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「お前によって、命を溶かされた人たち、たったひと文字さえ、残すこともできずに死んでいった、
その人たちにむかって、書かれた文字がこれなの?」
「ああ・・・」
「なんて、英雄気取りのいい気な文字だろう」
「ザ・キャラクター」 野田秀樹 作・演出
(ネタバレ有りです。観劇予定の方はご注意下さい)
2010年7月31日(土)晴れ。池袋・東京芸術劇場。
(サイレンが聞こえる。あの日、午前8時9分。
サイレーンたちは船人を甘い歌声で溶ろかし、命を奪い骨をしゃぶるという。
あの日、午前8時9分。お前に命を溶ろかされた人々はどんなサイレンを聴いたのか。)
劇場に入る。舞台は傾斜している。「八百屋」とよぶのだよ、と連れから教えられる。暗転。野田地図で暗転は使われるのはめずらしいのではないかな?などと暗闇のなかでぼんやりかんがえる。まだ暗いまま。何かが始まる、という予感。大好きな瞬間。
舞台に少量の光が入る。何か異様な物体、生き物?が地から這い出してくるよう。昆虫?よく見ればそれは天使。羽化したばかりの天使の羽が昆虫のように蠢いて見える。それから神々。舞台がうじゃうじゃと亡者のような神々で埋まる…。
町の小さな書道教室。最初はそうだった。いつからかそうではなくなった。
若者たちが黙々と筆を動かしている。
半紙に名前を書く。「一枚なのになぜ半紙?」
神と紙が入れ替わる。現代日本と古代ギリシャが入れ替わる。筆一本で世界を変える。空に穴をあける。
ギブミーチェインジ。(小銭を下さい) キルミーチェインジ。(殺してください。そしてわたしを変えてください)
「それで、殺して差し上げたんですか?」
「え?なに?」
半紙には契約書になり、書かれた名前は署名になる。
「―――甲は乙に無償で当該不動産を」
「読むな、ただその横に名前をかくのみ」
「でも、この人、このまま名前を書くと、なにかにサインすることになりません?」
「ただ書けよ。書くことでしか僕らは救われないんだ」
・・・・・
この舞台は現実に起きたとある団体がからんだ事件をテーマにしています。
「何故いまになってあの事件?」とかなりの賛否両論が出ているらしいですね。
私も学生時代に連日放映されていたあのニュースを思い出しました。それに関してたくさんの思惑や悲しみや戸惑いや怒りがあると思います。
でも私個人としては、このお芝居を見て、体験できてよかった、と思います。
いつもどおりあらすじを書こうとしたのですが、ちょっと無理そうだったので、思いつくままに感想。
「お前、何にしがみついていたつもりなの?それは、神じゃないよ。袖だよ。
ただの袖。臆病な幼い心がしがみつく袖。」
宮沢りえ演じるマドロミのラストの台詞。
幼い弟にむけていった限りなく悲しい台詞。
儚い夢。俤の弟の幼い幻。(ハカナイユメ。オモカゲノオトウトノオサナイマボロシ)
「お前達の幼い時間が見た幻は、あまりに無惨だ。お前たちの幼さがあまりに無惨な時、
その幼さが抱えた幻もあまりにも無惨だ。」
英雄気取りで空を突いたお前たちの筆は、あの日、午前8時9分。あのポリ袋を突いたのだ。
そうして取り返しのつかないサイレンが街中に鳴り響いた。
これらを全て過去形で語らなければならないという罪を私はどうすればいいのだ?
おもかげの弟、お前を追ってここまでたどり着いたというのに。
アルゴスは窓の桟に腰をかけるようにうずくまっている。呟く。かぼそい声だ。
「話しかけると聞いてくれない。話しかけられたと思ったら、もう聞こえてこない。これは永遠の拷問。」
マドロミ。冷蔵庫にむかってどなる。
「おい、ひと言なにか言ったらどうだい?冷蔵庫に閉じこもったままの、紫色に凍えた、醜いナルキッソス!」
冷蔵庫の扉が、開く。家元が居る。何も見ていない。
マドロミの問いに応えるように―――口をひらく
「 」
・・・・・
野田さんは、ここのところ抑えていた「言葉遊び」をフルスロットルにして挑んでいます。
攻勢かつ全開です。前半は笑わせて笑わせて…後半でガクンと落とします。
セリフ量が相変わらず膨大です。わーっ!と連射されるセリフの散弾銃を全身にあびて、こっちは何が何だかもうワケワカランみたいな事になっています。(まあ発射するほうだってエライタイヘンなんでしょうけど。)付いて行くのに必死ですが、振り落とされちゃっているかも?とポカンとしていると、ふわりと回収してくれます。イケズですね。
今回は我慢がきかず、公演のあとすぐに戯曲を買って読んでしまいました。
振り付けが印象的でした。こわいくらいです。全部の動きがぴったりとあうとあんなに気持ち悪くなるんですね。何度か本当に胸がむかむかしてしまいましたよ(涙)
「スリラー」を意識した(?)ダンスもこわくて…結局目か離せませんでした。何といえばいいのかな?チア・リーディングのような溌剌とした統一感と躍動感とは違うんですね。みんな何も見ていない目で体だけが痙攣的に動いている感じ。心がかき消されている感じ。
気になってパンフレットで調べてみたら、振付は黒田育世さんという方でした。きれいな女性でびっくり。憶えておこうっと!
