生きているだけでも喜んでくれる人がいる

轟の滝に姉と甥っ子二人と一緒にいった。
帰り道、甥っ子たちはとてつもなくうるさかった。「うるさい、黙れ!」と叱ったりした。
姉の怒鳴り声も車の中では響いた。もう。姉の苦労がなんか分かった気がする。かわいいんだけどね。


姉宅に帰って一休みして、自分の家(姉とは別々に暮らしている)に帰ろうとしたとき甥っ子が
「あつー、帰らんでー、嫌だ〜〜〜」とか言われた。
あれ、車の中でけっこう叱ったりしたんだけどなぁ・・・。
今にも泣きそうな表情されて、帰りづらいのだけれども、叔父さんとしてはちょっとうれしくなった。

だから自分はこう続けた。
「今度また来るからね。それまでいい子にしているんだよ、ねぇ分かった?」
そしたら甥っ子は
「うん。」と残念そうな表情だけどうなづいてくれた。



まぁ、とりあえず、この子たちにとって、自分が此処に居ることはとてもいいことだったんだなぁって。

つまり、生きているだけでも喜んでくれる人がいるから、簡単には死ねないなぁみたいな。
必要とされていることで生きていける。
またそのことに気付くことで活きること(逆境や苦しいことをなんとか食いしばってやりぬくこと)が出来るみたいな。
今日はなかなか考えさせられたなぁ。これからヒントになりそうだなぁ。

ちょー漠然と思った。

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復帰40年を素直に喜びたい

沖縄復帰に対する沖縄の雰囲気に自分がついていけいてない。また、ついていけてない理由が自分でもよく分からずもやもやしている。そんなとき今日の琉球新報のコラム(http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-191202-storytopic-12.html)はその自分の感情のやるせない部分を補ってくれるコラムだった。飽くまでも自分自身の話。かなり長文。


自分自身がついていけない理由を最初に結論をだすと以下の二つと思われる。

・自分自身が沖縄復帰についてあまり知らない
・自分の青森という土地に根付いたアイデンティティ

【一つ目の「自分自身が沖縄復帰についてあまり知らない」について】
コラムの引用
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
▼自身を含め、60年代後半から71年に生まれた人たちのほとんどがそうではないか。復帰前の「アメリカ世」も知らないが「復帰っ子」でもない。復帰を語る時に自分がどこに立っているのか、戸惑ったこともある
▼正直なところ、沖縄戦と比べて復帰について学ぶ機会は少なかったように思う。復帰後の生活が当たり前だった世代にとって、復帰を意識する場面は少なく、復帰は近いようで遠い存在だったのかもしれない
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

まさに上記の引用部分の復帰についての学習はその通り。平和学習は沖縄では良くされているのだが、復帰に関しては実はあまり知らない。今回40年ということで自分も復帰に関心を持つようになったのだが、関心を持つほど復帰に関する自分の無知さに気づかされ、沖縄に居るのに自分はこんなことも知らなかったのかと思い知らされる。このコラムを書いた人は復帰前生まれだが、この方が「復帰を語るときにどの立ち位置にいるのか戸惑っている」と思っているのだから、現代の若い人も戸惑っているのではないだろうか。もう自分は戸惑いまくりだ。

(いや、今日の琉球新報で沖縄の若い人が復帰の日をあまり知らないという記事があったので、むしろ復帰に関心をもっている沖縄の若い人は少数派なのではないだろうかと思ったり)

【二つ目の「自分の青森という土地に根付いたアイデンティティ」について】
自分が復帰を語ると自分の出生の話もしなくてはならない気がする。父は山形の血と母は沖縄の血、そして自分の産まれが青森県三沢市、育ちの部分ではもう沖縄の方が長くなってしまった。父の転勤で沖縄に15年前引っ越した。勘がいい方は父が何の仕事をしていたか分かると思う。

自分は育ちに関して沖縄の方が長くなったのだが、実は、ふるさとは青森という意識が強く根っこがある。なんというか、土地に根付いたアイデンティティは青森県三沢市の方が強い。もしかしたら、復帰に対していまいち沖縄の世論(新聞など)と感情を共有できないのは自分自身の土地に根付いたアイデンティティがあるのだからなのかと推測する。

沖縄と青森の間で自分のアイデンティティは揺れ動く。青森の旧友と連絡をとることがもうなくなってしまった(正確にはFacebookで一人と連絡取れた) それでも青森には帰りたいといつでも思う。

しかしながら、このアイデンティティがあるからこそ、自分は沖縄の問題を広い視野で見ることができるのではないのかと思う。

ふぅ・・・・。けっこう推敲したけど、伝わるように努力はしたんですが書きなぐったような稚拙な文章ですね。ここまで読んでくれた方、読んでくれてありがとうございます。あ、、ブログに同期させよう。

今日ぐらいは色んな問題は置いといて、復帰40年を素直に喜びたいですね。もしかしたら、復帰をしなかったら自分は産まれてこなかったかもしれないのだから。

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何も考えずにこの海岸を久しぶりに歩いてみようかな

Google+に投稿したが備忘録として、こちらにも。

NAHAマラソンの練習で近くの海岸をウォーキングしていた時期があったのだが、NAHAマラソンが終わってからウォーキングする気も起きなくなってしまった。

しかし、先日久しぶりにその海岸に行くと、なんとなく、何も考えずにこの海岸を久しぶりに歩いてみようかなという意欲がわいてきた。

仕事に対してもそうでありたいと思う。
今は仕事が出来ない状態or仕事の意欲がない状態。いつか仕事に対する意欲や仕事をするための元気が上がってきてほしいなぁと思っている。

