大日本帝國海軍小富士基地
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大日本帝國海軍小富士基地
ミッドウェー海戦で大敗を喫するなど消耗する航空兵力の補充を目的に海軍飛行予科練習生の航空隊として開隊。
昭和十八年十月には測量等の準備が始まる。同年暮れ、突如として小富士村辺田地区から可也村大石地区に及ぶ145.6ヘクタールの広大な土地が買収され直ちに航空隊用地の造成工事が始まる。
昭和十九年五月、鹿児島海軍航空隊の小富士分遣隊として開隊。
同年七月、福岡海軍航空隊小富士分遣隊に改称。
同年十月、小富士海軍航空隊として正式に開隊。
この間、第十三期甲種飛行予科練習生600名の転入隊を初めとして十四期、十五期、十六期の予科練約5,000名の基礎教育を行った。
出典:玄海基地慰霊碑前にあった案内文書より抜粋
碑文
風雲急なる大東亜戦下祖国防衛の念に燃え決死報国の覚悟を秘めた若人を集め消耗する航空戦力の補充を目的に若鷲練成の基地として昭和十九年五月小富士海軍航空隊を解隊
終戦まで甲十三期乃至十六期の各期予科練約五千名を育成した 当時十有余才の学徒は国難に殉ずる我を惜いて他無しとの悲壮の決意で奮躍予科練に入隊し 青春の情熱を傾けて訓練に励んだ 然るに戦局愈々過烈となり予科練教育は中止され夫々特攻基地に派遣されたが遂に戦運我に利なく昭和二十年八月終戦となり小富士航空隊も其の使命を終わった思えば当隊の歴史は僅か二年にすぎなかったが我らが命をかけて鍛錬した予科練魂は克く戦後激動の試練に耐え新日本発展の礎となった 我等は往時の予科練時代を偲び茲に同隊の碑を建立する
昭和四十八年五月二十七日 小富士海軍航空隊出身者有志外一同
甲飛第十三期殉國之碑保存顕彰会
関西甲飛十三期会 公認ホームページより
小富士(糸島富士)と呼ばれた可也山麓にあった小富士基地は今、
何もなかったように美しい長閑な田園風景へとその姿を変えている。
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