北の考古学

北海道に暮らす・考古学を楽しむ

埋没家屋へ

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年末からずっとカゴの鳥で大いにストレスがたまる。どなたも似たりよったりなのではあろうが。帰宅しても本を読む気力がないのは困ったものだ。

K書院のHさんからメール。2月締め切りの本の原稿の集まりがきわめて悪いという。文献と考古の執筆者が半々の構成なのだが、とくに考古側の集まりがよくないらしい。考古を代表して怒られている気分になるが、考えてみればすでに入稿しているのだった。

北秋田市教委は胡桃館遺跡で地中レーダー探査の結果、新たに5カ所で建物が埋まっている可能性が高いと報告。来年度から遺跡の範囲などを検討し、16年度から発掘調査に着手する方針を示した。まだまだあったんだねえ、埋没家屋。千年前の建物とはおもえない遺存状態にゾクゾクする。調査がはじまったら何をおいても見にいこう。写真は北秋田市のHPから。

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買い出し

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今日は晴天になったので隣町へ買い出しへ。

まずは日本酒のパラダイスへ向かい、お気に入りの「醸し人九平次:純米吟醸件の山田」(愛知)と、目に止まった「醴泉純米吟醸活性にごり本生」(岐阜)「夜明け前純米吟醸生一本しずく採り」(長野)を購入。

次いでいつものパン屋さんに向かい、予約しておいた1か月分の食パンのストック、ライ麦パンなどを購入。「庭」で飼われているサラブレッドやドサンコとたわむれる。

たまたま通りかかった駄菓子屋さんが手づくりせんべいをやっていたので入ってみると、粉を使わないエビの素焼きせんべいなど、どれもうまそうだ。店で細々と出しているだけなのだとか。信じられないほど安く、絶妙に美味い。ここも御用達に決定。奥さんが子供に書かせたとおもわれるイカせんべいのシールがほほえましい。

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能登川だより

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「わいやわいやまいど。みてるでブログ」。用田さんから電話。その後ろからウエダ博士の声もする。能登川駅から寂れた商店街を抜け、薄暗い線路際にたつ居酒屋の、奥の土間に面した2畳ほどの座敷で飲んでいるのだ。楽しそうだなあ。いいなあ男の隠れ家。滋賀に住んでいたら絶対駆けつけるんだが。

テーブルにはいつものように肩のこらないご馳走が並んでいるんだろう。「今日はですな、マメイカのヌタ、サバの味噌煮、スジの煮込み、ダイコンと小エビの炊いたん、みたいなしょうもないもんが勝手に出てきてますわ」と仙人みたいなウエダ博士。どれもうまいんだよなあ。

それにしても酒は飲んでるしテニスはしてるし壊れたバイクのかわりにオシャレなBMWを買ったっていうし、心配するのもバカらしいじゃないか。ま、なによりだけどね。

菊池先生と中村先生が尽力され『サハリンと千島の擦文文化の土器』が刊行になった(函館高専発行、A5版、全148頁)。プロコーフィエフ、デリューギン、ゴルブーノフ氏による同書を中川昌久氏が翻訳し、菊池・中村先生が監修した。道内図書館などのほか関係者に贈呈されるようである。本文のほか以下の解説を付す。

解説1 瀬川拓郎「サハリン・千島出土の擦文土器とトビニタイ土器」
解説2 澤井 玄「千島列島出土の擦文土器」
解説3 中村和之「13〜15世紀のサハリンアイヌの状況」

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朝風呂に勝るものなし

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厳しい寒さが続き、本の話も決まったので、ささやかなお祝いを兼ねて家人と近郊の温泉に一泊する。

チェックインの2時間も前から無理矢理部屋に入れていただき、「フロ!フロ!」となんども温泉に浸かる。硫黄のにおいがよいなあ。

気がつくとまわりは中国人ばかりで、みなさんお金持ち風なのが腹立たしい(?)。若いスタッフも日本語がたどたどしい中国人のおねえさんであった。

入浴の合間に読もうとおもっていた中野剛志『日本思想史新論』(ちくま新書)は20、30頁で手が止まり、一緒に持っていった『VOW』20をもっぱらながめる。一種の考現学的な面白さがあり昔からきらいではないのだが(というか全部みてるのだが)、カンペキにアホだとおもわれるので人にはなかなかいえないのだ。

中村先生から電話。サハリン州立郷土博物館のプロコフィエフ氏らによるサハリンと千島の擦文土器に関する著作の翻訳本が、今日刊行になったよ、とのご連絡。中村先生のほうで印本したもので、私も解説を書いているのである。詳細は後日。

そういえば、平戸湾に面した露天風呂で中村先生たちと浸かった朝風呂はよかったなあ。

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まとめの言葉

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まとめの言葉にはいつも悩む。

以下は最近書いた2本のまとめの言葉の最後の部分である。本人的には納得できていないが、これ以上どうする気力もないし、本文については頑張っているので、刊行になったらご一読いただきたい(っていうのもどうなわけ)。

●「コロポックルとはだれか」
 拡大するアイヌ社会の周縁・辺境地帯は、私たちが想像するほど単純なものではなく、同族でありながら異人と表象される人びとが跋扈し、伝説が発生する空間となっていたようです。この奇妙な磁場を介して、アイヌ社会はさらに北方の異民族集団の富にアクセスしていました。周縁・辺境地帯がもつ性格や役割を考えるうえでも、小人伝説のもつ意味は小さくない、いや、むしろ新たな研究の地平を切り開いていくのではないか、と私にはおもわれるのです。

●「中世アイヌ社会とエスニシティの形成」
エスニシティは、偏狭で排外的な民族主義の温床でもあるが、そもそも「その成員の間に慣習や身体形質、とりわけ言語において、決定的な差異が存在しないかぎり、政治的コミュニティの崩壊後も残存する傾向がある」(ウェーバー1961)。さらに「特定の言語は、死滅することもあれば一掃されることもある。しかし、人類の言語的統一はこれまでもできなかったし、これからもありえない」(アンダーソン2007)。エスニシティは容易に乗り越え可能なものではありえないのである。
重要なのは、本論で述べたように、アイヌ集団における強い内向きのベクトルをもつエスニシティが、外部世界に向かって開かれようとするベクトルにともなって生起した事実である。アイヌ集団は、かれらが占める亜寒帯という生態系と、そこにおける資源の差異を背景に、狩猟採集に特化することによって、温帯の農耕民集団たる日本社会とのあいだで交易という相補性を拡大してきた。エスニシティの形成という差異の拡大、すなわち日本社会への「同化」の拒否と、交易という「同調」への志向こそが、たがいが利益を得られる関係という意味での「共生」をもたらしていたのである。
民族史としてのアイヌ史に求められるのは、内部がつねに外部に開かれ、外部とつながることによって内部たり得ているような歴史、差異の拡大と深化が同時に「共生」に通底しているような歴史を描いていくことなのであろう。

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