江戸時代からのアーケード、黒石のこみせ
|
雪、雨、日差しを防ぐためにアーケードのある商店街は日本全国に有ります。黒石の「こみせ」もこのようなアーケードの一種で、自分の敷地に自宅のひさしを長く作って雪を防ぐ構造となっていて江戸時代から残っているものです。新潟では雁木といわれています。黒石ではこみせを暗くて汚いものとして取り壊されようとされた(黒石市商工振興課の資料)時代もありましたが、保存の気運が高まり現在まで保存されています。こみせの部分はあくまでも私有地ですので、ここまで建築物を延長して歩道状の部分を分断しても何らかまわないわけです。しかし、現在「こみせ駅」という地域特産品の販売店がある地点は、マンション建設が計画されながらも地域のトラスト運動でこみせの町並みが残されました。 |
トラックバック(1)
トラックバックされた記事
青森 黒石のこみせ
日本の道百選にも選ばれた「こみせ(小見世)」は 伝統的建造物とアーケードが藩政時代からほぼそのままの形で今に残っています これは、全国的にも類例がないといわれています こみせ通りの特徴は、日差しや吹雪から人を守るアーケードがあることです 昔の商店通りだったこ
2008/1/19(土) 午後 11:35 [ 切画師 風祭竜二の世界 ]





深夜に教育テレビ見ていましたら、津軽弁を話す面白い先生が出てきました。一人で二役の一文字を使用した会話をするのです。ご存知だと思いますが大変に面白かったです。
2006/1/19(木) 午後 5:37 [ b5536482003 ]
トラックバックありがとうございます。 すごく綺麗で丁寧なブログですね。 こみせ通りの冬の姿も美しいです。 青森は何度も旅をしたい所です。 また拝見して色々調べさせていただきますね。
2006/1/19(木) 午後 8:53 [ moo ]
去年の秋に行きましたね〜。ホント、ふっと違う空間に来た気持ちになりましたが、この雪を見てそんなのも吹っ飛んじゃいました。恐るべし、雪!!
2006/1/19(木) 午後 9:36
鈴鹿山さま、コメントありがとうございます。津軽と南部は八甲田山で仕切られているから言葉が違うのは御理解いただけますが、陸奥湾沿いに海辺で人の行き来のあるところでは、平内町と野辺地町の町の境が関所があった関係で言葉の境だと言われています。今でも言葉に差異があるようです。
2006/1/20(金) 午前 3:53
mooさま、コメントありがとうございます。mooさまの青森旅行記、感動詞ながら拝見いたしました。再発見がいっぱいありました。何回でもいらしてください、青森に。
2006/1/20(金) 午前 4:11
nonさま、おはようございます。この大雪に「こみせ」の本領発揮です。車道は「つるつるでこぼこざくざくがたがたおっとっと」ですが「こみせ」の中はカイテキです。
2006/1/20(金) 午前 4:11
津軽と南部の境、平内と野辺地の境に有る川が昔は大きな川だったって聞いたことが有ります。今では小川程度でまたいで渡れるとか??南部と津軽の境が狭くなったんだって事も言われてるけどね・・・教育テレビでの一人二役は多分、伊奈かっぺいの出た番組なんだろうなぁ??オレは観ませんでしたけど、本は買いました。
2006/1/20(金) 午後 11:48
gimletさま、コメントありがとうございます。野辺地町と平内町の境の海沿いの小川から烏帽子岳 http://blogs.yahoo.co.jp/aomorifoodkey/12869363.html 間でのラインが藩の境だったとの事です。そのうちブログで紹介させていただきたいと思っております。
2006/1/21(土) 午後 10:12
こんばんは!風祭と言います。今、こみせの切画をアップし、黒石こみせで調べていましたら、此方に行き当たりました。皆さんにもお見せしたい風景が写真でアップされているのに感激しました。TBさせてください!!
2008/1/19(土) 午後 11:34