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展覧会情報や感想等の雑記帖

過去日記

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緩衝地帯

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最近、ヨーロッパ中世のペスト流行に関連した書物を読み漁っている。
切っ掛けは展覧会搬入直前(!)に風邪を引き、寝るしかすることが無いときに読んだ借り物の「ドゥームズデイブック」と言う小説。
普段は滅多に小説の類は読まないのだが、気晴らしに軽い物が良かろうと手に取った次第。が、具合の悪いときに読む物では無かった。体裁はSF、タ イムマシーンで研究者の卵の娘がペスト大流行の中世に誤って迷い込むというお話。まあ筋立てはともかく、登場人物が次々疫病に冒されてゆく有り様が実に克 明に生き生きと(?)描写されているので、なんだか自分までどんどん具合が悪くなっていくような錯覚に陥ってしまう・・・
そんな関心から、当時の人口の半分とも3分の1とも言われる犠牲者を出した未曾有のカタストロフと、中世の終焉とも近代の始まりとも言われる時代を重ねて眺め直してみたいと思ったからだった。

そう言った本のなかで度々取り上げられているのが、デマやどさくさに便乗して横行した異教徒の迫害。ペストに限らず、何かと理由をつけてはとにか く迫害しまくっている。何の事はない、ナチスは多数の支持があればこそ可能だったのだろうと今更ながら思う。そしてその部分こそ最も忌避される記憶なのだ ろうとも。
当時のユダヤ人の置かれていた状況を読むにつけ、長年ヨーロッパに於いておかれていた彼らの場所に、現在はイスラム教徒が入れ替わって居るだけのように見えてしまうのは気のせいなのだろうか。(あまりに短絡的とも図式的すぎるとも思うが)
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 (2005.12/20記)

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ランブール兄弟とマンディアルグ

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写真はシャンティイ城のなんとも羨ましい書庫と、クリスマスの飾り付けがあり拍子抜けしてしまったナントのパッサージュ・ポムレー。

シャンティイ・コンデ美術館、ベリー公の時祷書は仕舞われてしまっているのは知っていたので、まあ書庫とピエロ・ディ・コジモの一枚も見られれば充分位に考えていたが、フーケの小さな美しい時祷書がひっそり展示されていて嬉しい誤算。タブローよりも出来が良く思えた。
あと吃驚するくらい人が少ないのが好印象を強めているのかも知れない。

ナントは・・・旅行するにも時期を選ばないと、まあこう言う間違いもあると今後の教訓に。

マンディアルグ関係だと、あとはボマルツォも行かねば・・・

 (2005.12/14記)

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暗闇のレッスン

 主は高い天から火を送り
 わたしの骨に火を下し
 足もとに網を投げて
 わたしを引き倒し
 荒廃にまかせ
 ひねもす病み衰えさせる (哀歌 第1章13節)

キリスト教の暦では、復活祭前の7日間を聖週間と呼ぶ。
そしてその最後の3日間(聖餐、受難、埋葬)に特別に行われる礼拝を「闇の朝課(レッスン)=ルソン・ド・テネブル」と言い、荘厳な典礼が執り行われる。

使徒の脱落とキリストの死を表す13本の灯火が、百物語よろしく詩編の唱和に伴い一本ずつ消されてゆく・・・

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少し前に友人に借りて、短縮編集版とは言えやっと観る事が出来た。(その後Amazon.usで購入し、きちんと観る事が出来ました)
「フィッツカラルド」の監督としてつとに有名なヴェルナー・ヘルツォークのドキュメンタリー作品「問いかける焦土」(1991 原題 LEKTIONEN IN FINSTERNIS=暗闇のレッスン)は、湾岸戦争で荒廃したクェートの風景を淡々と俯瞰し、巡って行く一片の叙事詩とも言うべき作品だ。
過剰なまでに美しく撮られた廃墟、残骸、そして油井火災の黒煙。
果てしなく地表を覆い尽くし、そこが煉獄である事を主張する無数の火柱。
灼熱の中、消火にあたる各国の消防士達の顔は、真っ黒な原油にまみれて各々の個性を失い、陽炎に揺れる身体はさながら神話上の人物の様に炎の中で踊り続け、安出来のヒロイズムからは程遠い姿で一本、また一本と巨大な蝋燭の如き炎を鎮めて行く。

まるで知らない惑星を訪れたかの様な、被写体までの奇跡的とも言える距離感は、「SF映画のように撮った」と言う監督の意図が、完全に成功した事を証明している。(無理矢理に例えるなら、「2001年宇宙の旅」と「地獄の黙示録」を足して2で割って更に美しくした感じ?)その対象への没入を用心深く避けていく撮り方は、観る者にも自然と怒りや哀しみから距離を取らせるだろう。

