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(番外編)天皇の無答責について補足

こんばんは。

今回は番外編と称して,天皇の無答責について補足的な説明をしようと思います。

前回,天皇の国事行為について説明しました。天皇の国事行為は内閣の助言と承認に基づいて行われるため,すべての国事行為は内閣の意思で行われるのであって,天皇の意思で行われるのではありません。それゆえ,国事行為の結果として何らかの失態があったとしても,それは天皇の責任ではなく,内閣の責任となります。これが天皇の無答責です。

ところで,「責任」と一言でいっても色々な責任が考えられます。主に,①法的責任,②政治的責任,③道義的責任に分けられるでしょう。今回は,戦後憲法学の立場から天皇と責任について考えてみたいと思います。

①法的責任について

法的責任というのは,法律によって負わされる責任を言います。「○○した場合には,××という責任を負う」というように,要件と効果が法律で明確にされていることが法的責任の特徴です。例えば,私たちがコンビニでおにぎりを買うときには,民法第555条という法律の規定により,買主である私たちはコンビニにお金を払う法的責任を負い,売主であるコンビニはおにぎりを私たちに引渡す法的責任を負います。このような責任を民事責任といいます。また,私たちが何か罪を犯したときは罰せられますが,これも刑法によって定められた法的責任であり,刑事責任と言います。

では,天皇はこのような法的責任を負うのでしょうか?戦後憲法学の通説では,民事責任は負うが,刑事責任は負わないと考えられています。

まずは刑事責任から説明しましょう。天皇が罪を犯すはずはないと思われるかもしれませんが,例えば,天皇が日常生活において,誤って側近にケガをさせてしまうということは,絶対にないとは言い切れません。天皇は過失傷害罪となってしまうのでしょうか?法律の規定で,天皇が刑事責任を負わないとするダイレクトな規定はありません。しかし,皇室典範第21条は,「摂政は,その在任中,訴追されない。」と規定しています。これは,摂政が天皇の名で国事行為を行わなければいけないのに,訴追(起訴)されてしまっては国政が滞ってしまうからです。そして,天皇は永久に「在任中」ですから,やはり訴追されないと考えられるのです。これが天皇が刑事責任を負わないとされる理由です。

他方,民事責任は天皇も負うと考えられています。これは戦前の帝国憲法下でも同様に考えられていました。例えば,天皇が行幸先でお土産を買ったときには,御手元金(内廷費)から代金を支払いますが,これも代金債務という民事責任を負っているからです。

ところで,民事責任は最終的に裁判を起こすことで強制することが可能です。では,天皇を裁判で訴えることはできるのでしょうか?これは,天皇の民事裁判権の問題として,戦前より論じられてきた問題です。天皇を訴えるなんて不届き極まりないと思われるかもしれませんが,なんと実際に訴えた人間がいます!これは,昭和63年に昭和天皇が倒れられたので,千葉県が公費を支出して記帳所を設置したところ,ある千葉県民が公費支出は違法であると主張し,記帳所設置費用に相当するお金を昭和天皇が不当に利得したとして,お金を千葉県に返す債務を相続した今上天皇を相手取り,裁判所に訴えたのです。事件は最高裁判所までいきましたが,最高裁は,天皇の「象徴性」を理由に「天皇には民事裁判権が及ばない」として,天皇の名前を被告欄に記載した訴状そのものを却下しました。これにより,日本国憲法下で天皇を裁判所に訴えることはできなくなりました。民事裁判権がない以上,天皇が原告となって誰かを訴えることもできませんし,天皇が証人として出廷することもありません。ちなみに,戦前は,天皇には民事責任のみならず民事裁判権まで及ぶと考えられていたそうです。

②政治的責任について

政治的責任というのは,広く政治の結果として表れた不都合,弊害にかかわる責任です。法的責任と違って,「○○の場合には××という責任を負う」というように,要件と効果が明確にされているわけではありません。例えば,内閣不信任案の可決による内閣総辞職は,憲法69条で要件と効果が明確になっているため法的責任といえますが,総理大臣の失政による総辞職や,閣僚の失言による辞任のたぐいは,要件と効果が決まっているわけではないため,政治的責任といえます。

天皇の政治的責任は,まさに第3条が規定するとおり無答責です。天皇が政治に関与する場面では常に内閣の助言と承認が必要になりますから,政治的責任はすべて内閣が負います。これは,天皇の政治的責任を内閣が肩代わりしているのではなく,もともと天皇に政治的責任はないのであり,すべては内閣の自己責任ということです。

③道義的責任について

天皇の道義的責任については,憲法の守備範囲外であり,憲法学では扱われない問題です。そこで,ここでは私の意見を述べることにします。

道義的責任というのは,いわば「人として守るべき道」といったようなもので,法的責任や政治的責任とは大きく異なるものです。法的責任や政治的責任は他人が追及する性質のものですが,道義的責任は自分自身がそれを感じるかどうかのものであり,他人から上から目線で追及されるものではありません。例えば,自分が罪を犯せば刑事責任という法的責任を負い,他人からそれを追及されることになりますが,成人した自分の子が何か罪を犯した場合には,親である自分には法的責任はなく,他人から何かを追及されるいわれはありません(未成年の子が罪を犯して他人を傷つけたような場合は,親が民事責任を負わされることがあります)。親としての道義的責任はありうるでしょうが,それは他人が外野からとやかく追及するようなものではなく,自分が親として自発的に感じるべきもので,被害弁償をするとしてもそれは親が自発的に行うべきものでしょう。

以上のことを前提に,天皇に戦争責任があるかを考えてみましょう。まず,帝国憲法下でも,天皇には自由意思で政治的決定を行う権限はありませんでした。天皇は,法的にも政治的にも戦争をやめさせる権限がなかったのです。法的責任や政治的責任は,自由意思に基づく行為の結果に対して問われるものですから,昭和天皇には戦争の法的責任も政治的責任もないことになります。

では,道義的責任はどうでしょうか。さきほど説明したように,道義的責任は他人があれこれ言うべき性質のものではありません。ですから,天皇に戦争の道義的責任があるかどうかを,他人である私たちがいちいち議論すること自体が,本来は間違いなのです。強いて言えば,昭和天皇や今上天皇ご自身がどうお感じになるかの問題でしょう。私たち国民は,ただただ両帝の戦争に対するご姿勢を拝察し,先の大戦に向き合えばそれでいいのです。

今回の話をまとめましょう。
①日本国憲法下では,天皇には刑事責任はないが,民事責任はあると考えられている。ただ,天皇に民事裁判権はない。
②政治的責任については,天皇は無答責である。
③道義的責任については,ご本人がどうお感じになるかの問題であり,われわれ国民がとやかく言うべきものではない。

以上です。次回は憲法第9条を取り上げ,日本国憲法の平和主義の立場を解説する予定です。

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