ソラリスの青い海

幾時代かがありまして…茶色い戦争がありました…今夜此処でのひと盛り

絵に関する能書き2

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油絵具寸考

 Ψ筆者作「森の取水小屋」F30 油彩
 
  油絵具の白には何種類かあるが、鉛白(シルバー)、亜鉛華(ジンク)に続き、チタン白は最も新しい、かつ欠点の少ない白である。アナターズ型のチタン白がヨーロッパで出始めたのが1926年頃、ルチル型が市販され始めたのは第二次大戦後である。このアナターズ型を佐伯祐三が使ったという可能性はある。しかしルチル型を使うということは絶対にない。贋作を作る者はこの辺の知識もなければならず、何事も楽ではない。
 ところが「佐伯作品」でこのルチル型が検出された。これは先に述べた裁判での鑑定の話である。答えは明らかであろう。
 さて、筆者がこの白で最も気にするのが「黄ばみ」と「粉っぽさ」である。以前から新しい絵具を買ったら「色見本」を作る習慣がある。白も数メーカ―を作った。
 国産Aメーカー、 外国品B、C、Dの4メーカーであるが、Aの短期間での黄ばみはひどかった。雪景色などこれでどうするのだろう?と思った。B,Cも多少良かったが、時間を経るに従いやはり黄ばみはでる。黄ばみと言っても、全体ではなく表面の黄変であり、カッタ―で表面をそぎ取ると中は白い。これは顔料自体と言うより媒材の対酸化重合の度合かもしれない。
 ともかく黄変は困る。その点Dのはいつまでも白い。それを機会にDの絵の具使用するようになった。ただDのはややサラッとしている。ベタ塗りするとアクリルのように軽い。しかし、コッテリと盛り上げない、厳格なフォルムとトーンで作る古典派的画法には適しているだろう。因みにDメーカーはアナターズ型とルチル型の両方のチタンを販売しているが、アナタ-ズの粉っぽさとやや黄色するところは認めている。
 Cメーカーの絵具は、おそらく日本では最も高価であろう。この絵具は樹脂入りである。昔のヨーロッパの油絵具は樹脂入りが常識だったが、今樹脂で練っているのはこのメーカーだけらしい。普通6号チューヴの絵の具は20MLであるが、ここのは15ML単位であり、そのセルリアン・ブルーなど一本8000円近くする。
 さて、上掲の作品はそのCメーカ―の絵具で描いたものである。そういうことなのでその絵具を大事に使い過ぎ、樹脂の影響もあり、一部絵具に固化が見られ、慌てて使い切ろうと思って描いた。流石に油絵らしい重厚なマティエールを作る。
 ところで油絵、とりわけ風景画には以下の三要件がある。 
 ○絵となる生きたモティーフが存在すること
 ○画家側にそのモティーフに通いあう美意識と作品にしたいというモティベーションが存在すること
 〇画家側に絵にできる造形能力があること
 例えば実際の風景がいくら客観的には美しくても、画家にそれを美しいと感じる美意識がなけれならばいし、それらがあっても絵にできる技術がなければならない。そしてその美意識や技術を総称してを「造形感覚」といい、これらは生来のものであるが、努力によって練磨される部分もある。
 例えば佐伯祐三は日本に絵になるモティーフはない、といって結果的に客死することになる二度目の渡仏を決行するし、そのパリでも多くの画家が描くような名だたる名勝地には目もくれず、名もない街角、店先、看板文字、扉などを描いたが、先の三要素のどれをとっても佐伯芸術は完成されない。また、佐伯もコローもユトリロもその個々の色彩は決して綺麗なものではない。むしろ混濁しているが、作品となった時詩情あふれる美しい色彩となる。佐伯は独自の手製キャンバスを作り、フジタは独自の地塗りを施し、ユトリロは硬質のパリのマティエールの効果のため壁材を混入させたりした。これらは彼ら固有の造形感覚の為せる技だが、どんな造形感覚にも応じられる唯一の素材が油彩であり、それ故西洋美術史800年の主役となった。
 今あらためて油絵具に感じるのは、そうしたことを含め、作品固有の重厚さ、物質的価値、オリジナル性等への寄与である。芸術とは本来そういう手造りの温かみあるものである。
 今、頭のてっぺんから足のつま先まで、あるいは衣食住、冠婚葬祭に至るまで「アート」を名乗るものは多い。本来のアート自身も、話題性を追い、ポピュリズム(卑俗化)、メディア化(複写・複次元化))に迎合、テクノロジーや商業主義に組み込まれ、どぎつい原色、軽薄素材、視覚のオドロキ、便利主義、享楽趣味等の氾濫の中にある。しかし、いつの時代も、こうした時代性との戦いは芸術の宿命である。それらの多くが時代とともに消え去っていった反面、絵画芸術は、ショパンやバッハの名曲のように、連綿とその格調を保ちながら生き続けている。 究極の価値は個々の人間、個々の作品に帰す。
 
