






奥崎謙三って、こんなおじさんです。
まずは、ご覧になってください!『ゆきゆきて、神軍』および、奥崎謙三の政見放送(S53)が見られるサイト。(放送禁止用語連発です)
http://www.youtube.com/watch?v=4tFc0fiLzJg&mode=related&search=
【おぉたむ すねィく探検隊】では、さる5.5日に、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』執筆のための取材を兼ね(この日は、大道芸人:ギリヤーク尼ヶ崎の取材も兼ねていた)奥崎謙三の今も残る、神戸市兵庫区新田町の自宅兼店舗、事務所を訪れた。
いや〜〜、すごいですなあ。感動します。人は死して名を残すとかいいますが、ここには奥崎謙三おじさんパワーが怨念のように刻み付けられており、前に立つと『ゆきゆきて、神軍』の、あの名場面がちらりちらり脳裏をかすめたります。死んでなお残る目に見えぬエネルギー、こうでなくてはいけません。なにやら、看板に書かれている文字は意味不明で、本人にしか、いや本人にも分からないのかもしれませんが、その看板の存在感といったら、途方もない迫力ですな〜。
看板の一部に、なにやらあやしいのぞき窓のようなものがあったりして、ここからあのらんらんと輝く瞳で何かを監視していたのでしょうか?
『俺は人を殺しても、刑務所に入ってちゃんと責任取ってるんだ、お前は責任とってないじゃないか!!」などとののしりながら、相手に殴りかかってゆくあの名場面、泣かせますな〜、もうこんな人出ないかもね、こんなお方。何事も平均化され、規格化され、性エネルギーを喪失してしまった現代人にあっては。
やっぱりこの方は、もともと変なところに持ってきて、戦争という狂気が、彼のその変な部分を益々増幅しちゃったんでしょうなあ〜。なんたって、「独立工兵隊第36連隊の一兵士として、激戦地ニューギニアへ派遣される。同部隊は敗走をかさね、飢えとマラリアに苦しみ、生き残ったのは同部隊千数百名のうちわずか30数名であった。」っていうんだから、そりゃア、無理もないわな〜。
写真は、現在のものと、過去のものですが、今の方がなにやらやや洗練されてすっきりしてますが、最初の1994年当時のものは、「田中角栄を殺すために記す」などとかかれており、迫力満点ですな。その後、奥崎先生は自ら神になっちゃったようで、
「神様の代書記」なんて、看板に書いちゃったりして、そういえば晩年の記録映画『神様の愛い奴』の中で見る先生は、もはや神を超えちゃってましたけど・・・・。あの映画の中で、周りにそそのかされて、AVにご出演、69プレイまで披露してくださいましたね、本当に愛い奴なんです、先生は・・・・。
2005年6月16日は先生の命日ですね、三日前だったんですね。先生を偲んで、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』に略歴と1983年 発砲事件「[編集] その思想と事件の詳細」を書き加えておきましたので。
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』(【おぉたむ すねィく探検隊】が、大幅加筆 写真提供)
http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%A5%A5%E5%B4%8E%E8%AC%99%E4%B8%89&oldid=13138349
奥崎 謙三(おくざき けんぞう、1920年2月1日 - 2005年6月16日)は、元日本軍兵士(独立工兵第36連隊所属、階級は上等兵)、バッテリー商、著述家、俳優、自称・神軍平等兵、自称・非国民、反天皇活動家、アナーキスト。
天皇パチンコ事件、天皇ポルノビラ事件といった過激な反天皇活動や、奥崎を描いたドキュメンタリー映画『ゆきゆきて、神軍』で知られる。
入院していた神戸市内の病院で、死去寸前まで「馬鹿野郎」と周りに喚き散らしていたと報道されていた。
目次 [非表示]
1 略歴
2 その思想と事件の詳細
3 著書
4 主演作品
5 関連人物
6 外部リンク
[編集] 略歴
その思想は自宅看板に今も残る1920年 兵庫県明石市大蔵町6丁目に奥崎俊三郎の三男として生まれる。
小学校を卒業後木綿問屋に丁稚奉公・見習水夫を経験。
1940年 徴兵検査甲種合格。
1941年3月 岡山連隊に入営(陸軍二等兵)同年中に九江の工兵隊へ転属。
1943年1月 独立工兵第36連隊に配属。
同年4月よりイギリス領東ニューギニアにて従軍、最終階級は上等兵
1944年7月 豪州軍の捕虜となる。
1946年3月 復員、復員船中で、復員者の食料を横領しようとした船長の腹部を刺す。
1947年3月 三木市の共和製作所に就職、入寮。
1947年5月 寮母であった石地シズミと結婚。
1948年4月 母・和賀死去。
1951年 神戸市兵庫区にてバッテリー商(サン電池工業所)を開業。
1956年 不動産業者(延原一男)を殺害。
(傷害致死罪で懲役10年)
1966年 満期出所。
1969年 皇居の一般参賀で昭和天皇にパチンコ玉を4発撃つ(天皇パチンコ事件)。
(暴行罪で懲役1年6ヶ月)
奥崎謙三邸1970年 満期出所。
