多忙をきわめ、やっとこさGWを乗り切ったが、寄る年波のなせる業か、さすがにつかれました。読売新聞の食のエッセイ4回分の取材にからめて、札幌で一泊、休養をとることにしました。生きる気力をうしなったときは、豪快に食べられるごはんこそ、救いになります。

 このさい、どうしても行きたかったのが、ちょっとうわさに聞いていた漁師めしの店「海鮮居酒屋 はちきょう」です。

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 偶然ですが、タクシーでここにいくとき、あの「狸小路」の前を通過しました。おもわず涙がでるほど懐かしい思いがして、すこし停車してもらいました。私がはじめて北海道の風景を観たのが、このさっぽろ狸小路だったからです。小学生のころ、東映映画で『狸小路の花嫁』というラブコメを観ました。小学生なので、惚れたはれたはまったく関心になく、おそらく市川歌右衛門かだれかのチャンバラ映画を観に行ったはずですが、二本立てだったんでしょうね。その映画は、狸小路の商店街に車で辿りつく若者(波島進という渋い役者が演じてました)と、その恋人を描いた作品でしたが、私は筋などどうでもよく、ひたすら狸小路という名前と札幌の風景に見入ってしまいました。東京とは違う空気感があったんですね。

 でも、じつは下戸の私は札幌に行っても、これまで狸小路に足を運んだことがありませんでした。

 さて、狸小路を観て、あの頃の札幌を思いだしたその足で、すすきのにある「はちきょう」に到着。店が開くまで10分ぐらい、行列を作っている若いサラリーマンの無駄話を立ち聞きしてましたら、うわさ通りの「海坊主」みたいな店の人が出てきて、威勢よく店内に導かれました。なんだか『狸小路の花嫁』の時代にタイムスリップするようなレトロ感です。

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 じつは事前リサーチで、羅臼の大八共栄丸出身の漁師さん達がやっている店、何でも新鮮で美味しい、安い、と調べてあったのです。それと、ものすごくおもしろい「しきたり」がある「つっこ飯」なる名物があることも調べましたので、まよわずそれを注文。ほかに、カスベ、にしん塩焼き、キンキ水煮(アクアパッツァ)、ワサビポテトサラダ(トビコのわさび漬け入り)も注文しました。地球滅亡の前夜のごはんみたいな、やけくその豪華版です。

 前座としましては、とくに、ぶどう海老という紫色の大エビの刺身が珍しく、たっぷりいただきました。うまいです。

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 そしたら、いよいよ「つっこ飯」のルールを説明しに、女店員が来ました。まず、ごはんがくるのですが、これにはぜったい手をふれてはなりません。穴をあけたり、上のほうを食べたりしてもいけません。もし、手を付けたらごはん没収、注文もキャンセルされ、食べさせてもらえません。なぜなら、このごはんの上にイクラががんがん盛られるからです。イクラは、どんぶりから滴り落ちる寸前までどんぶりに浴びせかけられます。また、ごはんとイクラは、一粒も残してはいけません。残した場合は自主的に寄付をします。このお金は環境保護と資源回復に使われるそうです。

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 で、ルールを知り、しばらく待っていると、さっきのタコ坊主の人が大きなボールを持ってやってきました。何が始まるんだと、身がまえますと、私の前のOLらしき集団の席にとまり、いきなり、掛け声もろともイクラを掬ってどんぶりにぶっかけ出しました。オイサー、オイサーの掛け声が店中にこだまし、私もOLの方々の席に寄って、その光景を激写しました。

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 どんぶり飯の上に気前よくイクラの醤油漬けをのせていくのですが、とにかくすごい量なので、こぼれる寸前で止めても、どこかからイクラが零れ落ちます。一粒たりとて残してはいけないという厳しいルールがあるため、OLの人たちがキャーキャー言って、イクラにかぶりつきます。

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 そして、今度は私の席で、オイサー。オイサーの合唱が始まりました。できあがった「つっこ飯」は、ごはんがイクラに覆い隠されています。こんなもん、見たこともありません。残さぬようにハーフサイズ1600円をオーダーましたが、二人で食べても満腹になるほどの量です。しかし食べ始めると美味しくて、無我夢中、あっという間に完食しました。

 ニシンもカスベも、キンキも、おいしくても、ただ、もひゃもひゃ、むぐむぐと口に運び、幸せに平らげました。まさに『狸小路の花嫁』以来、抱きつづけてきた札幌の夢が実現しました。