しかしながら、周りの見えないプレッシャーは感じているので、自分の意欲を待っているだけではだめではないかと思うのだが、だからといって下手すると死にそうになるので、辛抱強く自分を待っている。

気分変調症というのは中途半端で厄介。

イメージ 1


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辺戸岬アタック2

やっと写真のUPや整理が終わりました。
5月5日、友人と一緒に国頭のやんばるに行ってきたんです。
とりあえず、写真を上げます。
たてになが〜い記事になってしまいました。URLはほかの写真が見れます。

辺戸岬アタック2-1 (嘉手納〜恩納そば〜辺土名)位置情報付
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辺戸岬アタック2-2(辺戸岬・ヤンバルクイナ展望台)
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辺戸岬アタック2-3(奥ヤンバル鯉のぼり祭)
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辺戸岬アタック2-4(国道58号沖縄の0起点)
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沖縄県県道70号

福地ダム 上流洪水吐き


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国民文学5月分短歌投稿

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未来は、今の積み重ね

二日間あきましたね、ブログ。
生きてますよ。

だいぶ暑いです。
クーラーをつけてしまいました。
窓を開けてもいいんですが、湿気がすごい。

もう5月ですね。4月は早く感じたな。
それを伏線に過去のことを考える。

2011年4月1日、自分が無職になった日。
それから
2012年4月1日でちょうど一年。今は一年と一ヶ月か。

正直、去年度はとても長く感じました。
意外です。仕事してるときは一年が短く感じたんですが、
去年度はとてつもなく長かった。
ただ、一日一日すぎるのが早いというか惜しいというか
そういう日々をすごしてたと思う。
去年度はなかなか苦しみましたからね。その苦しみがけっこう長かったなと。

ただ、やっぱりいえるのは、一年前と今では、
今が自分の体調、メンタルはとてもよくなってる。
それは言える。

でも未来のことを思うと不安になる。いつまでこの状態、つまりは無職が続くのだろうか。
社会復帰が出来るのだろうか

でも、あまり未来を考えても仕方がない。
むしろ、今をどうありたいかを考えたい。
なぜなら、未来は、今の積み重ねであるのだから、今を大切にすれば、
その大切にした今の積み重ねが結局未来によい影響するのではないかと考えるからである。

なぜそうなったのかという過去を考えすぎることと同じで、未来も考えすぐるのもよくないな。

最近、眠くなる時間がはやくなっている。
睡眠を欲しているのかも。
おやすみなさいです。

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体をすりすり、ひなたぼっこしているみたい

寒い。
半そで、窓全開、、、そのはずです。
そんな中、ブログを書いています。
外では鈴虫が鳴いていて、秋の雰囲気を感じさせます。
うむ、夜の春の雰囲気とはなんだろう。。
沖縄は、春や秋がない等しいので(笑)
よくわかりません(笑)

さて、今日は何をしていたかなと。

朝は散歩。写真をかしゃかしゃとりながら、家の周辺を歩きました。
そしたら、

イメージ 1

なんということでしょう。
警戒心ゼロの猫。
平和です。
これ、だいぶ猫の近くで写真を撮っているのですが、
体をすりすり、ひなたぼっこしているみたいです。
思わず、ひざに地面につけて、携帯のカメラで撮ってしまいました。
他の写真はこちらより


あとは、以前辺戸岬までいった写真の整理をようやく完了させました。
夕方はまた、寝てしまい、気づいたら外が暗くなっていた。

でも、昼寝をしたのに、今とても眠いです。

明日からGWでしょうか。
自分はずっと休んでいるので、変わりがないのですが、
友人との予定があわせやすいかも。
GW期間中に学生時代の友人と飲み会があるので、
それも楽しみです。

そう、一週間ぐらい前、体調がかなり悪くて、GW大丈夫かなとか思ったのですが、
少しずつ、調子が良くなってきているので、いけるかもしれません。

「日々徐々に挑戦していく我がいて、応えてくれるブロガーがいる」
ようやく、このブログのタイトルどおりのペース配分で生活ができるようになったかな。
6年前につけたタイトルなんですけどね。短歌57577になってます。

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異国の地の君のローマ字「年賀状無事に届いた」メールに安堵

異国の地の君のローマ字「年賀状無事に届いた」メールに安堵





久しぶりに短歌を投稿。
作成時期は2012年1月13日。
推敲は今。

元は

異国の地の君のローマ字年賀状無事に届いた便りに安堵

だったが、これだとなぜローマ字かというのが推測できなさすぎる。
あとかぎ括弧もつけてみた。

まだ推敲の余地がありそうだけれども
当時の勢いを残したいので、がっつり推敲はしたくない。









ドイツに友人がいる。
その友人にエアメールで年賀状を送った。
そしたら、メールで年賀状届いたと来た。
メールはローマ字。日本語入力システムがないらしい。
そのメールで、無事届いてよかったと思っている。

海外に年賀状をおくるとき、+20円(だったかな)切手を貼ったら
送れた。ただ、年賀状の文化は海外にはないので、ポストにいれるタイミングを
考えないといけない。
ドイツだと、9日だったかな。

手紙は国境を越える。何千キロも旅をしたんだと思うと、感慨深い。
自分の代わりにドイツに行ってきてくれた年賀状。

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