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ほぼ10年くらい前からインターネット上の古本屋が発達して、ずいぶんお世話になっている。
旧師が若いころ読みふけったという『日本名著全集』の一冊『俳文俳句集』、私が興味を抱いている江戸期の「マイナー・ポエット」の一大アンソロジーということで、ぜひ読みたいと切望した。が、上京して神田と早稲田の古本屋街をそれぞれ半日ずつかけて探しても見つからず、仕事場でいっしょだった江戸文学研究者に紹介してもらった古書店で探してもらっても「最近は、もうこの本はなかなか出ませんからねえ」という返事しかもらえず、一度は諦めた。だが、インターネットの古本屋が利用できるようになってから、金沢市の古本屋にあることが分かり、ようやく入手し読むことができた。
こんなふうにインターネット経由で古本を買っていると、ときどき思いがけない出会いがある。ほんの二束三文の値で取り寄せた本なのに、梱包を解いて表紙を開くと著者のサインがあり、ときには献辞まで書いてあったりするのだ。著者のサイン本だから高値がつくというのは、せいぜい開高健あたりの世代までのこと、自分のような若手の作家のサインなど、古本屋からみればむしろ本の汚れに等しい、といった話を村上春樹がずいぶん以前のエッセイに書いていた。だが、開高よりももっと古い世代の作家でも、私が偏愛するようなマイナーな作家になると、サインがあってもなんの付加価値にもならないということなのか。ちょっと寂しい気にならなくもない。
インターネットで見つけたわけではなく、自分で買いこんだわけでもないが、いままでで一番驚いた献辞入りの古本は、西田幾多郎の一連の著作の単行本である。1989年、八王子に引っ越してまもないころ、近所の古本屋の隅にあるのをなにげなく開いたら、墨痕鮮やかに「西田幾多郎」とあり、日本におけるヘーゲル研究の泰斗だったK氏への献辞があるではないか。たしか『哲学の根本問題』とか、『働くものから見るものへ』とか、主要な著作が数冊あったと思う。おいおい、なんだって、こんな本がここに売り物としてならんでいるんだ?
このK氏、戦前の財閥・鈴木商店の大番頭で財界のナポレオンと称された人物の息子で、のちに西田幾多郎の娘婿となった。西田は娘を嫁がせるに先立って、K氏の教授だった和辻哲郎にK氏の人物について問いあわせたこともあったそうだ。この本は、娘婿への挨拶まじりの献本だったのだろう。
それにしても、そんな大切な本がどうして古本屋に流出したのだろう。 K氏の歿後、蔵書が散逸して、その一部が八王子の古本屋にまで流れてきたのか。私が古本屋でびっくりした1989年は、K氏が亡くなってから2年たらず。蔵書が散逸するには、ちょっと早すぎる。それも、K氏の岳父の献辞入りの本、遺族が簡単に手放すとは考えにくい。ひょっとして、心得の悪い人物が蔵書から失敬して換金したのだろうか(たしか林達夫のエッセイだとおもうが、他人から借りた本を古本屋にもちこんで金に換える「豪傑」学生の話があった)。
あの献辞入りの本、その後、どうなったことか。
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