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知られざる記録を掘り起こして

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築地市場の跡地再開発黒塗りが消えて姿見せた森ビルの構想


移転問題に揺れる築地市場。この「東京最後の一等地」に、大手不動産会社の森ビルが触手を伸ばす。築地で働く人たちを分断したのは誰だ?

「あのねえ、土壌汚染対策をちゃんとやったというけど、こんないい加減な調査ないですよ」

2016年10月21日夜、都内の貸し会議室で開かれた都議会会派「かがやけTokyo」の都政報告会。移転反対派の東京中央市場労働組合執行委員長の中澤誠さん(51)が、語気を強めた。

報告会に続いて行われた「激論! どうなる築地移転」での一幕。討論相手で、移転推進派の築地魚河岸仲卸3代目主人の生田與克(よしかつ)さん(54)が、安全性が疑問視されている豊洲新市場について、「汚染土壌の処理について、都は洗浄、微生物、加熱の3種類の方法で実施するなどしています。安全性は確保できているんじゃないかと考えています」

その発言に、中澤さんが反論したものだった。

8月下旬、小池百合子都知事は、築地市場の豊洲移転延期を発表した。まさかの「ちゃぶ台返し」の理由として、(1)安全性への懸念、(2)巨額で不透明な費用、(3)情報公開の不足──の3点を挙げた。

●東京最後の一等地

混迷する築地市場移転問題。築地市場は、1935年に開場した。80年代になると、雨漏りなど施設の老朽化が問題となり、再整備が検討され始めた。91年、現在地での建て替え工事が始まったが、市場業者から仕事の妨げになると批判され、96年に400億円を投じながら工事を中断。その後、都議会での議論を経て、2001年に当時の石原慎太郎都知事が豊洲の東京ガスの工場跡地(約40ヘクタール)への市場移転を表明した。

ところが08年、処理されたはずの土壌から、環境基準の最大4万3千倍にあたるベンゼンを検出。発がん性があるとされる化学物質の存在は、生鮮市場の建設地としてふさわしくない。にもかかわらず、なぜ候補地に選ばれたのか。ぬぐい切れない疑問に、築地市場で60年近く営業する水産仲卸大手「山治(やまはる)」の会長、山崎治雄さん(77)は言う。

「一言でいえば、築地のこの場所がほしかったんだと思いますよ」

山崎さんは、豊洲の土壌汚染を問題視し、一貫して移転反対の立場を取ってきた。

築地市場は銀座から徒歩15分。都営大江戸線「築地市場駅」と、東京メトロ日比谷線「築地駅」の二つの地下鉄駅があり、広さは東京ドーム約5個分。そして何より、「東京最後の一等地」(ディベロッパー)だ。都は豊洲への移転費用4500億円のうち3500億円を築地市場跡地の売却で捻出する考えだった。

「時の権力者にしてみたら、よだれが出るくらいほしい場所、そのためには魚屋なんか追っ払えと思ったんじゃないですか」(山崎さん)

実際、築地跡地の開発を巡っては、さまざまな企業・団体の名が挙がった。米ラスベガス最大のカジノ運営企業、サッカースタジアムでJリーグ、ドーム球場で読売巨人軍……。Jリーグと巨人は、本誌の質問に「ノーコメント」(Jリーグ)、「お答えできることはありません」(読売巨人軍)とにべもない回答だった。そうした中、築地跡地の取得にとりわけ熱心といわれるのが、都市ディベロッパーで大手不動産会社の森ビル(東京)だ。

●9パターンの開発計画

表紙に「築地市場移転後の用地開発に係る調査委託報告書 平成24年3月 森ビル株式会社」と書かれた資料がある。

今までほとんど公になっていないが、築地移転跡地についての調査報告。都が11年に実施した調査事業で森ビルが落札した。

実は、同じ資料を共産党の機関紙「しんぶん赤旗」が舛添要一知事時代に都に情報公開請求した。しかし、その時は黒塗りだらけの「ノリ弁」資料。それが小池知事になり、本誌が10月下旬に情報公開請求をしたところ、「ノリ」の部分は消えていた。

「仕様書に基づき、東京都から提示された開発パターンをもとに、開発の影響因子を調査、有効な処分方法及び処分益を検証したものです」(森ビル広報室)