 

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佐伯祐三贋作事件2

Ψ筆者作 「廃墟の青いバラ」 F120 油彩(画像削除)
 
 幸か不幸か筆者(私)は別件でナマの裁判の経験があるので多少裁判のことを知っている。裁判官や弁護士は法律の専門家ではあるが絵画芸術には素人であるので、各方面の専門家の意見を聞き、証拠、証言で信頼に足るものを採用し判決に至る。その間の裁判官自身の判断は「自由心証主義」が保証され、如何様なるものとなっても良い。この保証として判決に不服がある当事者は上級審に諮る権利を有する。判決が適当でないものは、判決前に「和解勧告」ができるが、実際これで解決する例は多い。しかしひとたび判決が確定したら普通は相当の強制力や執行力を伴う一刀両断のものとなる。件の裁判は和解勧告ではなく判決であるので、それだけ白黒の判断が明快でその余地のないものと判断できる。
 因みに、訴状には訴額に応じた印紙を貼る。これが訴訟費用でその費用に弁護士料は含まない。訴訟費用は負けたほうが負担する。また、裁判とは弁護士抜きで個人でできる。ただ素人では法知識は勿論、手続や裁判戦略に疎い。だから代理人に委任できるが、代理を頼む場合はその代理人は弁護士でなければならないということである。
 判決は初めに主文として結論だけを伝える。そのあとその理由を長々と説明する。そして件の裁判の主文は以下である。
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。 
  完全な原告(真作派)の敗訴である。先に述べたように、これが「最後の審判」と言うわけでなないが、少なくても法律的にもそういう結論が出たということである。しかしこの裁判記録を読んでみると、例えば金銭消費貸借、損害賠償請求等のトラブルに比し、具体的、客観的で明確な書類や証拠、事実関係が乏しく、かなり感覚的、状況証拠的要素が多く、判決までには相当の時間もかかったようで、この種の裁判の難しさが理解される。
 
