石の思い

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2012年2月4日

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『田中正造』 佐江衆一

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「真の文明は山を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし」


『田中正造』 佐江衆一 (岩波ジュニア新書)
読みおえました。

たまには真面目な話を。

2011年3月11日の大地震による原発事故のあと、日本で初めての公害問題「足尾銅山鉱毒事件」を闘った田中正造が注目されているそうです。

自分、高校が栃木だったので渡良瀬川(わたらせがわ)は3年間まいにち渡っていましたが。
よもや水没した谷中村(やなかむら)を3年間通り過ぎていたとは夢にも思わなんだ。でした。

Eテレの特集を見逃してくやしい思いをして手に取った本書。
田中正造のこと、もっと知りたくなりました。
今度は立松和平さんの小説を読もうかな?
でも、小説的なものよりもう少し資料の方を漁りたい^^

さて田中正造ってどんな人?生まれは下野の国、いまの栃木県。名主の子として生まれます。
自由民権運動にめざめ、地方議員から国会議員へ。そんな時に足尾の鉱毒事件は起こるのです。

衆議院議員としての国会での死闘。それに敗れ議員辞職をしての天皇陛下への直訴。
政治の世界に絶望し、一人の人間として谷中村へ入り、村の人々と最後まで闘ったその記録。

ちょっとだけ抜き書き。

正造の書いたものより。

明治11年、38歳の正造が決めた事柄というのがめざましいです。
前年の10年に終わった西南戦争による物価高騰により、数か月で大変な利益を得た正造は、
かっきり3000円(当時としては莫大な金額)の利益の使い道を決めます。

「今日から自分の営利的事業のためには、精神をつかわないこと。」

こう定めてしまいます。

自分のこれからの全生涯を公共の為、政治の為にささげようと決心します。

国会議員になった正造。そんな時に起こったのが足尾銅山の鉱毒問題です。

足尾銅山の鉱毒事件。
というのは、歴史の教科書ではなぞる程度に習うところで。
さて、北関東人にはなんとなく他人ごとではなくなじみのある言葉なのです。

かつては洪水によって肥沃な大地に生まれ変わっていた渡良瀬川付近の土地。
源流の足尾山に銅山が出来、そこから鉱毒が流されるようになり、川の付近の人々は生活を脅かされるようになります。
周囲の村々が力を出し合って足尾銅山操業停止の運動をしますが、その声もなかなか国には届かない。

そんな時、国は谷中村(やなかむら)に目をつけます。
この村を潰して巨大な貯水池を作れば洪水は解消される。
周辺の村々も、「自分の村が助かるのなら…」と、とたんに運動はにぶりはじめます。

時は日露戦争。軍靴の足音が聞こえてくる時代。
銅の生産は国家事業として推進すべき国是であります。
古くから谷中村に住む人々は、「立ち退かないのは国の為ではなく、非国民だ」とののしられるようになる。日本は文明国として邁進しなくてはならない、そんな時代の空気でした。

文明とはなにか?と問いかける正造。

「真の文明は山を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし」

「自然を害するに至って、その害のはなはだしいほど今では文明の利益とするところが多い。
しかしこの利益なるものは、天然自然から受ける利益ではなく、誠に人造の利益である。
この利益は文明というものではない。
天が与えずに人が与えるものは、害が必ずそのなかにあるものである。」

一方では買収金をちらつかせ、脅す官吏の姿があります。

「日露戦争でわが日本帝国は強大なロシアと戦っているのだ。足尾銅山から増産する銅は、日本軍の大砲や弾丸になり、お国のために活躍しておる。もし日本が負けたらどうなる?日本中がロシア兵に踏みにじられ、この村の女子どももひどい目にあうのだぞ。お国のためにこの村に貯水池をつくるのだ。お前らが立ち退くことが、天朝様(天皇陛下)とお国のためになるのだ」

亡国とはなにか?と問いかける正造。

「この村を捨てることは、決してお国のためではないのだ。村があって国がある。村々があつまってはじめて日本国という国があるのじゃ。この谷中村が滅びるということは、国が滅びるということだべ。お前さん方が家族を守って、祖先伝来のこの村で田畑を耕し、生きてゆくことが、なによりも尊く、お国のためになりますのじゃ。そうではなかんべか」

村人ひとりひとりに説く正造。

日々の苦しい生活に、わずかな賠償金でも…とのどから手が出るほど欲しい村人は、ひとり、またひとり、と村を去ってゆきます。

<一つの村の自治が失われ、一つの村が滅びることは、国が滅びることだと、正造はこの谷中に入って心の底から考えるようになっていたのです。谷中村の亡村はすなわち亡国でした。>

大正2年、正造が72歳でがんにより没します。その五年後に谷中村は水没してしまいます。

生涯闘い続け、生涯負け続けた男の人生とその事業が終わりました。

それならば彼の人生は無駄な、とるに足らないものだったのでしょうか?

そんなことはないと思います。
谷中村の残留民、新聞記者、運動家…さまざまな人が彼の闘いを見守り、伝え、完膚なきまでに敗れたとはいえ、後世に語り継ごうと努力しました。ついには教科書にも掲載されることになりました。

そんな闘いの場を、知らずに3年間素通りしていたのだなあ、といまさらながらしみじみ。

青空文庫に木下尚江(きのした・なおえ)の「政治の破産者・田中正造」というのがあるのですが、
この中の正造の独言が印象深いです。

『政治をやつて居る間に、肝腎の人民が亡んでしまつた』

肺腑に染み入るような独言です。

国会での獅子吼も胸にこたえました。

『今日国家の運命は、そんな楽々とした、気楽な次第ではありませぬぞ。たゞ馬鹿でもいゝから真面目になつてやつたら、この国を保つ事が出来るか知れぬが、馬鹿のくせに生意気をこいて、この国を如何にするか。』

いまの政治家さんたちにも聞かせてあげたいですね^^;

平成の世に暮らす自分は、「ただ馬鹿でもいいので真面目になって」という言葉に打たれました。

・・・というわけで、たまには真面目な話題を。

あんごでしたー。


☆☆☆

『田中正造』佐江集一(岩波ジュニア新書・税込650円)

「政治の破産者・田中正造」 木下尚江 (青空文庫より)

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