《国家資本主義》とマルクス派の二つの課題
「国家の死滅を掲げた運動が,世にも醜悪な国家をつくってしまったことに理論的反省を加えること」の重要性のご指摘、本当にそのとおりだと思います。僕としては、醜悪な国家が生まれた要因の考察には、マルクスの解説をすることも、必要不可欠な作業として含まれていると考えています。もちろんほかにも重大な要因はあると思いますが、やはりMarxの主張内容の正確な把握に失敗してきたことが現存「社会主義」の顛末に大きく作用していることは否定できないのではないでしょうか。
xxxさんとの議論の中でも、かすかなものながら手がかりめいたものをつかむことができたように思います。なんと言っても、過渡期経済や社会主義と国家資本主義との決定的な差異を理解することが重要です。僕は、国家資本主義には程度の差こそあれ、原蓄的要素が必ず含まれていると考えています。原蓄となれば、国家暴力が大きな役割を果たし、その中心的な担い手が官僚制であるという事実も資本主義生成期の一般的傾向として了解可能となります。
ロシアの場合、きわめて特異な状況の中で、過渡期経済としての性格もわずかながら備わっていた時期がそれほど長くはなかったけれど、あったのだろうというのが現時点での考えです。世界経済全体としては、資本主義からそれに代わる別の生産様式への移行期にすでに入りつつあった20世紀に、国家資本主義的発展を開始しなければならなかった国がいくつか存在していたという事情が問題を複雑にしているのだと思います。
スターリン体制確立後に国家資本主義的発展を開始した国のかなりの部分が、スターリン体制をモデルとして公然あるいは隠然と導入したことは明らかですが、本家のロシアも含めこの時点では、これらの国に過渡期としての性格を見出すことはほとんどできなくなっていたのではないでしょうか。
しかし、そうであるにもかかわらず、こうした体制を正当化する国家イデオロギーとして、無残に改ざん・歪曲された上でではあれ、Marx、Engels、Leninの理論が利用されてきたのも事実です。なぜ、このようなことを許すことになってしまったのか?この点もMarx派として重々反省をしなければならない点であると考えます。
要するにMarx派は、現存「社会主義」の経済的社会構成の性格分析と、そこで、体制正当化のイデオロギーとして機能していた「マルクス・レーニン主義」とマルクス派の本来の主張内容との関連と差異の解明という二つの課題を抱えているのではないでしょうか。
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