 さて、先に述べた、判決で採用された気になる証言の趣旨とは以下である。(一部編集)
≪当裁判所は、○コレクションのうち、T市に寄贈を前提に預けられた作品の一部である6点(以下「Aグループ」という。)と、佐伯若年の作品であって、米子の加筆はないと考えられている作品4点(東京藝術大学所蔵「自画像(1923年作)」、笠間日動美術館所蔵(自画像(1917年作)」、大阪市立近代美術館建設準備室所蔵戸山(が原風景(1920年作)」、東京池田家所蔵(自画像「1921年作」、以下「Bグループ」という。)とを対象とし、主として技法的、技術的観点から見て、これらがともに佐伯の手によって描かれたものであるかどうかについて鑑定を実施した。
 …鑑定人Xの鑑定結果(以下「X鑑定」という。)によれば、Bグループの作品は、天分の豊かな、その上に油絵の技法を身につけた美術家である佐伯であり、Aグループの作品の作者は技術的な絵画教育を受けた経験のない、佐伯とは別の人格を持った人物である…Aグループの作品は、既知の佐伯作品と酷似する構図、酷似するモチーフのものが複数存在するが…公表された作品を見た美術関係者の同作品に対する印象ないし評価は、「作品の余りの質の低さに声もなし…顔料処理の不器用さ、モデリングの粗雑さ、色彩感覚の欠如、独創的な意匠の乏しさ…プロの画家の作風を云々する以前の拙劣さ…絵画にする対象を見るのに、明暗・遠近感の感性が鈍く、ために絵画に奥行きのない平面的な図柄しかない…へたなしろうと」の描いた作品(鑑定人X作成の鑑定書)というものであり、これが既知の佐伯作品とはその芸術的価値に歴然とした差異があるとする点で一致している。 ≫
 裁判所はこれを判断した人の経歴、社会的立場、実績を安易に根拠にすることはできない。なぜなら、そうしたら相手方が同じことをしたらまた判断の根拠を失うからである。ましてや、その経歴等でいうなら、この混乱の元となった「真作」の判断をした件のK氏のそれらは誰にも劣らぬものがあったのである。
 さて、この文中に具体的、科学的、実証可能な内容は一つもない。総て感覚的、経験的なものからくる価値判断である。しかし、中身はドンピシャ!自ら絵画を描き、相応の修業をし、絵画芸術とか造形の精髄に正対した経験のある者なら、それが自他の作品の価値判断においても無意識にも指標とする絵画的価値を突いたものと感ずるだろう。
 また、修復機関の代表U氏は、佐伯の贋作について、一目見て贋作と分かったので直ちに修復を断った旨の発言をしている。因みにU氏は筆者が昔通っていた研究所の講師をしていたと記憶しているが、そうだとすると元々は油画科出身の実作者であろう。いずれも、一刀両断、その経験と感覚から来る理屈抜きの信念に基づいた発言である。そう意味で正しいものは正しい、誤っているものは誤っているという、確信、信念は立証も諸々の配慮も理由づけもいらない自我において絶対的なものであり、それはかくの通り、時には法律と言う市民社会の方便も突き動かす。
 法律同様、民主主義も言論の自由も、人間社会を合理的に維持管理する原則であり、指標であり、方便である。それは政治、経済、社会等現実社会の原則としては必要だが、それらの限界も知っておくべきだろう。それらは最大公約数的価値体系を基礎とし、ファジーであり、ニュートラルであり、概して事なかれ主義であり、御都合主義であり、玉石混交、糞味噌一緒、時に趣味的、スローガン的自我保守的の隠れ蓑となる。個人の感受性、思想、経験が常にそれらに服さなければならない社会に文化はない。 
 先のS氏にとって、それなりの「言論の自由」や「訴えの利益」は立ちはだかるかもしれないが、悪いものは悪い、許せない者は許せない、真実の主張は揺るがないだろう。
 

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佐伯祐三贋作事件1

Ψ筆者作 「廃墟の青いバラ」 F120 油彩  (画像削除部分) 
 
