白雲楼というホテルが、かつて金沢の湯涌にあった。
昭和初期の風雅な姿は、今、無残に置き忘れられている。
プロイセンの城に憧れて、このホテルを建てたと、往年の主は私に熱く語った。
その思いの遠大さに、まだ若かった私の胸は踊った。
美しい外観は、今も毅然として山稜にシルエットを描いている。
ひそかにF.L.ライトの設計とささやかれる説もあるようだが、
れっきとした日本人の設計で、某社が施工したものである。
だが、その優雅な本館フロントの意匠や、並び立つ貴賓館の姿には、
当時の建築美意識のすばらしさを余すことなく伝えるものがある。
そして、変転する昭和という時代の中を文字通り「城」であり続けた。
デザインにたけた現代建築では、こうも行かない。
そんな華を持つ建物だが、先日、金沢の有識者たちの目で廃墟と烙印された。
残す価値は無く、登録文化財も取り下げなければと。
飄然と建つ城に、そんな律儀な言葉はいらないよ。
少なからず、今こそ日本文化の証を残さねばならない時代の到来期に、
耐え続けてきた昭和遺産の城を、本当に護り伝えるすべはないのだろうか。
活用への案は降るほどに湧くのだが。
どのみち解体費用も膨大なものになることは明瞭であり、それならば、
せめて前側三分の一の建物を残して活かす修復もあるのではと。
日暮れて再び訪ねた「心の城」に向かって、もっと多くの人が問うてほしい、
と、切に思う。
美しい山を背景に、超然と城である建物の誇りを真の目で確かめるために。
さりとて、思うばかりではなく、できることは何からなのか。
寒風に追われて背をまるめつつ、点に過ぎないことへの悲しみの熱さを今日も知る。
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