テンシュテットのマーラー「千人の交響曲」
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昨日は、救急外来。 まだインフルエンザの患者さんはいませんが、 今年はノロウイルス大流行の影響で、 嘔吐、下痢の患者さんがとても多く、 処置室は、点滴を受ける人で大混雑しました。 夜、帰宅して、茂木健一郎さんの「クオリア降臨」を読んでいました。 ご存知の方も多いと思いますが、 氏は、クオリア(私たちの感覚に伴う「質感」のこと)をキーワードに脳と心の関係を研究されている脳科学者です。NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」のキャスターとしても有名かも知れません。 クオリアについてのWikipediaの解説⇒http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%A2 この本の中で、芸術評論について、興味深い考察が。 小林秀雄の評論が「印象評論」と批判を受けたことに対して、 茂木氏は以下のように述べています。 そもそも、批評が作品自体と対峙することには、固有の難しさがある、批評はつねに作品自体が持つクオリアのピュアさに負けてしまうからだ。
茂木健一郎「クオリア降臨」よりゲルニカが、戦争の悲惨さを描いた絵画だと言ったところで、何になろう。馬や女といったモティーフをイコノグラフィーにおいて論じたところで空しい。そのような試みは、絶対的にゲルニカそのものから受けるクオリアのピュアさには負ける。分析すればするほど、無味乾燥なコンピュータのマニュアルのようになっていってしまう。 だからこそ、印象批評と揶揄されようと、小林秀雄はあのようなスタイルを貫いたのではないか。批評が作品に対抗するためには、批評自体が、概念や記号による分析ではなく、ある種の印象を提示しなければならない。(中略) 小林は、その晩年に到るまで、意味づけること、構造化すること、文脈の中に置くことよりも、対象を前にした時に受ける印象の質こそを重視していたように思われる。 茂木さんらしい鋭い考察ですね。 確かに、どんなに多くの言葉を尽くしても、作品そのものから受ける感じ(クオリア)には及ばないですね。 クラシックのコンサートから得られる感動は、何物にも変えがたいから、 多くの人がコンサートに足を運ぶのだと思います。 音楽から「感じて」心を揺さぶられる体験をしたいものです。 来年は、もっと多くのコンサートに行きたいなぁ〜と心底、思い、 早速、電子チケットぴあでオーダーして、 ファミリーマートの端末で紙発券してきました。 以下のコンサートはチケット確保! 1月13日(土) NHKホール シャルル・デュトワ指揮 NHK交響楽団 プロコフィエフ「古典交響曲」「アレクサンドル・ネフスキー」ほか 1月27日(土) NHKホール シャルル・デュトワ指揮 NHK交響楽団 サン・サーンス「オルガンつき」ほかあとは、何とかして休みをとるだけです〜! 今日は、休み。 テンシュテットの指揮したマーラーの「千人の交響曲」をDVDを見ながら、 年賀状を書こうとしていました。 ![]() マーラー 交響曲 第8番 変ホ長調「千人の交響曲」 クラウス・テンシュテット指揮 ロンドンフィルハーモニー管弦楽団 ロンドン・フィルハーモニー合唱団 ロンドン交響楽団合唱団 イートン・カレッジ少年合唱団 (1991年1月 ロンドン、ロイヤルフェスティバルホール)http://www.amazon.co.jp/%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%BC-%E4%BA%A4%E9%9F%BF%E6%9B%B2%E7%AC%AC1%E7%95%AA-%E7%AC%AC8%E7%95%AA-%E3%83%86%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%86%E3%83%83%E3%83%88-%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%82%B9/dp/B000IJ7L1E/sr=8-2/qid=1166360216/ref=sr_1_2/503-4113584-2835145?ie=UTF8&s=dvd 年賀状を書こうとするのですが、 音楽が素晴らしくて、どうしても手がとまってしまいます。 宛名書きに集中しようとしていても、 ぐっと音楽に引き寄せられてしまいます。 結論! 結局、手をとめて、 DVD鑑賞タイムに。 この演奏から感じたクオリアは、 とにかく、魂が揺さぶられる音楽であるということ。 テンシュテットは、決して音楽を無駄に拡張させることがなく、 1000人あまりの出演者を、音楽の高みへと導いていきます。 第2部のクライマックスでは、巨大編成が一体感を持って、 高らかに歌い上げられます。 そして、演奏終了後、肩で息をするテンシュテット。 体調はすでに悪かったのでしょうが、 音楽に身を捧げる姿にも、胸をうたれます。 僕は、この演奏を聴いて、 これまで敬遠がちだった、 「千人の交響曲」の素晴らしさに気づきました。 さて、年賀状の続きを書こうっと〜♪
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テンシュテットのマラ8
||<#FFFFFF' style='font-family: "AR丸ゴシック体M";font:bold 30px;color:blue' ``テンシュテットのマラ8を映像で!|| [[attached(1,right)]] {{{ マーラー 交響曲第8番『千人の交響曲』 ユリア・ヴァラディ ジェーン・イーグレン
2006/12/18(月) 午前 8:36 [ Adagio なひととき ]






評論が、魂がこめられた作品の圧倒的存在感に対して、対峙することなど、どだい無理なことなのでしょう。小林秀雄の評論は彼自体がプリズムとなり、あらゆる光を分散させているからこそ、私たちの心に響くのではないかな?ところで、私は年末には、♪「葉加瀬 太郎10th Anniversary」コンサートに行きます。彼はクラッシックではないかも知れませんが、パワフルな彼らしい魂の響きを堪能できれば…と思っています(^^)☆☆
2006/12/18(月) 午前 10:55 [ ]
朧月夜さま。小林秀雄の評論は、すでにそれ自体が作品になっているから光を放って、読者の心を震わせるのでしょうね!音楽も、絵画も、心の奥底から出てきた魂の響きは、感動的ですね。葉加瀬さんのコンサート、一年を締めくくる素敵な夕べになりそうですね。ちなみに本当に関係ないことですが、葉加瀬さんと茂木先生、髪型がとても似てますよね・・(^^)
2006/12/18(月) 午後 11:54
BGMには強烈過ぎますね。夜聴いてるといろいろ考えてしまいます。テンシュテットの魅力ですかねぇ。
2006/12/19(火) 午前 9:22 [ じん ]
Jinさま。求心力の強い音楽は、BGMにならないですね。深夜にじっくりと聴くテンシュテットの「千人の交響曲」は、哲学的な世界が現前するように感じられました。
2006/12/20(水) 午前 0:05