解明 兵馬俑の謎と真実 その3
解明 兵馬俑の謎と真実 その3それでも敵の正体を掴みました。
うるしの樹液
刺激臭のある シロップ状の物質、これが古代中国の人の垂涎の的 漆(うるし)です。
ドイツの保存修復技術者 カトリーナブラインドルズによると
「像は8000体すべて頭のてっぺんから足のつま先まで漆が塗られていたそうです。うるしは非常に安定した物質で古代でもうるしが何百年あるいはそれ以上に持つことは知られていたのでしょう。 うるしは見た目が美しく保存に役立ったから使われたのです。」
うるしの採取
うるしが美しく価値あるものだったのか、2000年前はうるしが貴重品だったことを理解しなくてはなりません。
古代世界ではうるしが覆ったものがなんであれその腐食を防いでくれる樹脂でした。
さらに乾くと茶色が光沢のあるものに変わる他に類をみないものでした。とても高価なものでした。
兵士の像すべてに漆をぬれるのは皇帝だけだったでしょう。
高価だったのは見かけのよさとその保存能力だけではありません。
漆を手に入れるのは困難でした。
うるしの樹液は樹齢6年にならないと採ることができず、
さらに採取時期が6月―9月の暑い時期に決まっていました。
兵士の像一体を塗るのに必要なうるしの量は樹木25本分に相当するという専門家もいます。
漆塗り
日本でも輪島の漆は有名ですが 2000年前から
すでに漆は高価で保存に最適の樹脂として知られていたのです。
すべてを塗り終えるには20万本の木が必要です。
1本の木から1回に採れる樹液はわずか10グラムです。
ゆでたまご一個分にしかなりません。
樹液を多く採ると木が死んでしまいます。
一度樹液を採ると 木を休ませます。
ドイツの保存修復
技術者
カトリーナブラインドルズ
画像右側が保存
兵士像でうるしが使われ彩色されている。
危険にさらされるのは漆の木だけではありません。
うるしには 毒があり漆に触れたり香りを吸い込んだ人たちは
たちまち後悔します。実験のため何度か漆うるしを使いました。
最初は別になにも起こりませんが、使ううちにアレルギー反応が起きて手や顔がかぶれてしまいます、痛くはないけれどかゆくなり あまり掻かないように自分を抑えなくてはなりません。
通常は何日かアレルギー反応が起きてあと免疫ができるとかぶれなくなります。と一言っているカトリーナでしたけれど
このインタンビューのあと2日後にアレルギーが彼女を襲いました。
余談ではありますが 私が中学生の時 山の漆の木のそばをとおったことがあります。それから直ぐに顔全体がかぶれて膨れてかゆくなり、透明人間のように顔中を包帯で巻いて学校に通って記憶が蘇ります。うるしは 大の苦手であります。
が当時の職人たちは漆を使う以外にありません。
21世紀研究者たちがなぜ このような漆を使うのでしょうか?
それは兵馬俑の色を守る鍵であることを知っているからです。
問題はうるしの層が2200年もの間湿気の多い土の中に埋められていたことです。
兵士のレプリカ
彩色再現した鎧
発掘で湿ったうるしの成分が外気に触れると水分が蒸発して
乾いた漆と成り 縮みはじめて反って やがて像から顔料とともに剥がれ落ちてしまうのです。
最後にうるしは こなごなになります。
そうなったらもう二度と像の表面にうるしを戻すことはできません。
うるしが乾いても像に付着させる方法がひとつだけあります。
水分を蒸発しないほかのものに置き換えることです。
あるドイツの化学者たちが水道管のめばりにつかう合成樹脂で像のかけらをコーチングしました。
そして電子加速器で電子ビームをあてて電子に衝撃を与えて
水分を蒸発させ合成樹脂をうるしに接着させました。
しかし、これは発掘現場の考古学者にはできません、
発掘現場では顔料が剥がれ落ちるまでは数分しかないのです。
「もっと簡単でコストのかからない 発掘現場でもできような楽な方法を見つけたいと思います。 地中からでてきたら
すぐに漆を保存できる方法です。」
兵士の像に残った色を保存するのが難しければ、2000年前の
色を再現することは不可能に近いでしょう。
彩色をどのようにしたのか その方法を調べることは 砕けた破片 古い発掘の資料等しかありません。
カトリーナと
ニューヘン博物館に展示の兵馬俑兵士のレプリカ像
ニューヘンの博物館に行くとかって兵士がどのような姿であったかをみることができます。
長年にわたる綿密な調査研究の結果カトリーナとその同僚たちは、2000年前の姿で兵士のレプリカ像を二体完成させました。
カトリーナ
「完成したこの像を見ると驚く人が多いんです。こんなにカラフルだとは思わなかったのでしょう。ショックを受ける人もいます。
素焼きのままのほうがいいという人もいるみたいですよ。
だからこの像をみて不愉快になるのでしょうね。
そういう人たちによく聞かれるんですよ。
ほんとうにこの姿で間違いは無いのかって?
