旅の子アダム 天皇陛下の元家庭教師が書いた本
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本名 旅の子アダム 作者 エリザベス・グレイ・ヴァイニング 翻訳 立松和平 出販社恒文社 出版日 2004年3月 定価 1900+税 訳者あとがき
本書は一二九四年のイングランド南部、セント・オルバン、ロンドン、ウインチェスター、オックスフォードのあたりを舞台にした物語である。日本では鎌倉時代と呼ばれ、承久の乱をへて鎌倉武士の政権が揺るぎないものとなっていった頃である。 この中世という時代に、一人の少年を配して生き生きと動かすという構想は、小説家にとっては誘惑のように魅力的に写る。しかも歴史に残る人物ではなく、まったく無名の吟遊詩人の少年を主人公にすることによって、その時代の空気というものを緻密に描くことができるのだ。そのためにはもちろん、歴史に対する深い造詣がなければならない。人々がどんな時代か思い抱き、衣食住はどうであったか、知識を超えた想像力が必要とされる。 つまり文学者のただの思いつきで書くことのできる世界ではない。 『旅の子アダム』には吟遊詩人という職業の名だけは知っているがその実態のわかりに くい人たちの、生活感情や実際の暮らしぶりが、まるで現代小説のように細密に描かれている。もちろんこれもなかなかできることではない。 読者は、今から八百年以上前の中世を生きる少年に感情移入し、彼と喜怒哀楽をともにする。現代と中世とで一番違うのは通信手段であると感じられるのであるが、善人も悪人もいるのは同じで、この作品世界には心からの書き人のほうが圧倒的に多い。そのことはもちろん、作者エリザベス・グレイ・ヴァイニングの世界観なのである。 吟遊詩人の父と離ればなれになったアダム少年の、冒険あり、友情あり、苦難あり、絶望、恩寵ありの成長物語である。生まれながらの旅人のアダムは、道を家と思い、旅の生活をしている。どんな権威に是意識のうちにも近づかず、すべてに自由自在である。一途な性格が時に災いするのだが、物語の中ではアダムとともに道を家として旅をつづけている読者にももどかしい中にも爽快である。一切の妥協をしないために、いつもアダムは汚れが付かず清らかなのである。 あらゆる意味で成長しているということは、本人には自覚がないものだ。しばらくぶりで父親の前に顔を見せたアダムは、背が高く身体も頑丈になっていた。考え方もしっかり とゆるぎないものになっている。そして、父親はやさしい目をしてこういうのだ。 「息子よ、本当によくやったね」 ここで読者はアダムとともに旅をしてきた自分も、いっしょに成長してきたと感じて嬉 しいのである。辞書と首っぴきになり、あまりにも長い時間机上でアダムとともに苦しい 旅をしてきた私も、同じような思いになる。私は自分自身に向かっていうしかない。 「本当によくやったね」 一字一句を呑み込むように読んできて、私はこの作品は名作であると確信する。難解な ところのない作者の格調高い英語を、ふさわしい日本語に置き換えることができたかどう か問われると心もとないが、今ペンを置こうとして、私は深い充足を覚えるのである。 作者エリザベス・グレイ・ヴァイニングは、ヴァイニング夫人と呼ぶほうが通りがよい。 一九〇二年十月六日フィラデルフィアで生まれ、一九九九年十一月二十七日に九十七年の 生涯を閉じた。児童文学者として名をなしながら、今上天皇である明仁皇太子の家庭教師 を一九四六年十月から五〇年十二月までの日本滞在中につとめた。『皇太子の窓』を帰国 後刊行し、各国に翻訳されて大反響を呼んだ。 『旅の子アダム』は来日前の一九四二年に発表され、アメリカ児童文学で最も著名である ニューベリー貰を受賞した。本書を読んでいたるところに感じるのは、ヴァイニング夫人 は平和主義者ということである。絶対的な平和を唱えるクエーカー教徒であることが、敗 戦後に日本の新憲法の思想の柱である戦争放棄条項と、夫人の魂が自然に共鳴したという ことではないのかと私には思える。一九六九年六月十八日、ヴァイニング夫人はクエーカ ー行動委員会ベトナム反戦デモに参加し、ワシントンの国会議事堂前で逮捕されている。 ヴァイニング夫人は数々の勲章や文学賞をもらったが、この反戦運動での逮捕も彼女の人 生の勲章の一つであろう。 立松和平 |
まろさんもこの本一字一句を呑み込むように読んだのですか?
読書は全くしなくなった、雑誌くらいです。
独特な話方する 立松和平さん、新潟の岩室温泉旅館で逢った時、話し方で解りました。
2009/1/6(火) 午後 11:58
ニリンソウさん まだ途中までしか読んでいないんですよ
返還期日までは読み終わると思います 吟遊詩人が宴会の席で竪琴を弾きながら物語を語るシーンが好きなんです
ホロメスやユーカラも平家物語もそのように語られたんですね
2009/1/7(水) 午後 8:10