 また、来ます。みなさまにもおすすめです。

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田辺市から大きな段ボールが届きました。開けてみると、なんとこんなにいろいろな種類の柑橘が入っていました。
 
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並べてみると、こんな感じ。
 
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キンカンがたくさん入っていたのですが、並べるのを忘れました。
 
裏返すと一つ一つに名前が書いてありました。田辺市のみなさん、どうもありがとうございました。
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上段、左から レモン、ユゲショウカン、三宝柑、トロピタオレンジ、黄金柑
二段目左から ネーブル、せとか、はるか、しらぬひ、文旦
三段目左から タロッコ、ポンカン、春光柑、れいこう、清見
四段目左から 甘夏、春峰、八朔、木成り八朔   
 
早速、タロッコみかん(ブラッドオレンジ)を切ってみた。シチリアで食べたオレンジと何の遜色もありません。おいしい!!
 
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ご馳走様です。

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しばらく途絶えたパワースポットとスペイン巡礼報告、すこし再開です。
今回は二つのテーマが重なり合う便利な題材を用意しました。それが、スペイン巡礼路の中間あたり、古都アストルガにほど近いビーチリゾートにコミージャスという別荘地です。なんと、バルセロナに君臨する多くの起業家たちがこの街に避暑用の別荘を建築したところです。巡礼地の一角なのに、すばらしい地中海のビーチを見下ろす、じつにトロピカルで豪華な街。すばらしい近代建築のいくつかは、バルセロナの建築家ドメニク・イ・モンタネールやアントニオ・ガウディが手がけており、ちょうど、バルセロナが引っ越してきたような美的雰囲気があります。
 私がスペイン巡礼の途中、ここに寄ったのには、アントニオ・ガウディが産んだ初期作品の最も奇妙な館を見たかったからでした。ひと呼んで、エル・カプリッチョ、文字どおり、「奇想」という意味の建物です。
 
 
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   市内を走るトロリーの後をついていったらガウディの建物につきました。
 
 レンタカーで狭い街路を行ったり来たりすること30分、やっとたどり着いたこの館は、坂の中腹にあり、真っ青な空によく映えるタイル張りの色彩豊かな建物でした。これだけの陽光を浴びる街でも、ひときわ輝く色彩の洪水に見えたのだから、たいしたものです。
一目みたとき、あのルートヴィヒⅡ世が造った夢の城と同じ「あふれ出る幻想性」を感じました。
 
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しかし、それが表面だけの類似であることは、すぐにわかりました。この奇想の館に最も近い建物を挙げろといわれたら、私は同じバルセロナの建築家ドメニク・イ・モンタネーロの「サン・パウ病院群」を挙げます。あの奇妙奇天烈なサン・パウ病院をはじめて見物した二十年前、精神科病棟の一部にあった強烈な色彩のステンドグラス・パビリオンを見て、これは精神を病んだ患者の病症をさらに悪化させるのではないか、と危惧したほどでした。しかし、ガウディのくにゃくにゃしたモデルニスモや、サイラックの「クジラの腹の中のような建築」(この建物もいずれ紹介します)と同じく、単なる奇想の産物ではないことを、やがて知りました。そのきっかけは、サン・パウに二度目の訪問をして、半日かけてガイド・ツアーに参加したことにありました。
 
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サンパウ病院
 
 
じつは、バルセロナの街が、ガウディの作品すら目に付かなくなるほど奇想建築の林立する都市となったのには、理由があります。それは「健康」を最優先する都市計画が実行されたからなのです。ガウディのパトロンだったグエルはじめ、産業革命によって巨万の利益を得た事業家たちが、競って私財を投じ、この計画を実行しました。というのも、十九世紀末頃、ヨーロッパの死の大部分はあらたな感染症に襲われたからでした。
 
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サンパウ病院
 
それまでペストをはじめ多くの感染症は、大金持ちならこれを防ぐことができました。ペストなら、ネズミが運ぶノミに噛まれないこと、コレラに汚染された水を飲まないこと、自邸を衛生的にすること、などです。ところがインフルエンザは決定的にちがう伝染病でした。空気感染するのです。つまり、それが流行したしたら最後、貧乏人の金持ちも関係なく、死の病にかかってしまう、ということを意味します。
 