古田新太、宮沢りえ、橋爪功…この方々の演技はもういうこともないので…省略!
(でもちょっとだけ。)
古田の「家元」は本当に無反省でこわい(;;)反省を知らない人間はもう「人間」と呼んではいけないのかもしれません。
地下室に監禁された女信者に毒を飲ませて殺すシーンでの古田の台詞は尋常ではありません。
「俺は、変身させろといったんだ」
「はい」
「何を聞いていたんだ?殺せなんていってないでしょ。そんなこと言う奴がいる?」
「ですよねー」
(間)
「お前たち、今なにを見た?」
「人間が殺される姿です」
「人間が月桂樹に変わる姿です」
いちばん卑怯で、いちばん卑劣な言葉の使い方です。いやです。
役者さんの話にもどって、
今回は躍動的にあちこちを飛び回る若手の役者さんに注目。(敬称略で失礼します)
チョウソンハ、美波、池内博之、この3人はギリシャ神話内での絡みも多く、動きも多い。
はつらつとした動き。チョウソンハの狂的な陽性。美波のまっとうさゆえに真っ先に殺される悲劇。池内の目撃者、共犯者、そして監視者としての身動きの取れない葛藤、が若々しく生き生きと演じられていました。
池内は、4月にみた「ヘンリー六世」で面白い役者さんだな、と気になっていたのですが、NODA・MAPで観られるとは〜♪ひとりだけむやみやたらにギリシャ的ルックスです。美波は初めて。すっごい美人さんで、小柄なのに全身に電気が走ったようにきびきびとした動き。全身でぶつかってゆく演技でした。
一番気になったのがチョウソンハ。ものすごいハイテンションで舞台じゅう所狭しと駆け回っていました。陽性の狂気。生まれてこのかた一度も現実を直視せずに人生をやり過ごしてしまった幼い魂の役回り。当り役でした。新国立の「夏の夜の夢」では妖精パックを演じられたそうで、「あ、似合いそう^^;」と思いました。
舞台前半で、チョウソンハが舞台から転げ落ちたのってあれはハプニングなの?演出なの?もし7月31日以外で観劇をされた人がいたら教えて〜(><)
「って・・・あっ・・・ぶね―――ッ!!」と叫びながら客席に落ちて、落ちた瞬間には客席から舞台にものすごい勢いで駆け戻っていました。話の流れも切れてないし。あれ、ハプニングだったらあまりに見事な機転だわ…。
チョウソンハの甲高い狂的な声がいまも耳に残っています。
アポローンと、えせジャーナリストの「弟」を演じます。
いやなこと、怖いことをずべてギリシャ神話に変換することで現実を見ずにやり過し、潜入した教団の教義にもいともあっさり染まり「最初の殺人」を犯してしまった青年。そして「あの事件」の実行犯として多くの命を奪ってしまった彼。
「希望(ノゾミ)」と名付けられた彼は背中に「幼」という文字を背負って、どこにたどり着くのか、どこにもたどり着けないのか。
ラストですらも、それはわからないままでした。
NODA・MAP第15回公演「ザ・キャラクター」
於:池袋・東京芸術劇場 2010年6/20〜8/8
作・演出 野田秀樹
(キャスト)
マドロミ :宮沢りえ
家元 :古田新太
会計/ヘルメス :藤井隆
ダプネー/女信者 :美波(みなみ)
アルゴス/希望(きぼう) :池内博之
アロポーン/希望(のぞみ):チョウソンハ
新人 :田中哲司
オバチャン :銀粉蝶
家元夫人/ヘーラー :野田秀樹
古神/クロノス :橋爪功
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