでください。
――この国のゆたかな大地には、人の口を潤す穀物を、たくさん作ってほしい。
もっともっと、世界に愛される国に、永久に栄えある国に、なってほしい。
そんなアメリカを……愛したいんだぜ〜っつ(絶叫^-^)!!
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画像は、テキサス州北部の円形農場。
大きな円の直径は約1マイル(1.6km)もあります。
主要作物は飼料用トウモロコシ。
(byグーグルアース)
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■次の記事
肉骨粉と生命への畏敬〜「ブッダと牛肉」補遺
http://blogs.yahoo.co.jp/amatsukaze1/19775663.html
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Ulul;U/え・・・のえるん゜ミタイに、共食い゜(ミスド・ノエル)してたのね。人間は、たべないぞ。ひょぇぇ〜〜〜〜〜〜っ!!!
2005/12/13(火) 午後 0:30 [ noe**31_ro*ey*y ]
>ノエルさん うんうんT▽T BSE問題で禁止されて、ホッとしてます……(てゆーか、逆に言うと、BSEがなかったら、今も続けてたってことですよね。あぁあぁあ人間の残酷さよT-T T-T T-T)
2005/12/13(火) 午後 8:10
。。。たくさんの歯車の中のどこか。。。小さな一つがずれてしまって次々にずれて大きなずれになって現在の矛盾だらけの世界を作り上げているような気がします。。。。「自分くらいいいだろう。」じゃなくて「まずは自分から」ずれを直していけば。。。素晴らしい世界に大転換出来るのじゃないかなぁ。。。ふぅーむむ!勉強になりました(^ー^)b
2005/12/13(火) 午後 8:34 [ ALOHA*おはな ]
>おはなさん そうですね〜^^ 僕も他人を巻き込むノリはニガテなので、個人的な自由意見を述べるにとどめマス。 ただ、自分の『常識』からも一旦フリーで考えてみるテクニックがあると、今の世界の欠点が、ガラッと透けて見えてくるかもしれませんネ。
2005/12/13(火) 午後 9:09
アメリカ産牛肉の輸入が禁止されたことで外食産業が打撃を受けましたが(仙台の牛タン屋が存続の危機に陥ったりなど・・)食の安全ということが一番大事なことなのではないでしょうか。輸入再開が近づいていますが本当に大丈夫なのでしょうか・・・。
2005/12/13(火) 午後 10:57
共食い・・・人間に置き換えたら恐ろしいことなのに、BSE問題が起こらなければずっと続いてたんですね。本当におぞましいことですね。
2005/12/13(火) 午後 10:59
>いな☆たまさん 実際……牛タン大好きなんですよぉ〜T△T こちらが身を切る思いで『食・わ・な・い!!』って言ってるの、アメリカのビーフ業界も、ちぃとは分かってほしいです☆
2005/12/14(水) 午前 0:29
>junjunさん ええ……まさにその、『人間に置き換えることができるかどうか』という点で、日本人と西欧人の決定的な食文化観(というか生命倫理観)の差を、思い知らされますね……。
2005/12/14(水) 午前 0:34
そうだ!アメリカさんに鯨の養殖をさせてあげよう。それなら、無尽蔵に買ってあげようじゃないですか。。。ほっほっほ・・・
2005/12/15(木) 午前 0:44 [ ながプー ]
>nega_po0hさん あ、それナイス・アイディ〜ア! マッコウとかガツーンと……♨ (うーん、まじめに考えると、できるかどうかはともかく、クジラの食事量そのものがネック、ですね^^)
2005/12/15(木) 午前 1:12
トラックバックありがとうございます!!!ホント、勉強になりましたよ^^BSEは我々の食生活に対する警鐘なんですね。共食いの行の部分が一回読んだだけでは分からなかったので、何度か読み返してみます^^;
2005/12/16(金) 午前 1:45 [ ]
>えもんどらさん あ、こちらこそ〜♪ このお話、なかなかオモシロイでしょ^^ インドでの弁天信仰の荒廃理由も含まれていたり、味わい深いデス♨ (『共食い』の一行に皆サンかなり敏感な反応なので、後でちょーっとだけ追記しますf^-^;)
2005/12/16(金) 午前 9:11
何かと思ったら畑の写真なのですね!よくこんなもの作るなあ。。。
2005/12/17(土) 午後 1:53