 
 K氏は本邦美術界の評論畑では極めて影響力の強い「大御所」的存在であった。美術館など公的機関にも関係していたし、多くの美術書の執筆、監修を手掛け、某登竜門的美術展の審査委員長格の経験もある。つまり、本人の自覚の如何を問わず、絵画芸術分野における同氏の言動は、その芸術の価値判断という視点においても、その責任と信頼性が問われるものであり、そのリスクを代償として相応の社会的地位も保証されていたはずである。
 しかし「佐伯祐三贋作事件」において、彼は言わば晩節を汚すような誤りを犯してしまった。しかし、誰しも誤りはある。その誤り一つで彼の実績が帳消しされるようなことはないだろう。問題はそれをそのまま放置し、時間の経過のうちになし崩し的に事が闇に葬られてしまうことはK氏自身の為にもならないはずである。彼はその誤りを是正することなく鬼籍に入ってしまった。
 しかし問題は残る。当該事件は彼に限らず、本邦の、自治体と美術館、学研、評論、修復機関、市場、マスコミ等を巻き込む、裁判絡みの大騒動になってしまった。とりわけO氏は、この騒動の張本人であるY氏の代理人を自他ともに認めており、その筆による関連本やサイトは今もなお出回わり、ネット社会でもその賛否の噂の元となっている。その関係本の版元であるJ通信社は、真実の報道と社会的信頼という公器としての責任・使命に鑑み、違法、不法はもとより、公序良俗に反するものがあるとすれば、これにに加担することは許されない。従って自らその出処進退を明らかにしなければならない。 また、K氏以外にも、Y氏、O氏の主張に同調した人もいる。その責任は曖昧のまま今も残る。
 さて今般筆者は、S氏による佐伯祐三関係の出版に共著という形で参画した。S氏は本邦で出版された佐伯祐三関係の本をほとんど読破、また何度も渡仏し、佐伯の足跡を追い、フランス側の当時の関連資料を集めた。
 S氏は自ら実作し、絵画芸術に造詣深く、とりわけ佐伯作品への芸術的評価は言うまでもなく、その短い生涯を、純粋に創造に燃焼させた、芸術家として、人間としての生き方に感銘を受け、その分析、評価のための筆を執ったのである。それは、佐伯の軌跡、病気、晩年、芸術、そしてこれは筆者担当となったが、佐伯の周辺、造形性、その他今日に繋がりあるエピソード等、従来の一面的評伝にない、佐伯の全側面を網羅する総合本となった。
 贋作事件も、前述のような視点と必要性によりその本にも項目の一つとして設けられた。S氏は、贋作事件に関係した公的文書、裁判記録、関係資料も多く取り寄せこれを仔細に分析した。その結果、仔細はその本の中で述べており割愛するが、当該事件に関し、作品は贋作、Y,O氏側の主張や資料は全くの不実・虚偽であるとの結論に達した。これは私も同じである。
 そうした佐伯の作品の芸術性、その人間性、その壮絶な人生の軌跡等多くを知見したS氏にとって、O氏による、何を目的としてのそれか理解に苦しむような以下のセンセーショナルな言辞はとても看過できるものではなかった。
 即ち、佐伯作品は妻米子が加筆した、佐伯は草(スパイ)、佐伯はリンチされたりヒ素を盛られたりした、娘彌智子は祐三の子ではない…等々は、佐伯本人の人格はもとより、その生涯を賭けた作品、佐伯の親族等の名誉、尊厳を傷つけるものであり、それを放置すれば、その罪は将来に向かってなお生きることになる。
 事実の如何は語るだに無益であるが、一つだけ事実を言おう。米子の加筆は、佐伯のメニエール病に起因していると言う。佐伯の視覚はメニエール病により、「ハエの目、馬の目」然としており、その視覚異常を米子が自らの加筆により補ったというのである。
 これは全くの虚偽である。幸か不幸か、筆者(私)はメニエール病のキャリアである。眩暈は起こるが、悪化しても視覚異常に至らない。何故ならそれは内耳の病気だからである。悪化したら難聴になる。第一、ひとたび発症すればハエの目だろうが馬の目だろうが、絵どころではない。立ってすらいられない。これは医学的事実である。
 これはO氏のレトリックでは失敗した方である。他はもっと巧みである。事実でないのでもとよりO氏自身も立証できないが、否定する側も、存在しない「事実」については、存在しない故にこの通り事実でないとの立証は不可能である。このようなものが、他人が信用するようなもっともらしい仔細な事実を絡めて、T市に寄贈されんとした「佐伯作品」の真正を語るものとされた。冒頭述べたK氏の誤りとはこれを真作と認め、騒ぎの元を作ったことである。
 ところで裁判とは証拠主義に基づく。Y,O氏ら「真作派」は 、事件に関係し、「なんでも鑑定団」で知られるN氏を名誉棄損で訴えたが、作品、資料の真正は否定され敗訴した。これは立証責任のある真作派に事の事実を語る証拠が存在していなかったことを示している。
 しかし判決とは一つの法的結論に過ぎない。法律とは人間社会の争いごとに関し、それを解決すべき合理的指標・方便に過ぎずその意味では限界がある。事実真作派は「その判決に挫けず」今なおその立場を主張し続けているのである。
 そこで件のS氏は先に述べた事由によりその現況は看過できないとし、対応法を真剣に考えた。これも法律の限界であるのだが、民事訴訟の原則に「訴えの利益」というのがある。例えば、Aと言う人物がBと言う人から何某かの被害を受けたり名誉を棄損されたりした場合、Aは当事者としてBを訴えることができる。訴えること自体も相応の意義はあるが、勝訴した場合損害が賠償されたり、名誉が回復されたりする。これが「訴えの利益」である。これに対し、Cという人がAに同情し、Aになり代わりBを訴えることはできない。勝訴してもCに何の利益も還元されない、つまりC氏は「訴えの利益がない」ので提訴できる資格がないのである。これが刑事訴訟の「告発」とは違う。つまり、S氏は佐伯の親族になり代わることはできないのである。では方法はないか?私はあると思うがここでは触れない。
 ところで裁判では訴状、準備書面などには普通「証拠方法」が添付される。原告側のが甲証、被告側のが乙証で数量に応じ「甲一号証」などと番号が振られる。ただその限りでは正式な証拠ではない。あくまで「方法」なのである。それを裁判所が証拠能力を認め採用され正式な「証拠」となる。「証言」も同様である。その採用された証言に興味深いものがある。
(つづく)
 