1974年 残留日本兵救出の目的でグアムを訪問。
1976年 サン出版より「宇宙人の聖書!?」を自費出版、その宣伝のため銀座でポルノ写真に天皇一家の顔写真をコラージュしたビラ約4000枚を撒く(天皇ポルノビラ事件)。全国指名手配、直後独立工兵36連隊の生き残りである元軍曹宅を訪問しパトカーに発見され逮捕。
(猥褻図画頒布罪で懲役1年2ヶ月)
1977年 参院選全国区に獄中より立候補、落選。獄中より「神軍新聞」を発行。
1978年 満期出所。
1980年 参院選全国区に立候補、落選。
1981年 田中角栄に対する殺人予備罪で書類送検(不起訴)。
1983年 衆院選兵庫1区より立候補、落選、8月には「ゆきゆきて、神軍」約2週間の西ニューギニアロケ敢行。
同選挙期間中、広島県大竹市の軍隊時代の上官宅を訪ね、応対に出た長男に拳銃を発砲し、負傷させる。兵庫署に出頭。広島拘置所に収監される。
(殺人未遂罪等で懲役12年)
1997年 満期出所。
2005年 死去。
[編集] その思想と事件の詳細
1994元旦の主なき奥崎謙三邸(出所の3年前)(1983年 発砲事件)
奥崎は第二次大戦中召集され、独立工兵隊第36連隊の一兵士として、激戦地ニューギニアへ派遣される。同部隊は敗走をかさね、飢えとマラリアに苦しみ、生き残ったのは同部隊千数百名のうちわずか30数名であった。
戦後”神軍平等兵”を名乗り、かつての所属部隊・独立工兵隊第36連隊のうち、ウェワク残留隊で隊長による部下射殺事件があった事を知り、当時二人の兵士、吉沢徹之助の妹・崎本倫子、野村甚平の弟・寿也とともに“敵前逃亡"の罪で処刑した元上官たちを訪ね、真相を究明しようと試みる。二人の日本兵は敗戦後3日目には敗戦を知っていたにも関わらず、その20日後に処刑されたという。だが、当時の上官は処刑に立ちあったことは白状したものの、ひとりは空砲だったと言い、別のものは2人をはずして引き金を引いたと証言。誰が彼らを撃ったのかは不明のままとなる。しかし、すでに病人であったり、老いたりしていた当時の上官は容易には口を開きたがらなかったが、奥崎はさらに詰め寄り、ときにはその煮え切らない態度に業を煮やし殴りかかる。そのうち、殴られた上官は話しはじめ、少しづつ真実が見えてくる。その中で、彼らは飢餓状況の中で人肉を食したことまで証言。やがて、二人の遺族は奥崎の、時として暴力も辞さない態度からか、その後同行を辞退。奥崎はやむを得ず、妻と知人に遺族の役割を演じさせ、処刑の責任者たる古清水元中隊長を訪問し真相を質す。また同時に、独工兵第36部隊の生き残り、山田吉太郎元軍曹に当時の有様をありのままに証言するように迫る。1983年12月15日、奥崎は古清水宅を訪ね、たまたまその場で対応に出た息子に向け発砲、2日後に逮捕される。殺人未遂などで徴役12年の実刑判決を受ける。3年後の1986年9月18日に妻・シズミが死去。
以上は1987年公開のドキュメンタリー映画『ゆきゆきて、神軍』(監督:原一男、疾走プロダクション)に生々しく記録されている。しかし、この映画の中で奥崎はカメラを意識した役者を演じ、演技の要素がかなり含まれているという見方も強く、並外れた極度の自己顕示欲がその根底にあり、精神病理的にはパラノイアの典型といえ、症例の見本としての興味も尽きない。しかしドキュメンタリーとしてのこの映画の持つ衝撃は並大抵のものではない。
[編集] 著書
『ヤマザキ、天皇を撃て!』三一書房 1972年9月30日 新泉社 1987年8月 ISBN 4787787187
『宇宙人の聖書!?—天皇ヒロヒトにパチンコを撃った犯人の思想・行動・予言』サン書店 1976年3月
『ゆきゆきて神軍の思想』新泉社 1987年8月 ISBN 4787787179
『非国民奥崎謙三は訴える — ゆきゆきて神軍の凱歌』新泉社 1988年8月 ISBN 4787788140
『奥崎謙三服役囚考 —あいまいでない、宇宙の私』新泉社 1995年7月 ISBN 4787795147
[編集] 主演作品
『ゆきゆきて、神軍』原一男監督 1987年 疾走プロダクション ●製作:小林佐智子 ●企画:今村昌平 ●出演:奥崎謙三 DVD 2000年11月24日
『神様の愛い奴』
[編集] 関連人物
遠藤誠 奥崎の弁護士。
[編集] 外部リンク
神様の愛い奴
万里長征シテ未ダ還ラズ
前説されなかった前説---『ゆきゆきて、神軍』
キネマ旬報邦画ベストテン100作品データ NO.2
杯盤日記★映画 「ゆきゆきて、神軍」 原一男監督作品
『ゆきゆきて、神軍』および、奥崎謙三の政見放送(S53)が見られるサイト
『ゆきゆきて、神軍』映画解説
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暴力が道理を通してしまい、見る者を納得させるような人でした。
「神様の愛い奴 」は、人間〜老人奥崎との視点があれば受け入れられる。
神軍・奥崎謙三の視点で観てしまうと、耐えられないでしょう。
参考までに、奥崎謙三 神軍戦線異状なし...というブログです。
客観的に捉えていると思いました。
http://blog.goo.ne.jp/okuzaki_kenzo
2009/2/25(水) 午前 11:20