インタビューの中で、ヘルツォークが殊更に強調していた点は、「政治的であったりディテールを細かく追っていく類のドキュメントではなく、滅びゆく文明の為のレクイエムとして」「様式化」を意識したという部分だろう。それは上記「暗闇のレッスン」の進行に倣った構成を取っている事からもかなり強く意識されているのが分かる。
一編のドキュメンタリー映画としてではなく、繰り返される祈りの儀式としてあろうとする、無謀とも言える(そこがこの監督らしい所なのだろう)試みがこの作品を一層特異な存在にしているのだろう・・・

残念ながら、日本ではDVD化されていないが、アメリカでは(リージョンフリー!)売られているので、興味を持った方には是非とも観て欲しい作品だ。Lessons of Darkness

 「私はため息に疲れました、主よ夜を来たらせたまえ」


 (2007.9/24記)

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ゲント巡礼

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個展が終わり、一息つくまもなく、久々の欧州旅行に出た。

何故かワールドカップと同じ年に行く事が多かったが、それに比べると今回はやや早い事になる。
パリとブリュッセルに投宿、間にシャンティイ、ナントと、ゲント、アントワープに日帰りで出る。
旅行とはいっても、いつもは美術館と書店と画材屋とホテルの往復にしかならない。
しかし今回はそれだけではなく、書物に纏わる場所も行く事にしたのでちょっと混み合った日程になってしまった。
2週間に満たない短い期間なので、なかなか思う様にはじっくり鑑賞することもままならないのだが、それでも複製で観た気になるよりはるかにましと自分を言い聞かせながら・・・

そしてゲント。結局今回の旅行の印象はこれが全てであった。
確かにかなり大きな祭壇画なのだが、思ったより大きくは見えない。
逆にとてもこれ以上は小さく出来ないのではないか、という印象。
大抵の大作は、水増し感が多少ともするものだが、こればっかりは当てはまらない。
ルーブルでもブリュッセルでも所謂名画をそれこそ山ほど観てきたが、そういった「絵画」を鑑賞するといった体験とはちょっと趣が異なる。

なんと言うか、「途方もないもの」を観てしまったとでも言おうか・・・

これまでもファン・エイクの作品は多々観てきたが、全ての作品からそう言った印象を受けたわけではないことも付記しておきたい(勿論それらも素晴らしいのだが)。

まだあまり時間を置いておらず、うまく消化出来ていない。
これを観たファン・デル・グースが、絶望のあまりメランコリーに陥ったなどという伝説も、信じたくなってしまう気分ではある・・・

 (2005.12/20記)

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ブリュッセルにて

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写真はブリュッセルの絞首刑場跡、通称首吊り丘に建てられた最高裁判所。

19世紀末の完成当時、ヨーロッパ最大の石造建築であったらしい。
写真を撮ろうと色々試みたが、そのあまりの巨大さ故、結局全てムダであった。
中は薄暗く、巨人が棲んでいるかの如く不必要に高く、広い。おかげでカメラのフラッシュも届かない・・・
室内の写真は、撮影を諦めて中にある売店で購入したポストカード。
さすがに広さを持て余してでもいるのか、中には売店のみならずレストランや理容店など様々な店があり、いったいここは何処なのかとつい首を傾げたくなってしまう。

これまで何度も欧州旅行はしているが、さすがにここまでの威容を誇る建築物は未だかつて見た事がない(ゴシック教会も確かに大きいのだが、巨大と言うよりは高いと言う方が正しいだろう)。
ファシズム建築も逃げ出す馬鹿馬鹿しいまでの巨大さ。
それでもキッチュというのとは少し趣が違う様にも思う。何と表現するのが相応しいのだろう?
安っぽい訳では決して無い。
当時バブルに近い経済状態だったベルギー王国の沽券を賭けた一大事業だったことをちゃんと感じさせる物だ。
それでも、このなんとも間の抜けただだっ広さは、崇高さとはほど遠く、恐怖感や威圧感すら湧かない・・・

以前横浜のBankartなる場所に行った際は、これぞ真性キッチュといった感の書き割りの如き建築物を目の当たりにした。
曰く、本来ならば凝っていたであろう細部が適当に間引きされ、妙につるんとした安っぽい質感。
大まかな外観だけが大時代的な様式を踏襲している分、余計にそののっぺりとしたデザインが強調されてしまう。
その時は、恐らくファシズム建築も斯くの如き物だろうと妙に関心したのだったが・・・

結局これもまた記憶の中に宙づりのまま残ってしまった・・・
代わりにかなり昔に観た、W・フォーサイスの舞台「失われた委曲」の中で、三島由紀夫の小説から引用された文章を結びに・・・

 時の流れは、崇高なものを、なしくずしに
 滑稽なものにかえてゆく。
 もしそれが外側から蝕まれてゆくのだとすれば、
 もともと崇高は外側をおおい
 滑稽が
 内奥の核をなしていたのだろうか。

 (2006.1/25記)

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開設日: 2007/9/24(月)


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