桜 (改)
|
いかがお過ごしでしょうか? このところずいぶんと暖かくなってきましたね。日に日に朝夕の寒も緩んでまいりました。コートの中に着ていたトレーナを一枚余計に脱いでも、日中外を歩くと、背中にじわりと汗が滲んでくるほどです。今日は桜の花もだいぶ咲き始めました。陽のあたる秀(ほ)つ枝には薄紅が混じり、来週にはもう空が桜色に染まって、風が吹くほどにその下枝も色づき、空はいっぱいの匂うがごとく春の息吹でさざめき合うことと思います。 たしか、昨年の今頃でしたでしょうか、貴女(あなた)と歩いた隅田川の河岸の桜は見事でしたね。川風は心地よく潮の香りが微かにしました。茜色の夕陽が対岸の桜をつつみ込み、花びらが燃えるように川面に散っているのがこちら側から見えました。その絶え間ない落花の光の散乱の中へ、このまま永遠に貴女と一緒に溶けていくことができたらと思ったものです。私はその時、その一瞬が手に入るのなら命も惜しまなかったかもしれません。 ここ数週間、私といえば職場である某都立病院に通う途中の、路地裏にほころび始めた木々のつぼみに癒される毎日でした。立春が過ぎたころから梅や木蓮の花芽が膨らみ、枝節の筋張ったかたくなさも心なしか緩んで優しくなりました。すると折からの南風のひと吹きで、枝に恥ずかしげに点じた木々の花のつぼみには、朱や白蝋色がさっと注し始めます。まるで無地のカンバスに最初の一筆が刷(は)かれたようでした。この一筆に、まだ残る冬枯れの景色までが急に引き締まって、色づきのほころびを後ろから引き立てているようです。そしてそんなつぼみに癒されながらも、貴女の面影は忘れられません。 私はいつもこの時季のつぼみの姿に、どこか希望のようなものを感じてしまいます。それは一点の曇りも無い無垢がこの地上に発芽するような趣きなのです。花が開いてしまえば、それらもこの世の塵埃にさらされて清浄を失っていくような気がします。そうしてもう少し時が経つと、どの花姿にも騒がしさがさし込み、どうにも興ざめの呈になるのですが、一方の朝寒(ざむ)の小ぶりのつぼみには、どこまでも凛とした清々しさが残っているかのように見えるのです。固いつぼみが朱や白地に染まりおちこちに弾けるとき、脈絡のなかった春の生命力は、私たちの目の前で横一線に揃って、水しぶきのようにほとばしります。しかしそれでも貴女の微笑みには比べようもありません。 今日は職場の窓の外に二分咲きの桜木が見えました。朝はまだ咲いていなかったのに、暖かな春の陽射しを浴びて、帰るころには華やかな花影が、隣の病棟の屋根の上で暗色の枝ぶりを塞ぐように色づいていました。それはすばらしく大きな古木です。鱗のような樹皮は深い皺を刻み、人の背の高さまでびっしりと苔で覆われています。昔、この病院が某癲(てん)狂院と呼ばれていた頃に植えられたものだそうです。それはどこか妖気を漂わせ、この病院に入院している患者たちの狂気を一心不乱に吸い上げて、毎年この時季になると雲高く散らし、花びらとともに天(あま)つ空にその狂気を返しているかのようです。恋まどう私の心も実は同じです。 天気予報によれば、明日は寒冷前線の通過にともない春の嵐がやってきます。満を持して、一年ぶりの真打登場の桜にとっては災難なことですね。咲き乱れる花の夢にうなされるほど待ちわびた桜花が、目覚めてみれば、春の嵐とすでに消えていたということにもなりかねません。でも私はひょっとしたら、心の底でそれを望んでいるような気もするんですよ。桜の花は妖しい美しさを湛えています。その美しさに秘められた荒々しさで、この春たけなわになると、私の中のなにもかもをひっさらっていく感じなのです。開花とともに張りつめていく狂気を宿したその美しさ、その後にくる落花のさなかの繊細さの極致、風もなく地に落ちるひとひらの桜の花びらは、我々の親しい時や空間をも無視して、軒下の遮光に消えたかと思うと、そのまま地の底の光も届かない暗きょの中へと沈黙して行くようです。 美がまさに本体であるものは、見る者の私の心を芯から疲れさせるだけです。そこに希望などというものはどこにも見いだせないのです。まして恋止(や)みを望むほどに胸の火は盛り、貴女にお会いもできず、思い出のあてもなく虚しき空に消えていく私の心には。
どうぞ貴女のつつがないそのお顔を、また一目でいいから拝見いたしたく存じます。桜の花が私を狂わす前に、このままでは貴女の幻に私の気が狂(ふ)れてしまいそうなのです。 |






