日記
異なる意見を言う難しさ和を尊ぶ日本人は
人の気持ちを配慮したりする優しさと
強い者には巻かれる弱さを持っていると思います。
僕の医局の教授は
獨協医科大学出身で
いわゆるエリートの
東大や慶応大などの出身ではありません。
そのためか
人柄なのか
医局員はかなり言いたい放題言っても
大目に面倒をみてくれます。
それでも
やっぱり教授が決めた方針に
異議を唱えるのは気が引けます。
医学は数学ではないので
日進月歩で変化しますし
患者さんの背景によっても
正解は1つとは限りません。
同じ病気に
様々な選択肢が存在するのです。
だから
たとえその病気の権威者の意見でも
絶対とはいえないのです。
だから教授が言うことでさえ
すべてが正解とは限りません。
その点
軽口を叩いても大丈夫な
うちの医局は
いろいろな意見を言い合うことができることが
良いところだと思います。
大学病院を出て
小さな病院で一人で頑張っている人は
この点に注意しなければならないと
思うときがあります。
人は
偏った考えを持ってしまうことが時にあります。
ちょっとした思い違いなら
誰かがそれを指摘すれば
それで終わりなのに
誰もそれを指摘しないと
どんどん道が逸れてしまう。
昔はそんな人ではなかったのに
周囲の人と関わりを持たなくなって
ひとりよがりになってしまい
とんでもない
間違いを繰り返してしまうようになった人を
たまに見ます。
自分も何年か医者をやっていると
どんどん先輩達が辞めていって
あまりうるさく言われなくなってきました。
そんなだと
たまに後輩から
いろいろ言われると
うるさいこと言うなとイライラしてしまいます。
特に
緊急の手術のスケジュールのことになると
外科医も
麻酔科医も
看護師も
患者も
みんな自分の都合を言うので
嫌になってしまいます。
でも
こういうふうに
いろいろ言ってもらえなくなったら
もっとやばくなってしまうと思って
感謝するようにしようと言い聞かせています。
教授や医局長なんて
もっといろいろやることあるのに
給料や
休みのことまで
言われてたんへんだと思います。
原発事故の問題も
津波による被害が起こるまでは
原発は正義であり
絶対の安全を疑わないという意見で統一されていました。
よくよく考えてみれば
こんなにたいへんな問題が
1つの意見に統一されていたことが異常だということに気づくべきでした。
どこかで
こんな話を聞いたことがあります。
全員意見が一致する会議は
やる意味がない。
もっともだけれど
実際のよく行われる会議は
初めから全会一致のものがほとんどで
報告会といってもいいものです。
自分と異なる意見を聞くことは
あまり心地よいものではないけれど
いろいろな意見や尺度がある社会が
本当の正常な状態だと思います。
子供や老人
障害者や病人
などなどが
存在する社会が普通ですものね。
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