 
 
 

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年頭にあたり

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 何度も言ったことだが、絵画に限らずどんな世界でも、それが遊び半分のいい加減なものでない限り、一つの価値に到達するには基礎的な知識、技術の習得に係る真摯な修練と、その維持、向上に係る反復、継続した切磋琢磨が必要である。
 一方、絵画が他と決定的に違うのは、その価値に「免許皆伝」はなく、それに至る方途も一つでないということである。またマニュアルも資格試験もない。その意味でこれほど自由な「メティエ」はない。しかし言い換えれば、全く自由ということほど難しいものはない。その一見つかみどころのない自由の中で、太古の昔から、世界の隅々で、人間社会で大きな価値として連綿と続いている「絵画芸術」という表現メディアとしての価値、即ち「絵画的価値」を求めなければならない。
 こう言うといかにも難渋で大仰に聞こえるが、実はこの価値とはすぐ傍に転がっているのだ。それは大金をはたいて世界遺産級のヨーロッパの風景を描かなくても、りんご一つにも、路傍の一輪の花にも潜んでいる。生まれて初めてクレヨンを握った子供にも可能である。精神を病んでても、諸々の障害を負ってっても可能であるばかりか、それを価値に展化することさえできる。グランマ・モーゼスは70歳半ばで本格的に絵を描き始めた。80歳で初個展、100歳過ぎで死ぬまだ描き続けた。アカデミックな造形修行の経験はないが、ナイーフ系の一級品の作品を残した。リタイア後のアンリ・ルソ―然り。そしてひとたび絵画芸術に連なった価値は時代は変わろうと、その傾向流派に関係なく生き続ける。流行りものは時代とともに消え去る。絵画、とりわけ洋画の世界は、かくも間口広く、懐深く、自由に満ちているのである。
  問題は、そういう可能性が如何に左様に身近であっても、創造の主体たるべき人格が一定の要件を満たさない限りその距離は数万光年の彼方の星のように遠いということである。その要件とは、そのメティエに対する謙虚な姿勢、美や価値を希求しようとする心、純粋に自己を表現したいという欲求、自己実現、自己開発の意思、向上心等、そういう意味の知性であり、資質、才能、色彩や造形感覚、感受性など直接絵画的価値につながるものはそこから先の話である。
 その絵画的価値はいくつもあると述べた。事実、印象派は古典主義に、「20世紀新具象」は印象派に、抽象やポップは新具象に、コンテンポラリーは抽象等に、それぞれアンチ・テーゼとして新しい造形、新しい絵画的価値を提示してきた。そしてそれはこれからも無限の可能性に満ちている。どんなものが出てくるかわからない。そういう意味で自由なのである。ただ確実に言えることは、そういう自由や可能性は絵画である以上絵画的価値の外に存在しない。ものは言いようでどうにでもなる価値などない。「イワシの頭も信心」は通用しない。「あさって」の方向で履き違えた自由を主張しても「あさって」を抱えたままあの世にいくだけである。 
 勿論趣味としての絵画もある。しかし、趣味だからと言って絵画的価値は希求しないということはない。当たり前の現実として、多くの人が上手くなりたいと思い、教室に通ったり、公募展に応募したりしている。自分勝手な理屈が通用するとは思っていない。楽しければ良いと言っても描きたいものを描きたいように描けなければ楽しいはずがない。他人に評価されるということは他人と美意識や価値観を共有するということであり、それは大いなる喜びであろうが、それも絵画的価値に立脚したもの乃至はそれを希求するという姿勢を背景としたものでなければ話は始まらない。
