天国へ召された大僧正.
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私の実家が檀家になっているお寺の僧侶が1月21日に亡くなられ、
今日一般の告別式がありました。
享年91歳、まさしく大僧正と呼ぶにふさわしい方で、
私の父のことも、少年時代からよくご存知でした。
お寺は、京都の五条近辺の小さなお寺で、
私自身も子どもの時から、まだ若かったその大僧正が法要などでお参りにこられていたので、
私が「お坊さん」と言えば、その方のことだといっても過言ではありません。
私が、その大僧正が好きだったところは
法要でお経を読んだ後、ありがたい講和があるとか、説法があるとか、そんなものは一切なく
「ようお参りなさいました」
と、言葉すくなに帰られていかれる、まさしく自然体そのものだったからなのです。
お布施にしても、高いお金を取られるわけではなく
「ご無理のないように」
とだけ、おっしゃったり
三回忌や七回忌の法要などは
「こんなものは仏教の教えにはなくて、江戸時代に当事のお寺と料理店が提携して、無理やり作った風習なんですよ。本当に、亡くなられた方が喜ばれるのは、毎日一度でもその方のことを思い出してあげるとこなんですよ。」
などとおっしゃっていました。
また、父が亡くなったときは、もう80を越えらていたのに、
他の告別式を終えられた後、長い道のりを移動して、
父の告別式に間に合わせていただいとことは、記憶に新しいです。
私は両親とは学校に行っているころから別々に住んでいたのですが
その間、まず、父がとある新興宗教にはまり
そして、母も父の影響でその宗教に入り、休日だけじゃなく、時間あがあれば2人で本殿に通い始めたので
たまに私が実家へ行っても、
ほとんど留守か、いたとしても宗教の話ばかりで、まともな親子の会話は、もうそこには、すでにできない状態でした。
その上、母はその宗教の修行と銘打った労働中に倒れて腰を強打、
その結果大腸がんの発見が遅れて19年前に亡くなり、
父は父で、心臓が悪かったのに、朝早くから無理をしてさらに悪化
5年前に亡くなった後、
残っているはずの財産は、母のジュエリー類も含めてほとんどその宗教のために使われたことも判明しました。
その宗教は、毎年この季節になれば、大きなイベントがあるのですが、
そんな底辺で身を挺して働いたの人の営みなどどこ吹く風で
大々的にやっている様子を見ると、腹立たしくさえ思います。
(父の生前、そのイベントを見に行ったとき、そこの教祖が手を上げれば護摩壇の火が燃えるように見えたのですが、私は横で数人が油をかけていたのを目撃しています)
両親は、その宗教に一生懸命だったので、それはそれで幸せだったのかもしれませんが、
事実上、いろんなものを奪っていったことは否定できず、今も納得できずにいます。
私は本当の宗教家とは、
このたび亡くなられた大僧正のような方を言うのじゃないかなと思っています。
今日の告別式に参列できなかったお詫びに代えて
この記事を書かせていただきました。
合掌
いつもきれいにお手入れされていた大僧正のお寺のお庭
そして、大僧正とともに歩むように、この冬撤去されたポンプ
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その通り
金品やお布施を強要する
様な宗教はロクなモンじゃ
ねぇぜ
2012/2/12(日) 午後 5:49 [ 出前ライダー ]
☆出前ライダーさん、そうですよね。
なにしろ、いろいろ恐怖感を持たせてそのたびに10万円単位の出費が必要でしたから、それが新しい建物の柱にでも名手散ると思うと、ついつい返せって言いたくなりますね。
2012/2/12(日) 午後 7:36
お邪魔します。
91歳ですか・・・素晴らしい方だったんですね。確かに今の葬式宗教は訳も分からずお金だけかかりますからなんだろうと思います。
親鸞さんは「南無阿弥陀仏」と唱えるだけで浄土に行けると言われていたんですから、何だかんだとする必要はないですね。亡くなられた方には静かに手を合わせるだけです。
仏教は生きることを教えているんですから。
2012/2/12(日) 午後 8:10 [ 裕ミダ ]
それは寂しいですね。
大僧正様のご冥福をお祈りいたします。
で、その新興宗教ってAなんですか・・・
2012/2/13(月) 午前 0:16
寺社仏閣巡りが好きなので、宗教も少しは興味はありますが新興宗教程、うさんくさい物はないです!!
最近は、お寺さんも檀家から金銭を巻き上げる事しか考えてないみたいな感じがして納得出来ないです。
亡くなられた大僧正様みたいな宗教人がもっと増えるといいですね。
2012/2/13(月) 午前 9:08
ほんとうにそうですね?
信仰宗教にのめり込ませる罪深さを思います。
宗教とは名ばかりで、
都合の良い商売なんですものね?
大僧侶の様な方が本物でしょうね?
2012/2/14(火) 午前 0:14
そうなんだよね。信じている本人たちは、幸せなのかもしれないけど・・・。
2012/2/15(水) 午後 4:58
☆裕ミダさん、ありがとうございます!!
そうなんですよね、私が若いころ相談に乗ってくれて伯父さんはとある宗教のそこそこの地位の方だったのですが、決して無理強いしたり、宗教の話題だけじゃなかったので、とても信頼していました。父も仕事が現役の頃は、話題も豊富で遊びも好きだったのですが、入信してから「妄信」となってしまったのがどこかすっきりしないですね。
2012/2/16(木) 午前 0:56
☆ichiroさん、本当に子どものころから実家におまいりに来られていたので、残念でなりません。
そうです!!Aです!
2012/2/16(木) 午前 1:06
☆ナナちゃん、私も神社仏閣の訪問は好きです。
いいお坊さんとそうじゃないお坊さんの違いは、はやり表情だと思います。ウチに来られていた大僧正も悟ったようないいお顔でした。ほんとうの「教えとは何か?ついつい考えてしまいます♪
2012/2/16(木) 午前 1:33
☆ようこママさん、はいっ!!まったくおっしゃるとおりだと思います。
父の信仰していていたところの創始者は、元は香具師のようなことをしていたらしいので、口車に乗せて物を売るプロです。本当に、そう思うと悔しいですね。
2012/2/16(木) 午前 1:37
☆かぼちゃん、そうなんよね!
もしかして両親は幸せだったかもしれないし、出費も惜しくなかったのかもしれません。
けれど裏を返せばそんな善意の人からお金を吸い取っているってやはり解せないものがありますよね。
2012/2/16(木) 午前 1:42