発掘されたものの調査に基づいていますから自信を持っていますよ。慣れるしかありませんね。本物は色の塗りなおしはしませんからね。」といって笑う。
極彩色に再現されたことでも驚きですが
さらに驚くことがあります。
続く 工事中 スカパーE ナショジオチャンネル 741チャネルより
|
トラックバック(2)
※トラックバックはブログ開設者の承認後に公開されます。
トラックバックされた記事
始皇帝と彩色兵馬俑展
始皇帝と彩色兵馬俑展 8月27日(日)に両国にある江戸東京博物館で“始皇帝と彩色兵馬俑展”を見てきました。 西安にある兵馬俑には2回訪れたことがありその規模の大きさに度肝を抜かれた。特別展の副題「司馬遷史記の世界」に惹かれて以前から是非ゆきたいと思っていた。 司馬遷の記した「史記」は中国の伝説の時代から始まって漢の武帝の時代までの歴史が記述されている歴史書である。展示では春秋時代に始まって、統一秦の時代、漢高祖・恵帝・呂太后の時代、漢文帝・景帝の時代、漢武帝の時..
2012/1/29(日) 午前 7:36 [ 趣味の玉手箱にようこそ ]
バスの旅 三門峽 かく国墓地博物館 へ その2
覆面 河南省三門峡市かく国墓地2001号墓出土 1組 西周時代・前9〜前8世紀 河南博物院蔵 帯金具 河南省三門峡市かく国墓地2001号墓出土 12個 西周時代・前9〜前8世紀 河南博物院蔵 覆面 河南省三門峡市かく国墓地2001号墓出土 1組 西周時代・前9〜前8世紀 河南博物院蔵 玉胸飾 河南省三門峡市かく国墓地2012号墓出土 1連 西周時代・前9〜前8世紀 三門峡かく国墓地博物館蔵 玉柄鉄剣 河南省三門峡市かく国墓地2001号墓出土 1本 西周時代・前11〜前8世
2012/1/29(日) 午前 8:11 [ 徒然 あさやんの四季と史記 ]

豚の番組を放映していた
途中からだから
豚の心臓は人間に酷似している
豚の脳にも海馬というところがあり
普通生後2−4週間で親離れさせるが
それを早くすると ストレスを起こして
そのストレスの後遺症が人間と似ている
豚は現在10億頭がいるらしい
食べるによし 医療にも役立つ
まさに人間の真の友であると番組のフィナーレには語っていた。
2012/1/28(土) 午後 0:41
豚は人に食べられるために生まれて死んでいく・・・考えると物悲しいですね。まぁ、豚に限らずですが。。。
今日は比較的あたたかな日和です。雪がそこここに残ってはいますけどね。
2012/1/28(土) 午後 1:40
漆はかぶれやすいのに素手で採集しているのですね。
真弓の木が漆を塗る箆に適しているそうです。
先日テレビで豚の臓器を移植したと言っていましたけど
出来そうですね。
それにしてもスカパーは色んな番組が有りますね^^。
2012/1/28(土) 午後 2:25
豚は人に食べられるために生まれて死んでいく・
豚は食べられるだけではありませんよ
人間の心臓病 心筋梗塞とかの研究に多大な貢献をしていますよ 爆
2012/1/28(土) 午後 3:41
豚の臓器を移植したと言
そうです 豚の心臓はよく移植されるそうです
2012/1/28(土) 午後 3:42
真弓の木が漆を塗る箆に適しているそうです
真弓の木 初めて知りました
なるほど 漆を塗るにも最適な木があるわけですね、
2012/1/28(土) 午後 3:43
極彩色の兵士像、本物の兵士もこんなに美しい彩りに溢れていたのでしょうか?それにしても見事に復元できたものですね。すごいです。
2012/1/28(土) 午後 9:31
漆でしたか〜納得ですが今一歩不思議が残る