 ところで、その趣味に関し最近感じることがある。ジャンルは違うが、自分が弾きたい曲のプログラムをコンピューター入力すれば鍵盤が光ったり、番号を表示して、その通りに従えば一曲演奏できるというものである。それを「趣味は音楽演奏」と主張するのは勝手だが、音楽の専門家は言うに及ばず、本当に趣味として音楽をやっている人から見て、それを「音楽の趣味」と認めるだろうか?あるいは、コンピューターでクラシックの名曲を合成演奏する試みがあるそうだが、本当のクラッシック愛好家は「邪道」の一言で片づけるだろう。
 そもそも絵画に限らず、昨今の美術、文学、映画・演劇等エンターテイメントは、マスメディアやテクノロジーの高度化を背景に、好ましからざる「メデイア化」、「文化的ポピュリズム」(大衆迎合)が見られる。これに芸術の方が近づくのは芸術の「自殺行為」と言える愚態なのだが、その流れは絵画の世界も例外ではない。ポピュリズムとは流行や評判を前提とする。それで捉えられる人間とは集団的、社会的人間であり、それに「本来」個人」の感情や美意識に直接語りかける力はない。本来という意味は、その感情や美意識そのものがメディア化されポピュリズムで出来ている場合を除くという意味である。まさにこのヴァーチャルさが、本邦の属地的、時代的悲劇なのであるが。
 メディア化の結果の一つにより、マティエールや素材、タッチ等作品固有の温かみ、味わい、希少性、物理的価値は無視される。だから油彩である必要はない。軽薄素材でも複写効果があればよい。
 例えば昨今のお絵かきソフトや写真の転写技術等の手練手管が、各種テクノロジーやアニメやマンガの「メディア文化」、商業主義を背景に新しい趣味道として体系化されているようだが、これらは、絵画芸術の精髄、造形史800余年の側からみれば、先の「コンピュータ―鍵盤」と五十歩、百歩であろう。老人のボケ防止のために「大人のぬりえ」というのがあるが、そういうリハビリ効果はあるだろうが。
 こういう状況はネット社会にもある。元々ネット社会は、匿名性が担保され、ヴァーチャルであり、趣味的捌け口、受け皿的要素がある。だからどんなデタラメでも場当たり的な言いっ放しでも、知ったかぶりでも、言えないことはないが、本質をシッカリ見据え取り組んでいるものと、そうでない趣味的スローガンは一目瞭然である。本質に挑戦的なものは必ず居場所を失う、行き場を見失う、価値の欠片も無いなど、その因果はシビアに出るものである。。
 一方でネット社会は今や、国際政治、軍事、国内の政治、経済、社会、文化、諸々を動かす力がある。先のアラブ社会の変革、中国の市民的動向、アメリカではウィキリークスによる国家機密スッパ抜き、本邦の中国漁船の衝突映像、反原発デモへの呼びかけ、総てネットによるものである。言い換えれば、本邦の政・官・業・マスコミの四権エスタブリッシュメント、その他諸々のシステムのなれあい、御都合主義、総保守翼賛体制、利権構造による弊害、とりわけ今回の原発報道ではメディアの及び腰、情報操作、隠ぺいが明らかになったが、既成の諸システムがいつまでもこのような状況であるなら、信じるものはネット社会の情報とその「直接民主主義」的機能しかなくなるだろう。現に先に述べたような事実がそれを示しているのである。今回出版に関わって、従来の取次制度に加えての、昨今のネット上の書籍販売に係る流通システムの整備には括目した。こういう状況ある中ネット上の芸術文化に係るカテゴリーも、先の文化ポピュリズムの受け皿ではなく主体性ある文化としての内容と意義をもつべきであり、そのための害悪は排除していかなければならない。
 