 
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           エル・カプリッチョ
 
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それではどうしたらいいのか? 都市全体を衛生的に守るしかありません。19世紀に開始された「衛生博覧会」は、そのための活動だったのです。
 そこで、当時もっとも有力だったブルジョワ建築家モンタネーロは、南向きの広大な斜面に、バルセロナ全体の健康を守る一大医療センターを計画しました。そこは病院であり、講演であり、健康センターでもある場所です。つづいてガウディも、新たなバルセロナを支える建築は何よりも「健康」が保てる構造でなければならないと気づきました。いま人気のマンションとなっているカサ・ミラも、カサ・パトリョも、グエル邸も、すべて清潔なタイルを活用し、どの部屋にも陽光が差し込むレイアウトを心がけ、なによりも室内の空気が循環できる空調設備に力をいれました。ガウディ建築のシンボルともいえる奇妙な煙突こそは、その実験の痕跡だったのです。
 
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 もちろん、健康という近代都市建設のコンセプトは、コミージャスの別荘にも生かされました。エル・カプリッチョはその手始めだったのです。
 
 この建物は南に大きなアトリウムがあって、屋敷の中央に日興がいつも差し込めるようになっています。そして、そのサンルームを東から西までとり囲む部屋部屋は、時間ごとに順繰りと陽が差し込んでいくように構成されています。
 
 まず、東の部屋は寝室になっており、朝の陽光が最初に差し込むようにできています。
 
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           水浴びができる衛生室
 
つづいて北側に向けて、浴室のある衛生室、次いで昼にかけて音楽を楽しむ居間や応接間(この屋敷のオーナーは音楽家でもありました)が続きます。どの部屋も心を健康にする楽しみが仕かけられており、たとえば居間は、窓を上げ下げすると音楽が流れてくるという素敵な仕掛けがあるのです。
 北から西には、玄関、そして夜を過ごすバースタンドのある暖炉部屋が、並んでいます。朝起きてから夜寝るまでを、太陽の動きに合わせて部屋割りしてあるのです。
 
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            白いアトリウムが見える
 
健康! このキイワードに、私はすっかり魅せられました。庭に、エル・カプリッチョを見上げるガウデイの銅像がありました。私もその横に座らせてもらい、彼と一緒にいつまでもこの建物を眺めました。
 
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 パワースポットではありませんが、注目スポットが沼津にあります。昨年あたりからトンデモナイ注目を集めているのが、深海水族館です。先日の土曜日、東名高速が大渋滞にもかかわらず見物に行きましたが、いやもう、驚きました。二年前の平日に行ったときは、お客さんも数人ほどで、じつにのんびりと展示がみられましたが、ダイオウイカはじめ多くの深海生物の浮上ラッシュと、昨年のNHKダイオウイカ番組の大ヒット、さらには科博の「深海」展示が重なり、深海水族館にも家族連れが殺到しておりました。
 
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    図01 沼津港深海水族館 入口
 
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    図02 水圧のすごさを実感できる実験パフォーマンス
 
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  図03 水族館バックヤード ほとんどの仕かけが手作りです。
 
 日本人のすごいところは、生き物好きと珍しい物好きが尋常でないことでしょう。しかし、深海生物のおもしろさは、もっと尋常ではないのです。今回、運よくメンダコが展示されておりました。ほとんど宇宙生命体か、あるいはアニメのキャラです。このタコは水深200m、深海と定義される深さのトバ口から1000mまでに生息していますが、ふわっとスカートのような傘膜をひろげて着底しているところは、たいへんにおもしろい眺めです。
 体は水っぽく、よく見ると水中でもかすかに波打っています。食べると、塩水みたいな味だといいます。こんな赤ちゃんみたいな弱そうなタコですが、匂いがけっこうケミカルな刺激性を持ち、漁師はいやがるようです。
 深海は流れがほとんどないらしいので、あのスカートをひろげて海水を抱え込むだけで浮いていられるのでしょう。そのかわり、小さな耳をパクパクさせるだけで泳げます。
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04 メンダコ やや上から
 頭の後ろ側に漏斗といいますか鼻みたいな水管が出ているので、目と鼻が表と裏に付いている感じがします。この漏斗で水を噴射できるようです。したがって、タコ類の大問題はいったいどっちが前でどっちが後ろなのかわからない、というところにあります。そもそも頭足類という名称も、頭の上に足があるという実に奇怪な体のデザインを指したものでした。
 
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05 メンダコ横からの撮影
 
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06 メンダコの目側と漏斗側
 
それからヒカリキンメダイがいる黒い幕の中は必見です。驚くべき数のヒカリキンメダイが、悪魔の眼みたいに吊り上った発光皮弁を光らせて群泳しています。以前は飼育しているうちに光が弱くなる傾向があったそうですが、駿河湾名物サクラエビを餌にしたところ、光が弱まらなくなったばかりか、健康も維持できるようになり、この二年間一匹も死んでいないとのことでした。
 
