玉川水道株式会社の止水栓
小蓋シリーズは、1回横浜の右書き瓦斯、2回藤沢の右書き制水弇、3回右書き制水弇、4回右書き瓦斯中蓋、5回レアな阻水弇、6回右書き止水栓、7回目武蔵野の制水弇・制水弁、8回板橋宿の荒玉止水栓、9回北区の荒玉水止栓、10回荒玉制水辨、11回中野で荒玉止水栓2枚、12回横浜最古の仕切弁 、13回武蔵野の止水栓 、14回中華街の量水器 、15回阻水弇の発見、16回高円寺北の荒玉止水栓、17回阿佐谷南の荒玉止水栓、18回川崎市の止水栓、19回宮内省の制水弇、20回謎を秘めた桜小蓋と桜、21回代々幡町水道制水弇 、22回代々幡町水道の制水弇を発見!、23回千駄ヶ谷町水道の止水栓を発見!、24回工水 排水弁と右書き量水器に続く、25回目は『玉川水道株式会社の止水栓』です。
玉川水道株式会社は水源を多摩川の表流水に求め、多摩川左岸・調布村下沼部に設けた調布取水場で取水した水を、玉川浄水場と亀甲山(調布)浄水場の2箇所で浄水後に荏原郡品川町、大井町、大崎町、大森町、入新井町、羽田町、蒲田町、平塚村、馬込村、池上村、六郷村、玉川村、調布村、碑余村の荏原郡14町村へ給水しました。 玉川水道株式会社はその後、東京市によって1935(昭和10)年3月23日 に買収され、私設水道事業は東京市水道に一元化されました。
この止水栓はtwitterでの議論や、紋章の画像分析から、玉川水道の止水栓と確認に至っています。 馬明は多摩川を同じく取水源とした荒玉水道町村組合を調べている関係から、玉川水道については以前より関心がありました。 そこで、4月25日に自分の目で玉川水道の止水栓を現場で確認するため、五反田駅から歩いて玉川水道の止水栓があると報告された大崎3丁目エリア近辺(場所が私有地なため、特定されていない。)を散策してきました。 玉川水道の止水栓はこの場所にありました。 詳細な地図は示しませんが、止水栓があった民家の玄関先を一部ご覧ください。 玉川水道の止水栓は、道路側を上向きにして配置されていました。 こちらは位置を反対に玄関先から見た玉川水道の止水栓です。 この方が文字と紋章がわかりやすいです。 玉川水道の止水栓には、紋章を挟んで右書きで“止水栓”と記されていました。 玉川水道の止水栓の寸法は、100円硬貨と比較して測ると約9cmでした。 この止水栓は見た感じでもスリムでした。 円で囲まれた紋章部分をご覧ください。 このように紋章は、“玉”と“川”で構成されていて、玉川水道の止水栓であることが確認できました。
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