 

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真の写実とは?2

\¤\᡼\¸ 1Ψ中村不折 「男の裸体」 油彩 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
≪…では何故軍部は絵画をかくも「重用」したのであろうか?興味深いことにこれは「盟邦」ナチスドイツも同じなのである。ヒットラ―自身画家志望であったし絵画をこよなく愛好した。側近ゲーリングは絵画蒐集家であったし、ヒムラー、ヘスなど他の側近も同様である。また「大ドイツ芸術展」など「民族の伝統と美とロマン」を謳い上げる展覧会を開いたし、一部芸術に「堕落芸術」の烙印を押したのも国策としてのその評価と表裏をなすものである。
 勿論日本にしろドイツにしろ、当時は写真もあったので、情報宣伝という意味なら写真でもよかったはずである。しかし写真が伝えるものは事象の「事実」に過ぎない。その「事実」を伝えるだけでは不十分だったのである。 画家が感じ、解釈し、かつ訴える力のある、彼らに都合の良い戦争の「真実」でなければならない。感情、思想の投影、色彩、筆致、マティエール、絵画にはその意味で写真を超える力があった。日独の権力者たちはそのことを「本能的」に察知していたように思われる。本邦の武骨な軍人たちもそのことだけは理解していた。
 因みに、未だにこの写真と、絵画の写実主義リアリズムの識別がつかない論調が一部にある。先ず写実主義とは広義のリアリズムの一形式である。そして写実主義絵画とは写実主義により上記のような絵画的意義を満たすことを希求する芸術様式である。写真の出現により写実主義、描写主義の意義は薄れたというなら写真が登場した瞬間に美術史上の写実主義リアリズム、古典主義絵画の価値も喪失しなければならない。優れたものは当然写真を超える。こうした軍人でも理解しているような、写真と写実主義絵画を、ド素人の門外漢ならいざ知らず、いやしくも絵描きを名乗る者が区別できないというのは、写真に迫ることに汲々としている限りの「ハイパーリアリズム」の存在とともに嘆かわしい。…≫
 武骨な軍人でも判っていたこととは、写真とは「事実を伝える」もので「本質を伝える」には絵画の力を借りなければならないということである。これが絵画、とりわけリアリズムとか写実主義とか言われるものの意義である。  これは、先のクールベの「りんごとザクロ」で言ったことに他ならず、風景画でも人物画でも言える。冒頭の石膏デッサンの話も実はそうなのであった。純造形的な意味でリアリズム絵画の本質とは、それが≪カラ―写真を貼り付けた程度の「事実情報」の転写ではなく、見ること、感じること、その自我を介し、造形の精髄から骨組み、肉付けされたものでなければならない≫ということである。
 造形アカデミズムに「量感」という言葉がある。これは「立体感」とは違う。例えば雲は立体感はあるが重さはない。量感とはその重さ、ヴォリューム、塊、密度の概念である。マネキン人形は中は空洞だが、人体は空洞ではない。五臓六腑が詰まっている。これを描き分けなければならない。皮膚の下のは緑色に見える赤い血が流れている。それを描かねばならない。ヨーロッパ古典主義絵画はそこまで描いているのである。これはとても写真が伝える外部からの「事実情報」程度では応じられない。
