消えぬいじめ問題 第3章違う
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天気 晴れ
一昨日から続く連続シリーズいじめ問題。いじめっ子にとっていじめる人の所以は何なのか?物質に溢れ多様化する考えや趣味を持つ現代ではそれはますます複雑化してきている。前述通りいじめられっ子は家族や先生に相談したくても後が怖くて独りで抱え込んでいる人が恐らくは大半を占めるだろう。親や先生がいじめられっ子の僅かな信号をキャッチすることはとても重要ではあるが多忙化する現代に於いてそれはなかなか困難なことである。なくなる事のないこの問題をどう軽減していくのか?これはあくまでも僕自身の経験からくる考えの一つだが『違う』を様々な触れあいから学ぶことかも知れないと感じている。育ってきた環境、テレビやパソコンでより多くの影響を受けやすい今なら類似はしても同じはない。そうした中で自分が傷つくのを恐れそうした行為に走るのが要因の一つではないかと考えている。だからこそ違うということを学ぶ時間が必要かもしれない。授業や郊外学習のなかで人と人とは違って当然であることを知り、自分だからこそやれること、長所を活かしていくのも、自分は出来ず、短所になってしまうところもそうした中で気がつくきっかけが作れる。誰しも短所はある。それを補い合うこと、これも極めて難しいが学んでいくことが必要だと思う。それを繰り返し自分を形成させて、また他人を思いやる力を身につける事、そうした事が今大切だと感じている。無論これは僕個人の考えの一つであるし、これが上手くいくとは限らない。しかもこれは長期的な学びとなるため発揮していかれるのは困難かもしれない、だがいじめ問題事態がそうである。そして何よりこうした実情を知り大人自身と共に考える事が大切ではないでしょうか |

