愛知限定 歴史レポ

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尾張地方の地蔵堂に重軽さまとか重軽地蔵、重軽石と呼ばれるものがあります。
これは江戸時代後期に尾張に発しておそらく全国に広まったと思われます。
占い地蔵とか、占い石は 願い事したあと、この地蔵や石を持ち上げ、
願い事が叶うときは軽く、そうでない時は重くて持ち上げれない、
そんな時は、軽く持ち上げられる時まで、何度でもおまいり
するのだそうです。これは民間で気軽に占いが出来、占い師に頼らず庶民的な呪術で、
地蔵信仰や自然石の霊的力に対して御神体として、深い信仰心を抱いて深く敬った結果でしょう。
この地方では、三重県のお千代保稲荷の重軽石、名古屋覚王山千躰地蔵堂、重軽地蔵と重軽石、
(覚王山、千躰地蔵堂の重軽石やこの地域は多くの重軽占石あり、次回重軽石レポ△波信予定)
名古屋笠寺観音地蔵堂の重軽地蔵、
(06年9月4日追記 ここの重軽地蔵は地蔵堂内入り口にあり、
高さ30cm程の石地蔵が10体横一列に並んでいます)
中区大須万松寺本堂裏重軽地蔵、東区建中寺不動尊堂の重軽石、
北区大曽根本通り阿弥陀院地藏堂重軽地藏、北区大杉町首塚霊神重軽石と尼ヶ坂地藏堂重軽石など
枚挙暇がありません。今回あまりマスコミやネットに取り上げられない、
名古屋瑞穂区雁道町4丁目の雁道伏見稲荷社と中区新栄1丁目流川地藏堂の重軽石をレポしました。
雁道伏見稲荷社は市立御剣小学校の西側に道路があり、その道路を更に西に入った処で、
この地域は区画整理に取り残された、坂路と細い路地の町で、ここに富士八幡社があり、
この境内西側にお馴染みの赤鳥居の稲荷社があり、奥の祠前に座布団4枚重ねの上
重軽石があり、左右2個あり右側がやや大きい、こちらはサイズ横幅およそ25cmでした。
もう一箇所中区新栄1丁目の流川地蔵堂で、(ここはビル街にあり西方100mにCBU放送会館がある)この付近は昔から寺町で、この北方と南方にも現在も寺があり
明治時代「流川」と称する小川があり、その川が地藏堂の名前由来。この地藏堂の重軽石は
長円形で長さおよそ28cmありやや重い部類の石でした。
次回は名古屋市覚王山日泰寺門前の千躰地蔵堂の重軽石でこのお堂は毎月21日の弘法縁日のみ
開門し普段は見れません、今月21日にレポした様子を発信します。
このお堂の中には重軽地藏が4体、重軽石が7個あり、堂の内部は地藏像が多数有ります

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