 件の中村不折の作品はそうした造形修行から生まれたものである。先のクールベのリンゴ同様、写真の「事実情報」を超える重さがある。場合により、厳格なアカデミズと雖も必要な効果的誇張は許される。例えばクールベのは実物よりゴツゴツした感じだが、この不折の手や足も実際より大きい。この末端部を大きくするというのは、ドッシリした安定感やある種の緊張感を与える。別の世界でもディズニ―アニメのキャラクタ―などにもみられるが、この手法は和田三造の「南風」、中村彝の「俊子像」その他多く見られる。当時のアカデミズムの造形教育にそういう手法が体系化されいたと思われる。
 いずれにしろ他の作品もそうだが、不折のような作品は今日ほとんどお目にかからない、骨太で絵画芸術として真のリアリズムに適う。これに対し、「ニセリアリズム」はどうか?これも既出文からの引用である。
≪例えば上っ面の表象ばかりを追う、先のカラー写真を貼り付けたような「表象リアリズム」は、それが完全であればあるほど画家個人を離れ表象そのものに近づいていく。つまりそれが10あるとすれば10の、写真を貼り付けたような同じものが出来てしまうのである。しかし、真のリアリズムはそうではない。いつもの例で言えば、ラファエロ、ダビンチ、プッサン、デューラー、レンブラント、アングル、ブーグローの7人が全く同じモテイーフを同じ条件で描いても、どれが誰の作品か一目で判るだろう。つまり、総てがそれぞれ完成したリアリズムを呈しながら、「個」が失われ表象だけが残るということはないのである。それは個々の画家が個々の目で見、解釈し、独自の造形性をもってモティーフに対峙した、その「個」の違いによる。…中略…マティエールを殺し、カラー写真を貼り付けたような絵に近づけば近づくほど「個」を失っていくということに気づいているのだろうか?…中略… そういうものの行き着く先きは目に見えている。テクノロジーとの高からぬ次元の戦いである。昨今、テクノロジー側からの「リアリズム開発」例は枚挙に暇ない。映像の世界ではコンピューター・グラフィックス(C G)、3Dなど「ビックリもの」が席巻し、二次元造形世界においてもデジタル・アート、描画ソフトは隆盛を極め、それどころかHDR機能と呼ばれる、デジカメ写真を絵画的タッチに変えるものまで現れている。…中略… ともかくもその複写やレタッチに係る機能は「高度」である。そのうち実際に絵具を使っての「コンピューター制御」による「色づけ」、「トーン付け」もできるようになるかもしれない。…中略…そういう時、「表象リアリズム」が「自らの手による」こと以外にはそれらに対峙することが出来ないとすれば、それは他に余り有る絵画芸術としての意義に比し余りに脆弱であろう。≫
 昨今、「リアリズム専門美術館」が出来、「凄腕」を特集する雑誌もでた。それらは、確かに、造形修行の経験のない、そういう素人の視覚を驚かせるだけのものはあるだろう。どこか思わせぶりな表情、「絵づくり」や小道具の工夫、いかにも「写実」における究極の表現方法のような印象を与える。しかし、ヨーロッパ古典絵画のような、対象と一歩も引かず向き合い、その本質をじっくり掘り下げるという骨太の造形性は全く感じない。「視覚の驚き」という素人受け狙いしか感じない。次に起こるのは「だからなんだっていうの?」という感情で数時間経てば作家名も忘れてしまう。
 筆者も描写主義やリアリズムをベースにしてるのでそれそのものは否定しない。しかし、実作者として、一美術史学徒として、何より絵画芸術の名において、縷々述べた趣旨により、リアリズム価値の本質はそのようなところにはないということだけは言っておかなければならない。ましてや、某団体展系に見られるように、流行りものなのか、その立場を維持するのに必要なのか、みんな「ボス似」の同じようなものを描いているのは、創造者としての「良心」に鑑み大いに疑問である。

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