馬明の路上文化遺産と投資のブログ

4月29日に代々幡町水道制水弇の2個目を発見しました。

マンホール・蓋

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玉川水道株式会社の止水栓

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これが玉川水道の止水栓!







これはマンホールウォークの第76弾です。




 
★1 玉川水道株式会社★
玉川水道株式会社は、1918(大正7)年2月に資本金30万円で創設した我が国最大の私設水道会社で同年11月に玉川浄水場から給水を開始しました。

玉川水道株式会社は水源を多摩川の表流水に求め、多摩川左岸・調布村下沼部に設けた調布取水場で取水した水を、玉川浄水場と亀甲山(調布)浄水場の2箇所で浄水後に荏原郡品川町、大井町、大崎町、大森町、入新井町、羽田町、蒲田町、平塚村、馬込村、池上村、六郷村、玉川村、調布村、碑余村の荏原郡14町村へ給水しました。

玉川水道株式会社はその後、東京市によって1935(昭和10)年3月23日 に買収され、私設水道事業は東京市水道に一元化されました。  


★2 玉川水道の止水栓★
この玉川水道株式会社「以下、玉川水道と略する。」の止水栓らしき小蓋を4月19日に見つけたとの報告がtwitterでありました。

この止水栓はtwitterでの議論や、紋章の画像分析から、玉川水道の止水栓と確認に至っています。

馬明は多摩川を同じく取水源とした荒玉水道町村組合を調べている関係から、玉川水道については以前より関心がありました。

そこで、4月25日に自分の目で玉川水道の止水栓を現場で確認するため、五反田駅から歩いて玉川水道の止水栓があると報告された大崎3丁目エリア近辺(場所が私有地なため、特定されていない。)を散策してきました。

玉川水道の止水栓はこの場所にありました。
詳細な地図は示しませんが、止水栓があった民家の玄関先を一部ご覧ください。
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玉川水道の止水栓は、道路側を上向きにして配置されていました。
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こちらは位置を反対に玄関先から見た玉川水道の止水栓です。
この方が文字と紋章がわかりやすいです。
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玉川水道の止水栓には、紋章を挟んで右書きで“止水栓”と記されていました。
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玉川水道の止水栓の寸法は、100円硬貨と比較して測ると約9cmでした。
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この止水栓は見た感じでもスリムでした。

円で囲まれた紋章部分をご覧ください。
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このように紋章は、“玉”と“川”で構成されていて、玉川水道の止水栓であることが確認できました。


※ その後、玉川水道株式会社の右書き量水器を発見しました。こちらは後日報告させていただきます。



皆さん、『玉川水道の止水栓』をご覧になりませんか?!


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工水 排水弁と右書き量水器

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珍しい工水 排水弁を発見!







これはマンホールウォークの第75弾です。




 
★1 工水 排水弁★
排水弁や排水弇は都内で見ていますが、今回のテーマである工水 排水弁は初見でした。  

この工水 排水弁は板橋区内を流れる石神井川の緑橋傍の歩道にありました。
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この詳細な地図をご覧ください。


工水 排水弁をご覧ください。
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この角蓋は排水弁と記された4隅に工、水が2箇所ずつある珍しいタイプでした。

この車道側には別に工水 制水弁もありました。
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工水の排水弁や制水弁があるのは工業用水を整備して、板橋区の産業を支えた場所柄なのでしょう。

この近くには通信線や珍しい立坑室のマンホールも見られました。
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★2 右書き量水器★
バス停の目の前には大きな石縁付きの立派な右書き量水器がありました。
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この詳細な地図をご覧ください。


右書き量水器をご覧ください。
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量水器の地紋はダイヤ型格子ですが、東京市(都)の紋章はありません。



皆さん、『工水 排水弁と右書き量水器』をご覧になりませんか?!


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千駄ヶ谷町水道の止水栓を発見!

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鮮明な千駄ヶ谷町水道の止水栓を発見!







これはマンホールウォークの第74弾です。




 
★千駄ヶ谷町水道★
千駄ヶ谷町水道は1929(昭和4)年3月に竣工、1932(昭和7)年10月1日に東京市から買収された歴史の短い町営水道でした。  

この千駄ヶ谷町水道の止水栓を国鉄型すとーかーさんが最初に確認したのは、千駄ヶ谷3丁目で、2011年12月17日のことでした。

今回、馬明は旧千駄ヶ谷町と隣接する旧代々幡町で、紋章が鮮明な千駄ヶ谷町水道の止水栓を4月21日に切通しの坂で発見しました。
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この切通しの坂は、かつて代々木山谷に住んでいた岸田劉生が道路と土手と塀(切通之写生) (1915)を描いた場所でもあります。