>AZさん スゴイですよね、『現代機械化農業』の頂点……砂漠の王国サウジも相当導入してるみたいですが……さて……。(参考す→http://www.eorc.nasda.go.jp/imgdata/topics/2005/tp050418.html)
2005/12/18(日) 午前 7:14
なるほど! ブッダの話、ココまで詳しく知りませんでした… 勉強になりました。生態系を考えると、やはり人間ってヤツは… と思ってしまう。⊂⌒~⊃。Д。)⊃
2006/7/31(月) 午前 1:47
>トナカイさん チェキラ・サンキュです☆ミ この説はややキワドイ史観かも…ですが、脈絡がみごとに合っているところがナイス説です。古い本ですがジェレミー・リフキン(米)著「脱牛肉社会への挑戦」というかなりキョーレツな『アンチ・牛肉食複合体社会』の本に載ってマシタ^u^
2006/7/31(月) 午後 5:50
ス、凄いタイトルですね<アンチ・牛肉食複合体社会 …読まずとも内容が想像出来る…カモ… (^◇^ゞ
2006/8/1(火) 午前 1:24
>トナカイさん あ、ま、間違えました;;;;「脱牛肉文明への挑戦」でした;;; この本、1993年の著作ですが、日本国民にとって頼りになる存在かと思いマス(これも米国産ですし^^)→http://www.amazon.co.jp/gp/product/4478200289/249-4026022-8664319?v=glance&n=465392&s=books
2006/8/1(火) 午前 2:22
もう古い記事にレスをしてしまいますが、不殺生=肉食の廃止ではありません。
不殺生は自らの手で殺さないということです。ですから托鉢の際、もし肉を頂いた場合は、ブッダ達は食していたわけです。
仏教が極端な菜食主義に変わったのは主に中国に伝わってからのことのようです。
2009/3/6(金) 午後 1:22 [ 通りすがり ]
>通りすがりさん
あ、どうぞどうぞお気軽に^^ フォローアップありがとうございます。
本文で紹介しました説は、『ブッダ=社会改革者』という近代史的人物像を中心に据え、古代インド数千年の環境史・社会史・宗教史を概説しています。
ですので、ブッダ本人の視点・教えそのものや「三種の浄肉」などの諸教義との整合性を考えると、仰るとおり根本的に大きな難点があると僕も思います。
ただし、現代の我々が直面している環境問題と突き合わせて考えるには非常に意義深く思えましたので、こういった考察もあるという意味で紹介しております。
なお、中国での変遷を経て『菜食』仏教が日本に伝播したというのも、仏教の可塑性の高さやキャパシティの広さを表しているのかもしれませんね。
2009/3/10(火) 午後 5:32
なんだか、考えさせられます。
確かに動物を食べるために飼うより
その動物を飼育するための飼料を食べたほうが
よほど 多くの人間の生活を支えられるでしょう。
当の(?)牛さんとしては
複雑な気分ですね。
2009/7/13(月) 午後 10:18 [ ushisan ]
>ushisanさん
わ〜過去記事へのコメント、すっごく嬉しいです♪ ありがとうございます〜^▽^☆☆
そうですね…そのロスが一番のポイントですが、現在の(とくに米国の)牛肉産業は、フローチャートにするとそこら中問題だらけなんですよね。
でも、僕も牛さん大好きですよ^▽^ 牧場行ったらペロペロなめてくれて優しいですもん♪
2009/7/14(火) 午後 5:34
畜産は地球温暖化の大きな原因であり、飼料の量がハンパなくて人間に穀物がまわらない。
餓死していくかわいそうな人達。。それでも肉食するのでしょうか。
食べたいならサバイバルで自分で殺して食べたら?
自分の手で殺すのがダメで他人の手で殺した物はいいなんておかしいわ!!
宗教はキチガイじみてる!!
2011/5/24(火) 午前 0:22 [ ジークンドー ]
>ジークンドーさん
お怒りよくわかります。菜食主義の方には、ノンベジの抱える自己矛盾(人間の「業」を見ようともしない…)に憤懣やるかたないお気持ちでしょう。せめて屠殺の体験や見学を教育に取り入れるべきでは?と僕個人は思います。(肉を食べ続けるなら、ですが)
あと、んーと、宗教の一点一点の論理破綻は、責めはじめるとキリがないとも思いますヨ。そもそも、体に害をなす細菌を殺傷しなくては我々は生きてはいけません。すべての命を平等に尊重するなら、細菌すらも立派な命であります。その中で「自分の腑に落ちる」妥協点を探すのが大事なのですが、これは他者を否定する根拠にはならないと僕は考えます。
2011/5/25(水) 午前 0:30