しかし、驚いているだけでは、博物学の楽しみは満喫できません。じつはヒカリキンメには2種類あって、背びれがひとつだけのオオヒカリキンメというのもいます。こっちは光り方がさらに強い。さて、闇の中で無数に光る発光器を見比べ、2種類の区別に挑戦してみました。そして、わかりました! ふつうのヒカリキンメはピカピカ明滅しますが、オオヒカリのほうは発光器を「まばたき」させず、ずっと見開いているのです。石垣館長にうかがったところ、オオヒカリキンメはこの群れに2匹だけ混じっているとのこと。ぜひ発見してみてください。
 
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  図07 ヒカリキンメダイの群泳
 
そうそう、二階もおもしろいですよ。シーラカンスやラブカの標本・模型が見物できます。目玉はシーラカンスの脳。あの大きさなのに、脳はわずか
5gです!私は、展示されている液浸標本の脳を見て、ゴミが浮いてると思ってしまいました。ラブカの幼魚の実物標本もじつにめずらしかったです。
 
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     図08 シーラカンスの冷凍標本 実物です
 
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   図09 シーラカンスの脳 体重80kgですが、脳はたった5g
 
それから、これは以前来た時に写したサケビクニン。ふにゃふにゃしたお化けみたいな姿が気に入っておりました。今回は見かけませんでしたが、こういう異次元の形態をした生き物が常時展示されているので、見飽きません。
 
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   図10 サケビクニン カサゴ目の魚です
 
目の前の海から深海生物を捕ってこれる沼津港。まさに、知られざるパワースポットです。ちなみに、石垣館長は数年前まで、ごはんも三度三度食べられるかどうかとご本人が笑うくらい厳しい暮らしぶりだったそうです。というのは、すぐ死んでしまう上に、どこに何が住んで居るかもかわからない深海生物を追いかける仕事は、損失ばかり大きい赤字続きの冒険だったからです。それが一発逆転したのは、メキシコ沖でダイオウグソクムシを20数匹、数百万円の損害を被りながらも採捕することに成功、いくつかの水族館がその引き受けに手を挙げてくれたおかげだと聞きました。そのダイオウグソクムシ、実は陸上のダンゴムシの仲間ですが、あいにく今は展示されておりません。が、その一種で、ちょっと小さいオオグソクムシなら日本近海に生息しているので、ここでもたくさん展示されております。ガラス面の外側に冷水が流れ落ちているので、ほぼ0度の冷たさを指で実感できます。
 
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11 これは小さいオオグソクムシ ガラス面に冷水が流れてます
 
こんなリスキーな仕事に情熱をぶつける人がいたからこそ、今のブームにつながったのですね。詳しい話は差し控えますが、奥さんが偉かったと思います。パイオニアの生きざまを聞くにつけ、何やら分からぬ、やる気と勇気を、もらえました。

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ついに遭遇してしまいました!
3月7,8と2日間にわたる屋島探検でのことです。例のソチオリンピックのスキー競技で頻繁に登場した小さなタケトンボみたいな怪飛行物体を、覚えている皆さんも多いことでしょう。
そう、これです!
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            出典 blog-imgs-61.fc2.com  からお借りしました。ありがとうございます。
 
 
これと同じようなものが、パワースポットとして有名な屋島の上空に現れたのです。マルチコプターという人工物でした。しかし、小さいのに六つの回転翼を巧に操作して自在に飛び回れるのです。小型カメラが取り付けてあるので、動画が撮れます。まるでトンボかスズメにカメラを搭載して撮ったかのような、すごく近い地上俯瞰図が取れるのです。
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この仲間は日本でも活躍していたわけです。屋島は古代の城やお寺の址が残っており、それを上空から観察しようとしていました。私が関心を示しますと説明してくれました。コントロールはラジコン式です。この装置の値段は160−170万円、操作には熟練を要するようですが、海に落ちたりすると保険がきかないので大変だそうです。ただ、対物、対人の被害への賠償だけは保険がかけられるのですが、単純落下だと自己責任です。これで余裕を見て5分間の撮影をします。バッテリーをかえれば連続撮影も可能です。
 
私はこのリモコンをもたせてもらい、いたく感激しました。おもしろかったのは、飛ばす前に「儀式」があることでした。スイッチを入れて、機体を両手でもちあげ、その場で360度回すのです。どうやらGPSの機能確認をしているようなのです。
動画をUPしたいところですが、やり方がわからないので研究しておきます。
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