報告書は全89ページ、全3章で構成。1章で「不動産マーケット及びファイナンスの動向」として、新規オフィスの供給量やオフィス賃料、地価動向の将来予測をまとめた。2章では「土地の処分方法と処分益の検討及び整理」として、築地跡地の具体的な開発パターンが記されている。それによれば、築地市場跡地をオフィス中心型、複合型、住宅中心型を柱に9パターン提案。さらに、築地跡地のオフィスの期待利回りは、「JR等の大量輸送機関がなく、交通面でやや劣る」としつつ、オフィスビルのスペックは六本木ヒルズや東京ミッドタウンなどと同水準と指摘している。

●虎ノ門からお台場まで

20年近く築地の問題にかかわってきた、中央区の志村たかよし区議(62)は言う。

「森ビルは築地市場跡地だけでなく、その先の臨海部の開発とのリンクも考えている。そのためには、築地市場には何としても立ち退いてほしいと思っているはずです」

85年に鈴木俊一都知事(当時)が推し進めた東京湾臨海部の「臨海副都心開発」。志村区議によれば、森ビルグループのシンクタンク「森記念財団」の中心メンバーが当初から、この開発構想に関わっていたと指摘。森ビルが、都心から臨海部に至るまでの開発を視野に入れていても不思議ではないという。

その際、ポイントになるというのが「東京五輪の大動脈」と位置づけられた都道「環状2号線(環2)」だ。環2は、皇居を中心に、千代田区神田からぐるりと回って虎ノ門新橋築地市場を通り、臨海部の江東区有明まで結ぶ全長約14キロの道路。長く虎ノ門―豊洲間(約4.8キロ)が未開通だったが、14年に虎ノ門―新橋間(約1.4キロ)が開通した。残る新橋―豊洲間(約3.4キロ)を20年五輪の直前に開通させる予定だったが、移転延期によって着工が不透明になった。

その環2に沿って森ビルは14年、超高層複合ビル「虎ノ門ヒルズ」を完成。今年7月には、環2と日比谷通りの交差点付近にある「新橋29森ビル」跡地一帯の約1500平方メートルを再開発する「新橋四丁目計画(仮称)」に着工した。

「そして、その先にある築地市場です。『築地市場移転後の用地開発に係る調査委託報告書』はそのための計画。さらに、築地が移転すれば、環状2号が全線開通し臨海部とつながり、森ビルが進めている臨海部まで含めた戦略が実現に向かいます。果たしてそれが都民のためになるのでしょうか」(志村区議)

●「お飾り」知事のツケ

長く築地の移転問題を取材してきたジャーナリストの池上正樹さん(54)は、こう指摘する。

「食の安全を軽視し、コスト優先で豊洲に決めた。そのツケがこういう形で出てきたのです」

池上さんは、95年に青島幸男氏が都知事に就任して以降、石原氏、猪瀬直樹氏、そして今年6月に辞任した舛添氏まで、都知事は「お飾り」状態になり、政治的空白状況が生まれたことを問題視する。

「結果的に都庁職員がやりたい放題にできる環境が生まれ、巨大プロジェクトでありながら、一部署の密かな暴走を招くことになった。いちばんの被害者は、こうした役人たちに翻弄され、分断された築地で働く人たちです」(池上さん)

築地場内に550近くある仲卸業者のほぼすべてが豊洲移転に合わせ新しい水槽や冷蔵庫などを購入。負担費用は1業者当たり1千万円から億単位に及ぶ。築地より手狭になる豊洲に対応しようと、廃業を決めた業者の営業権を買い取ったところも少なくない。営業権は1区画(7〜8平方メートル)当たり1千万〜2千万円。先の山崎さんは、移転に備え10区画分を購入したという。移転負担は業者に重くのしかかり、移転を機に廃業を決めた業者も少なくない。今年4月からの半年近くで50社近くが廃業したという。

「一等地であれば、みんなのために使うのが筋。一部の企業の利益のために都民の台所である築地を売っぱらえというのはおかしいよね」(中澤さん)

移転するか否かは知事の決断にかかっている。小池氏は本誌の取材にこう答えた。

「食の安全を担保しながら、科学的に進めていかなければいけないと思っている」

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11月2日に閉鎖の予定だった築地市場。小池都知事は、「一歩立ち止まるべきだ」という自らの言葉通り、移転を延期した (c)朝日新聞社 

豊洲の地下水モニタリングの最終調査結果が出るのが来年の1月半ば。移転の判断は、翌2月と見られる。移転反対派と推進派の間に深い溝はあるが、思いは一つだ。移転推進派の生田さんが言う。

「安心でおいしい魚を届ける。その使命をまっとうしたい。ただ、それだけです」

(編集部・野村昌二) ※AERA 2016年11月7日号

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