完敗の3着でも大健闘の菊花賞
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トライアル2戦で頑張り過ぎた天馬は脚元の疲労に苦しんでいた。
球節の熱がなかなか引かずに、このままでは菊花賞への出走は絶望的な状況に陥っていたなかで、デビュー当時から天馬を高く評価していたシンザンの武田文吾師が手を差し延べた。
武文師の助言で海の砂を患部に湿布をすると徐々に熱が引いていった。
万全ではないものの何とか菊花賞に出走できる状態にギリギリでたどり着いた。
レースでは3・4コーナーで早めに先頭に立つ天馬を道中ぴったりとマークしていた流星の貴公子が襲い掛かり、直線に入ると早くも天馬を交わしていた。
流星の貴公子が勝利を確信したかと思ったときに内からスルスルと緑の覆面の馬が伸びて先頭に立ちそのまま勝利してしまう。T・T・G三強時代の幕開けであった。
常に脚元の不安と戦いながらレースを戦っていた天馬だったが、このときの状態はかなり悪かった。それでも菊花賞に出走し無事にゴールしたのは立派である。貴公子と第三の男に完敗の3着だったが大健闘といえる。
武文さんの助言と厩務員や獣医をはじめとする天馬を取り巻く人々のおかげで天馬は菊の舞台に立てた。
聞く所によると武文さんを紹介したのは西下時に天馬を担当していた装蹄師さんだったという。
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この世代でなかったら菊花賞は勝っていたと思いますね。
この距離では上位2頭の方が上だったと認めなければ仕方がないのかも知れません。
傑作ポチ
2010/5/13(木) 午後 11:34
動画を見て3・4コーナーで脚を使い過ぎてスタミナが持たなかったのが敗因だと思っていたっす。球節に熱を持った後では無理できないから3000mで負けるのは仕方ないっす。
2010/5/14(金) 午後 11:55
かおりさん、このレースは距離以上に重馬場が堪えたのではないかと思います。病み上がりで苦手な馬場を長距離走るのはかなりの負担です。
もちろん、古馬になって本格化した上位2頭には長い距離では間違いなく敵わなかったでしょう。でも、この時の敗因は距離が重要な要因だというのは私にはピンと来ない気がします。
私は天馬がアメリカで生まれたら3冠馬になっていたのではないかと勝手に妄想しています。
2010/5/15(土) 午後 10:52
ROBBYくん、3〜4コーナーあたりでスルスルと先頭に取り付くのは天馬のレースパターンです。天皇賞のように激しくやりあったわけでもないのに直線で呆気なく脚をなくしたあたりが病み上がりが影響してたのかもしれないですね
2010/5/15(土) 午後 11:25
トウショウボーイは調教で東京の1600mダートを1分38秒台で回っていたそうですね。
それも大外を回ってのものです。まさに怪物としか表現できない馬でした。
2010/5/27(木) 午後 11:04