パンとあなたと私と
コッペパンにはクープがあったか学校給食に出されたパンはコッペパンだった。
小学校四年生の二学期の終わりくらいだったように覚えているが、もう少しあとだったかもしれない。 それまでの、レーズン十粒、粉ミルクスプーンにすりきり一杯、肝油ドロップ一個という給食が、ある日突然コッペパンに変わったのだ。
欠食児童救済のための米軍払い下げ物資による「給食」が、その日からパンによる「完全給食」に変わったというわけだが、当初は毎日パンが出ていたかどうかは覚えていない。 あれはソフトに焼いた小型のバゲットかバタールで、クーペと呼ばれるパンがコッペになったものだろう。
二十センチほどのラグビーボール形に成形した生地にクープが三本入っていた。 大きな木箱三つほどにぎっしり詰め込まれたコッペパンがどっと教室に運び込まれるようになった。 パンの香ばしい匂いが教室中に漂った。 その数は六十個以上あったろう。
学校そのものが焼けたまま、教室が不足し、教師の数も少なかった。 二部授業が当たり前で、学校によっては校庭での「青空教室」も続いていた。 区役所の学事課は、どこでも開いている学校へ「未就学児童」を「処置」してしまうほかなかったのに違いない。 しかも盛り場には、まだそうした「未就学児童」が潜んでいたようだ。 学校へ行けば昼食にありつけるということは、その日の食糧の確保に精一杯の親たちにしてもどれほどありがたいことだったろうか。
NHKの第一放送が、夕方に『鐘の鳴る丘』を放送していた。
かくて「鬼畜米英」と教え込まれた大人たちが、急にアメリカびいきになったのではなかったろうか。 子どもたちはアルマイトなどの食器を布袋に入れて学校へ持って行くようになった。
いつからか脱脂粉乳を溶かしたミルクが付くようになり、またしばらくしてシチューなどが供されるようになった。 脱脂粉乳のミルクがとてもまずいミルクの代名詞になったのは、ずっと後の話だ。 コッペパンには二本か三本の斜めのクープがあったが、4つ下の学年にあたる家内の頃にはクープは無かったという。
さらに下の人たちは最初から角食パンだったと聞いた。
もっと下の人たちは米飯給食だったと聞いた。
給食のパンがどんなパンだったか、お菜がどのようなものだったかで世代もわかるかもしれない。
給食に「パン」を供したのは実はアメリカさんの深謀遠慮だったという説がある。
給食にパンを持ち込むことによって、子どもたちが最初にパンの虜になったという事実がある。
やがて朝食にはパンを食べるという家庭が次第に増えて来た。
これによってアメリカは小麦粉の新しい販路を確保したことになる。
いまやパン食の方が米飯より多いとも聞く。
栃木県という農村県に終の棲家を設け、そこで曲がりなりにもパン屋を営業するということにはちょっと後ろめたさもある。
何も米がたくさん採れる場所で小麦粉を捏ねなくてもよかろうといわれているような気がする。
でも、農家の奥さんやおばあちゃまもちょくちょく来てくれている。
あるいは、こんな山の中でパン屋など始めた私ども夫婦を気遣ってくれているのかもしれないなどとも思う。
そんなわけで、自宅のある敷地内にしか看板を建てていないし、まして駅などからの辻々などにも矢印すら無いから、初めて来てくれた人にいつも叱られる。
住所地は、町から見ればゴルフ場の陰になる「隠れ里」であり、案内表示もしてなければ「隠れパン屋」というに等しい。
テレビにも雑誌にも出ないパン屋がいつまで続くかはなはだ心許ないが、誰も来てくれなくなる頃にはあの世とやらへ旅立つことになるだろうし、それでいいだろうと思っている。
このアメリカからの援助物資による給食は、結局アメリカという巨大な農業国の新しい消費地を造ることに繋げたわけだ。
しかし、その大きな国を中心に日本に送られて来る小麦粉や農産物には、なおポストハーヴェストなどの脅威がつきまとう。
だから、周りの農家さんには「無農薬の小麦」を造って欲しいと言いたいのだが、それもちょっと言い難いところがある。
米造りでやっているのに何で今さら小麦造りだという思いがひしひしと伝わって来る。
減反政策もあり、保障もあるという米造り農業にいそしんでいる農家さんは、まるで農協などと一体となっている「米造り農業工場」さながらに思えて来る。
必要な肥料を使い、農薬を使い、機械をフル回転して米造りをしている人たちに、小麦栽培のことをお聞きしても、「さぁて」と首を傾げられるのも当たり前なのだろう。
播種の時季が遅くなった上に、有機肥料の不足なども重なって、今年、わが家で収穫した小麦はほんの十キロほどで、私ひとりで片手で持ち運べる量にしかならなかった。
ブルーシートに拡げれば、これっぱかりとなる。
製粉したら、おそらく五キロにも満たないに違いないから、ほんの少しだけを全粒粉にして、あとは来年の種にしようかと考えている。
『コッペパン』 1
私の拙い小説もどき「創作童話」です。
かつて一度だけ別のブログで紹介させていただいたことがありました。
お読みいただいてのご感想など頂戴いただければ、嬉しいです。
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