千駄ヶ谷町水道の止水栓があった場所は、代々木4丁目でした。
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千駄ヶ谷町水道の止水栓が新たに見つかった詳細な地図をご覧ください。


千駄ヶ谷町水道の止水栓をご覧ください。
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ここは旧代々幡町で本来ならば、代々幡町水道の給水エリアなので、千駄ヶ谷町水道の止水栓があったかは謎です。
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千駄ヶ谷町水道の止水栓があった代々木4丁目の場所は、旧千駄ヶ谷町(代々木1丁目のみ現在の千駄ヶ谷4丁目に含まれていた。)ではないので、給水区域外です。

しかし、この場所は千駄ヶ谷町と隣接した町域であることに間違いはありません。
なので、ここに給水されていたのも不思議ではありませんが、千駄ヶ谷町水道の敷設計画図もわからず、実際に給水されたか否か仔細は不明です。

拡大した千駄ヶ谷水道章をご覧ください。 
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皆さん、大変レアな『千駄ヶ谷町水道の止水栓』をご覧になりませんか?!


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代々幡町水道の制水弇を発見!

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代々幡町制水弇を見つけた!







これはマンホールウォークの第73弾です。





1 代々幡町水道
東京府豊多摩郡代々幡町(よよはたまち)は1915年(大正4年)に誕生しました。

代々幡町水道は1931年10月に通水し、代々幡町が1932年(昭和7年)10月1日に渋谷町、千駄ヶ谷町と一緒になって、東京市渋谷区となるまで極めて短い歴史の町営水道でした。 

代々幡町水道制水弇の存在を最初にOkaさんが笹塚で確認したのは、2010年9月11日のことでした。

馬明はこの代々幡町水道制水弇の現存を、4月1日に和田堀給水所へ行く前に笹塚周辺を歩き回り、1年7月ぶりに三井住友銀行前の歩道で再確認しました。
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★2 代々幡町水道制水弇を発見★
馬明は代々幡町水道制水弇を探し求めて、やっと初台1丁目で笹塚タイプの現存2例目を4月15日に発見しました。 
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新たに見つけた代々幡町水道制水弇があった詳細な地図をご覧ください。


この代々幡町水道制水弇を最初に見たときは、土砂で少し埋もれていました。
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が、見た瞬間にこれは代々幡町水道制水弇だとわかりました。

代々幡町水道制水弇を撮影するため、きれいに掃除をしました。 
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この制水弇と笹塚駅近くの歩道で再確認したものとを比較すると、明らかに代々幡町の紋章部分がかなり傷ついていました。
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これは置かれた場所が車道であったために、自動車などでの引っ掻き傷でしょう。

拡大した代々幡町章をご覧ください。 
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皆さん、大変レアな『代々幡町水道制水弇』をご覧になりませんか?!


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代々幡町水道制水弇

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この代々幡町制水弇は紋章のみ!







これはマンホールウォークの第72弾です。





★代々幡町水道制水弇★
東京府豊多摩郡代々幡町(よよはたまち)は1915年に誕生しました。
町営の代々幡町水道は1931年10月に通水し、代々幡町が1932年(昭和7年)10月1日に渋谷町、千駄ヶ谷町と一緒になって、東京市渋谷区となるまで極めて短い歴史の町営水道でした。 

代々幡町水道制水弇の存在を最初に笹塚で確認したのは、Okaさんで2010年9月11日のことでした。

Okaさんは代々幡町水道の制水弇【1】で「京王線笹塚駅近くに代々幡町水道の制水弇が残されています。」と書かれましたが、現場写真は公開していませんでした。

そこで、馬明が4月1日に和田堀給水所へ行く前に笹塚周辺を歩き回り、この代々幡町水道制水弇の現存を1年7月ぶりに確認しました。
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この代々幡町水道制水弇は小さく、人通りの多い三井住友銀行前の歩道では、その存在は目立ちません。 
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この制水弇は代々幡町の紋章のみです。
拡大した代々幡町章をご覧ください。 
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代々幡町水道制水弇があった詳細な地図をご覧ください。



このほかにもOkaさんは違ったタイプの代々幡町水道制水弇を2011年4月18日に見つけられ、代々幡町水道の制水弇【2】で場所を明示しました。こちらの確認は容易でした。
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この制水弇の直径は笹塚のよりも一回り以上大きく、紋章には弇・制と記されていました。 
なお、ここは代々幡町水道の給水地域外であり、何故この場所に制水弇があったかは不明です。こちらは恐らく余った代々幡町水道制水弇を流用したのかもしれません。


こちらも詳細な地図をご覧ください。



※ 馬明は笹塚タイプの代々幡町水道制水弇を4月15日に発見しましたので、後日ご案内いたします。



皆さん、大変レアな『代々幡町水道制水弇』をご覧になりませんか?!


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