此処に越す前の神奈川のミカン山に漆の木が有って犬達の散歩の時、木の下通っただけでかぶれた人が居たっけ・・・私な何故大丈夫だったんだろう?面の皮が厚い?まっさか〜♪
そうそう私も素焼きの方が好きですね。☆
2012/1/28(土) 午後 11:35 [ tonmaro7 ]
極彩色の兵士像
まず間違いないでしょうね
実際一部の兵士像に彩色が残っているのを放映していましたからね。
2012/1/28(土) 午後 11:52
下通っただけでかぶれた人が居たっけ・・・私な何故大丈夫だったんだろう?面の皮が厚い?まっさか〜♪
免疫があるのでは あるいは下を通っただけではかぶれない人も
けれど漆を
触ればかぶれるかも? 爆
カトリーナさんの作業風景見ましたけれど
マスクしていましたからね
2012/1/28(土) 午後 11:54
古代紀元前 地中海のマルタ島の建築物
あるいは エジプトの壁にかかった歴代王の顔などは現代の数値で計測してみても寸分も変わらないほど顔面が左右対称で 学者には古代の建設科学とかの関係で宇宙人?らしきもの
あるいは相当に知識を有する人間?が存在していたことを疑わない人は多い
マルタ島の遺跡の石の切り方重さ 積み方は現代でもなかなか困難な作業 其れに地下の部屋は現代音響学にのって作られているとか
素晴らしく とても
あの
古代紀元前5000年には考えられない
始皇帝だって紀元前200年ですから
2012/1/29(日) 午前 0:02
カトリーナと写っている兵馬俑(レプリカ)とても綺麗ですね。西安で見てきた兵馬俑の写真と比べてみたのですが、遠くから見たせいもありますが、とても鮮やかですね。このような彩色豊かなものに仕上げるのにかなりの日時を要し、また漆の技術があったからこそ色あせることなく保存できたことを知り、そしてここに至るまでの大変な苦労があったことに思いを馳せました。☆!次も期待しています。CGで色を再現した展覧会の記事をTBいたします。
2012/1/29(日) 午前 7:35 [ mog*m*1338 ]
2006/8/28(月) 午前 7:36
なるほど
すでに2006年にこのような展示会があったのですね、
史記」は中国の伝説の時代から始まって漢の武帝の時代までの歴史が記述されている歴史書である。展示では春秋時代に始まって、統一秦の時代、漢高祖・恵帝・呂太后の時代、漢文帝・景帝の時
史記の正確な史実が無ければ 古代中国の歴史は まさに霧の中だったかもしれませんね
とらこくという 秦以前各国が乱立していた時代がありました この陵墓にはすでに秦以前に兵馬俑に酷似した陵墓がありそっくりでした
2012/1/29(日) 午前 8:10
史記のような歴史書があるおかげで私たちははるか昔の人類の歴史を知ることができるのですね。先ほどテレビで自分の経験から炭坑の歴史を絵と簡単な文章で残した山本作兵衛を紹介していましたが、これなども貴重な歴史の1ページだと思います。
2012/1/29(日) 午後 0:12 [ mog*m*1338 ]
司馬遷の 執念を感じますね。
司馬遷は太史令の任の時匈奴との戦いで敗北し投降した友人の李陵を、宮廷の中で唯一弁護したため武帝の逆鱗に触れ、即座に獄につながれ死刑を言いわたされた。だが、死刑を免れる方法として、多額の罰金を払うか、宮刑を受けて宦官になるかの二つの道があった。富裕でなく、かつ誰からの金銭的援助も得られなかった司馬遷は、恥を忍んで宮刑を受け、宦官となった。
性器を切り取るというこの残虐な刑罰は司馬遷に多大な衝撃と恥辱を与え、人生観を一変させた。2年後、屈辱を耐え忍びつつ宦官として宮廷に赴いて中書令となり、『史記』の執筆に全力を傾けた。
この屈辱を耐えた司馬遷 の執念はとても人間業とは思えない
2012/1/30(月) 午前 8:04